水戸市の南側に位置する茨城町海老沢に生まれた川崎八右衛門(1834〜1907)により設立された川崎銀行。 川崎家は回漕問屋として東北諸藩の御用達を勤め、幕末期には水戸藩の財政立て直しの為に藩内で通用する藩札・通貨の鋳造など、鋳銭事業も手掛けるようになっていきました。 明治7(1874)年には為替取扱業の川崎組を創設、本店を東京・日本橋に置き現在の警視庁や千葉・茨城両県の公金取扱いを行って富と信用を蓄えていったそうです。 そして明治13(1880)年に川崎組は銀行組織となって川崎銀行と改称。 後に川崎財閥へと発展していく我が国を代表する私立銀行の誕生でした。
水戸にこの建物が新築されたのは明治42(1909)年の事。 設計は明治15(1882)年に工部大学校造家学科(現在の東大工学部建築学科)を卒業した新家孝正(1857〜1920)。 構造は鉄筋コンクリート(RC)造といわれ、国内では最も早い時期のものとなるそうです。 茨城県水戸市泉町3−2−4 09年01月中旬他
※参考『総覧 日本の建築 関東』 1989
『特別展 西洋ロマンとモダン建築 水戸の近代建築から』 2004
『茨城県の近代化遺産』 2007

1階部分にはルスティカ積み風の仕上げも見られます。

2階は白いタイルを貼って清楚な雰囲気を漂わす。 川越の旧八十五銀行本店(大正7年)にも通ずるイメージ。

戦災で車寄せと屋根、建物内部を焼失。 戦前の古写真を見ると正面中央に三角のペディメント△を掲げ、中央と両脇の3か所に尖がり屋根がありました。

玄関上部にあるキーストーン風の装飾。

窓を飾る面格子。 戦前の写真には写っていないので戦後の物と思われます。

大田原と新庄に古い建物を使用している現役の銀行店舗(信金含む)がありますが、洋風建築ではこれが一番古い?

西側面。 こちら側にあったレンガ塀は震災で大部分が崩れてしまったそう。 写真を探しましたが撮っていなかった…。

現存する国内最古のRC造は横浜の三井物産ビル(明治44年)だと思っていましたが、情報が正しければこちらの方が2年早く竣工した事になります…?