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若宮誠一先生に

2009-09-30 | 社長日記

若宮誠一先生が平成21年9月11日にお亡くなりになられた。
先生は高松商業高校野球部の監督として、センバツ優勝を果たした、香川県高松野球界の重鎮であった。
私の母校の白鳥中学校(東かがわ市)からは、同級生の山口敏幸君が高商の野球部に入ったが、前年に監督をやめていたため、直接の指導はなかったそうである。
ただ、私が初めて若宮先生にお目にかかれたのは、野球ではなく、テニスを通じてであった。
入会した仏生山テニスクラブの会長に、若宮先生がいたのである。
70歳を過ぎていたにもかかわらず、年齢を感じさせない動きで、軽快にコートを走り廻って、テニスを楽しんでいた。
よく手入れされていたクルーザーのように機敏だった。
無駄な肉付きがなかった。
先生はサウスポーだったため、サウスポーならではの球種を打ってきた。
特にコート外に逃げていくスライスの球種には、対応が難しかった。
また、前衛に立った時のドロップボレーの得意技に幾度となく決められ、クヤシイ思いをしたものである。
かつて先生に、
「このごろの香川の高校野球が弱くなったのは何故ですか?」
とお尋ねしたところ、
「野球ほっこが少なくなった。おらんようになった。」
と、残念そうにこたえられた。
「野球ほっこ」はいるにはいるんだろうが、先生のお眼鏡にかなう、もしくは評価に達する「ほっこまい」は近ごろ数多くでてきていないのだろうか・・・
今ごろの若者の価値観を知るにつれて、小利口な醒めた若者が多くなったような気がするのは私だけだろうか。
それとも無気力で、無関心な若者が・・・
先生も時代の気分として「野球ほっこ」の情熱と気質を持った高校生に昔ほどに出会うことが出来ないと野球というフィルターを通して寂しく感じとってたのに違いないと、先生の口ぶりから私は推量した。
それゆえに先生は、一途に熱心に野球に取り組む愛すべき「ほっこまい」の出現を大いに期待していたのに違いない。
「ほっこまい」たちの甲子園での活躍を夢見ていたのに違いない。
しかしこの夏、高松商業は決勝で寒川高校に破れ、甲子園に出場した寒川高校も初戦敗退の憂き目にあった。
病床での先生の落胆ぶりは、いかばかりであったろうか。
残念な思いを残したまま先生は彼岸へと旅立たれたが、先生のご遺徳は将来多くの「野球ほっこ」の輩出によって野球王国香川の復活を果たされるように思えてならない。
きっと来年こそ期待に応えると思います・・・
ですから先生どうぞ安らかにお眠り下さい。

ジャンル:
香川県
キーワード
時代の気分 東かがわ市
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