えしぇ蔵日記

えしぇ蔵日記のブログ版です。

不安

2017年04月25日 | Weblog

頬の腫瘍の治療をして1ヶ月経った。今日は経過観察ということで福大病院へ。結局治ってるかどうかよくわからない状態だったので今日の診断が待ち遠しかった。
先生が言うにははっきりした結果が出るまでは術後3ヶ月は様子をみないといけないらしい。現状では順調と先生は言うが、本当にそうなんだろうか?と不安がよぎる。あれだけの治療をしたのに元のままなんていう結果は精神的にとても受け入れられない。
とりあえず次回診察は1ヶ月後。今回の治療できれいに治るものと自分で勝手に思い込んでいた。これから2ヶ月でどこまで治るのだろうか?今は希望より不安の方が大きい。

「暗中」

暗中に 時の長きを かみしめて


この記事をはてなブックマークに追加

親の心子知らず

2017年04月23日 | Weblog

久しぶりに来福した両親接待の一日。だがすったもんだの一日となった。

まずはおふくろが行きたいと言ってた基山の手芸屋さんへ。そこでおふくろはお店の人と話がはずんでとても楽しそうだった。
その後、福岡に戻り「梅照」に連れて行ってそばと天丼のセットを食べさせた。おいしかったようで二人ともよく食べていた。

お腹ができたところで別行動していた姉と合流して兄貴の病院へ。ここでちょっとひと騒動。
ほんのわずかなら甘いものを食べていいという許可が出たので、おふくろは兄貴に食べさせるお菓子を持参した。全部渡すと好きなだけ食べるので、病院に預けて少しづつ与えてもらう手はずになっていた。
ところが兄貴は病院に内緒でそれを全部自分に渡せという傲慢な態度をとった。両親はとまどい、姉貴は怯えていた。その様子を見たワシは久しぶりにキレてしまった。
ワシがかばんから「病院に預けよう」とお菓子を取り出すと、兄貴は怒り出して「そんならもういらん!」とその場から去ろうとした。ワシは後からその襟首を捕まえて、「おまえ、どこまで親を苦しめれば気が済むとか!」と怒鳴ってしまった。他の患者もいる食堂の空気が凍ってしまった。姉貴が泣いてワシを止めた。

両親はたまにしか会えないので、また少し間を置いて面会させたが、悲しそうな親の顔を見ると余計に兄貴という人間が許せなくなる。病気だから仕方ないとは思うが、なるほどこんな男なら嫁は逃げるし子どもに見放されるわなと感じた。感謝とか謙虚とか優しさという概念は脳みそにないのだろう。
今の病院に入って1年過ぎたが、最初は自分の名前も書けなく、幻覚を見るほど錯乱していた。その頃はワシにも多少の同情はあった。だが病院のおかげでみるみる回復して元気になったら、今度は以前のような傲慢な態度が再開してしまった。こんなことならまだ錯乱してくれていたほうが良かった。

病院を後にして、夜はおふくろが姉貴に食べさせたいからというので串揚屋に行った。ここでまた騒動。
串揚げがおいしくて両親もたくさん食べたが、親父が好きなチューハイを2杯飲んでしまったのがいけなかった。座ったまま眠るように動かなくなってしまった。かすかに反応はするが自分で動くことができなくなった。ここで今度はお店の空気を凍らせてしまった。食事は中断して救急車を呼んだが、到着を待つ間に意識が戻り、普通に会話できるようになった。急激に眠りに入ることはこれまでもあったらしいのでおふくろはそれほど慌ててなかったが、ワシは間近で見てちょっと焦った。親父ともここでさよならかと一瞬思った。
救急車が到着した後一応様子を見てもらい、問題なさそうだったので病院には行かなかった。救急隊の人たちは真摯に対応してくれて、その姿には本当に感動した。(ありがとうございました!)

というわけですったもんだの一日。まるで向田邦子の小説みたいだ。

「兄貴」

親泣かせ 子に捨てられて 未だなほ
感謝反省 その意を知らず


この記事をはてなブックマークに追加

漢詩の練習

2017年04月14日 | Weblog

香椎のNさんにフォトショップで写真を水墨画風にするというテクニックを指導した。そのついでに余白に漢詩を入れようと思いネットで探してみたがちょうどいいのがなかったので、久しぶりに自分で作った。呉先生が見たら苦笑いするかもしれない。
写真は九重連山の風景だったので春の九重連山にちなんで。

あぁ九重行きたくなった。連休に登ろうかな。

「九重」

九重緑明(九重緑明るく)
春纏躑躅(春躑躅を纏う)
雲雀空鳴(雲雀空に鳴き)
蝶蜂風迷(蝶蜂風に迷う)


この記事をはてなブックマークに追加

馬鹿は風邪ひかない

2017年04月09日 | Weblog

曇りで肌寒い天気だったがせっかく満開なので南畑ダムまで花見に行った。霧島の高千穂峰の上で食べる予定だったカップ麺を持参した。高千穂峰では嘉例川弁当がゲットできたのでカップ麺はそのまま持って帰ってきた。いつでも食べれるからと思っていたが意外に賞味期限が近いということで急遽今日の昼に登場したというわけ。
ベンチでお昼を食べながら対岸の桜を眺めた。肌寒かったので逆にあたたかい麺が嬉しかった。
それにしてもここへきて寒さが戻って来られたらちょっと閉口する。

どういうわけか退院して以来体重が戻らない。病院食についに慣れることができずかなり痩せて退院したが、その後も体重は回復せずに65kg台のまま。これは逆に嬉しいからとりあえずそのままにしている。

ついにこの冬も風邪をひかなかった。もう何年ひいてないだろう?最後にひいた時をおぼえていない。例年喉がイガイガするぐらいのことはあるが、今年はそれもなかった。おそらく腫瘍のせいでずっとマスクしてたのが良かったんだと思う。もし腫瘍が治ったとしても冬はずっとマスクしてようかな。

「馬鹿の証」

風邪ひかぬ 馬鹿の証と なりし我


この記事をはてなブックマークに追加

ラン再開

2017年04月03日 | Weblog

今日からランを再開。体調は万全で問題なし。土曜日の登山の疲れが多少腿に残っていたが気にするほどではなかった。もう寒さも大したことなく、気持ちよく走れた。
大濠公園の隣の舞鶴公園では咲かない桜の下で酔客が大騒ぎしていた。本当に桜を愛でるにはまだ数日かかりそうだ。それにしてもこんなに開花が遅い年も最近では珍しいのではないだろうか?ワシらの子どもの頃に戻ったようだ。

最近、池波正太郎の「藤枝梅安シリーズ」を読んでいる。面白すぎてやめられない。こういうシリーズものの面白さが池波正太郎の人気の一つの要因だろうと思う。「鬼平」しかり。「剣客」しかり。でも集め始めると本棚の場所をかなり占領してしまうんだな。

「夜桜」

酔客の 声も虚しき 一分咲き


この記事をはてなブックマークに追加

高千穂峰

2017年04月01日 | Weblog

宿の極上の朝ごはんを腹いっぱい食べてからいざ出発。まずは嘉例川駅へ行き、去年買えなかった「嘉例川弁当」を買った。そして高千穂峰の登山口へ。

高千穂峰は天孫降臨の伝説の舞台。山頂には天逆鉾があるが、これは霧島東神社のご神体ということだった。修験者のような人たちが集団で登っていた。信者の人々にとっては聖地なのだろう。
1時間半で登れるということだったので楽勝かと思いきや、足場が柔らかい砂利でなかなか先に進めない所や、岩ばかりでこれまた登りにくい箇所もあり、結構体力使った。だが山頂で天逆鉾を見て、そして見事な景色を見れば疲れも吹き飛んだ。
天気も良くて風も弱かったので山頂で弁当を食べることができた。「嘉例川弁当」は最高だった。さすが3年連続駅弁九州一というのも納得できる。今まで買ったあらゆるお弁当の中で最もおいしかった。









下山した後は、「さくらさくら温泉」に寄って汗を流した。ここは泥のパックができるので女子には非常に人気らしい。ワシはしなかったが、姫はちゃっかりしてきたらしい。

温泉で疲れをとることができたので、帰りのロングドライブも苦にならなかった。
今回も大満足の「南九州登山と温泉の旅」だった。

「高千穂峰」

学ばせる 高千穂の峰 もの言わず


この記事をはてなブックマークに追加

霧島神宮

2017年03月31日 | Weblog

去年から始めた「南九州登山と温泉の旅」シリーズ。今回チャレンジするのは「高千穂峰」。去年は初日に登ったが、今回は朝からずっと雨だったので翌日登ることにした。
雨の中ドライブして「霧島神宮」に行き、傘をさして散策した。去年は前を通っただけだったので境内があんなに広いと知って驚いた。



樹齢800年の樹にパワーをもらった気がした。



今回の宿は「摘み草の宿 こまつ」。以前から憧れていた宿の一つなのでかなり楽しみにしていた。一日六組の小さな宿だが、接客、部屋、お風呂、料理とも文句なしで期待以上の宿だった。
特に料理は一品づつ素晴らしいもので、姫と二人で上機嫌で食事ができた。
ここは一度だけでは終われない。必ずまた泊りにくるだろうと思う。

「老大樹」

老大樹 生きて苔むす 八百年 


この記事をはてなブックマークに追加

術後一週間

2017年03月23日 | Weblog

術後一週間が経過した。腫れは手術前と同程度に戻った。問題はここからどれだけ小さくなるかだが、ここで縮小が止まれば今回の治療は全く意味をなさなくなる。どうしても振り払えない不安がある。ただ、以前のように拍動していないことは確かだ。
調べてみるとどうも腫瘍の縮小には数ヶ月かかるようだ。気長に待つしかないか。とりあえず今度の土曜日に抜糸。

体調はすっかり戻った。退院した日に薬院から自宅まで歩くのがきつくてちょっと驚いたが、人間は3日間寝込むと体力の回復に2週間かかるらしい。どうりでいつも通りにはいかないわけだ。
もうすっかり元気だが、念のためトレーニング再開は4月に入ってからにしておこう。

「ひとりごと」

ため息と 鏡の前の ひとりごと


この記事をはてなブックマークに追加

戦を知る

2017年03月18日 | Weblog

今日からの連休を利用して自宅療養。とは言っても身体も動かさないと逆に仕事復帰した時にきついので午前中は家中の掃除をした。午後は車のバッテリーが心配だったので少し近所を走らせた。その後、少しだけ散歩。
映画は2015年版の「日本の一番長い日」を観た。半藤一利の原作も読んだし、1967年版の映画も観てたので、今だとどういう映像になるのか興味があったので観てみた。俳優陣の演技は素晴らしかった。

「Saving Private Ryan(邦題:プライベート・ライアン)」、「The Thin Red Line(邦題:シン・レッド・ライン)」、「Enemy at the Gates(邦題:スターリングラード」、そして昨日観た「Fury(邦題:フューリー)」など、最近の戦争映画は戦闘シーンが非常にリアルだが、あれは真実を伝えることで次の戦争を防ごうとしているのだろうと思う。
昔のドラマや映画では撃たれても血も流さず五体満足のまま死んでたけど、今では首や手が吹っ飛ぶのはざらだ。残酷で気持ち悪いが、それを敢えて再現するべきだとワシも思う。若い人に、こんなこと人間のすることではないと思わせないといけない。

戦争はよくゲームのテーマとして使われている。若い人たちはおもしろおかしく画面上で戦争をしている。
彼らは実際にその戦争に参加した人たちが体験した怖しさ、苦しさ、悲しさ、悔しさを想像したことがあるだろうか?
おそらくないだろう。あればとてもゲームなどできない。
バーチャルの世界で蒼龍に乗るなら、その前に澤地久枝の「蒼海よ眠れ」を読んで欲しい。大和に乗るなら、吉田満の「戦艦大和」を読んで欲しい。乗組員がいかに悲惨な死に方をしていったかを知って欲しい。
また、 メーカーさんも祖先が経験した地獄をゲームにはしないで欲しい。敵味方関係なく、戦争で亡くなった全ての人たちのことをもっと考えて欲しい。
ゲーム社会になった最近、しみじみそう思う。

「戦を知る」

戦なき 時に生まれし 我らこそ
戦を知りて これを防がん


この記事をはてなブックマークに追加

入院6日目

2017年03月17日 | Weblog

入院6日目。朝、心電図や尿管、点滴から解放された。執刀して下さったA先生が「成功しましたよ。ほぼ治ると思います。大丈夫です」と太鼓判を押してくれたので本当に嬉しかった。しかし顔の腫れはまだ一週間は続くらしい。まだしばらくはマスクの世話にならないといけないようだ。
退院はいつになるのかなと思っていたら、問題なければ今日でも退院できるということになった。そそくさと片づけて、もうお昼ご飯も出ないという話だったので姫の迎えも待たず午前中に病院を出た。看護士さんたちがみんなして見送ってくれた。
(福大病院の先生、看護士、職員の皆様、いろいろと本当にお世話になりました!)

地下鉄で薬院大通り駅まで行き、あとは歩いた。普段のマラソンコースだから全然歩けるだろうと思っていたら、やはり身体がなまってるようで結構きつかった。
自宅に戻ると姫が留守なので自分でトマトソースのペンネを作ってむさぼるように食べた。

午後からはのんびり。映画「Fury」を観た。そして夜は久しぶりの姫の手料理。やはりこれに勝るものはない。
あぁやっぱり自宅はいいやねぇ。天国だ。

ワシは本来形成外科に入院すべきなんだが、カテーテルの塞栓療法が脳外科の範疇だったことと、形成外科のベッドに空きがなかったのとで脳外科に入院した。この棟に入院している人たちは脳梗塞やらくも膜下出血など、非常にシリアスで、生死の境を経験した人ばかり。仲良くなった同室の人の話を聞いてるとワシなんざ運がいい方なんだなと思わせられた。
みんなそれぞれに避けられない不幸と戦っている。ワシも負けんゾ。

「人生」

苦難あり 苦難なくなり 生を知る


この記事をはてなブックマークに追加