
前回の記事に jamo さんからコメントをいただいた。「mirinda というが、miri は自動詞で目的語をとれない」ということである。PMEG の説明では
mirinda = tiel eksterordinara, ke oni miru gxin(= pri gxi)
となっていて、目的語をとっている。
実はエス日にはないが、NPIV には <ark. nt:古語・他動詞> とあって、mi miras la sagxecon de tiu cxi homo. という例が挙げられている。というわけで、mirinda は miri を他動詞的にも使っていた時代の名残ではないだろうか?
同様に、自動詞に -ind- がついた他の例が PMEG にもあげられている。
ridinda = tia, ke gxi meritas, ke oni ridu gxin(= pri gxi)
plorinde = tiel (malbone), ke oni devus plori
ridi はエス日にも ridi ion(古)という他動詞が載っている。
plori についてはわずかに(escepte tr:例外的に他動詞)として、 multe da larmoj estis ploritaj pro gxi. というザメンホフの例が挙げられているのみである。
エス日には plorinda があるが、NPIV にはない。用例の中には priplorinda があるが、ニュアンスが少し違うかもしれない。
規準をあまり厳密に考えない方がいい、とくに自動詞・他動詞の区別にはかなり曖昧なところがある。ザメンホフはずいぶん自由に(自分勝手に)言葉を使っていて、しかも自然である・・・と、これはやや無責任な私の印象である。
写真は廃線になった旧名鉄美濃駅
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