建築ノスタルジア

郷愁への架け橋

津宮の建物

2012-02-16 19:36:51 | 埼玉・千葉


 香取駅の北側を走る国道沿いで見つけた小さな洋館。 確証はありませんがお隣の津宮郵便局の旧局舎と思えます。 この冬は各地で厳しい寒さが続いていますが萌黄色の建物にちょっとだけ春を先取りしたような気分になりました。  千葉県香取市津宮  12年02月上旬



 庇の上に「局便郵宮津」という看板が掲げられていたのでしょうか。


 大小の引違い窓を2段重ねています。


 目の前を車が引っ切り無しに通っていますが、人通りはほとんどありません。


 看板は意図的にこの位置に建てられたのでは?




 春の足音が聞こえてきます。
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旧利根銀行新治支店

2012-02-14 19:02:27 | 北関東3県 (茨城・栃木・群馬)


 明治33(1900)年に新治村に資本金1万円(当時)で設立された利根銀行の社屋として明治40(1907)年に建設されたもの。 利根銀行は大正15(1926)年に沼田商業銀行と合併、この建物は利根銀行の新治支店となりました。 その後も銀行の合併・再編などにより群馬中央銀行〜群馬銀行〜群馬大同銀行の各支店となりましたが昭和9(1934)年に銀行としての役割は終えました。 昭和28(1953)年からは土建業者の事務所として使用され現在に至っているようです。  群馬県みなかみ町羽場1094  10年04月下旬

 ※参考 『群馬県近代化遺産総合調査報告書』 1992
     『颯爽たる上州 群馬の近代化遺産』 1995



 関東と越後を結ぶ三国街道沿いに建つ。 起り(むくり)屋根の玄関ポーチが和的です。 


 玄関上部にはファンライト。 一転して洋風のイメージ。 




 築100年を超え、各部には経年劣化も。


 合併先の沼田商業銀行の建物(旧沼田貯蓄銀行本店・明治41年頃)も沼田市内に現存していますが、あちらは囲いで覆われてしまって姿は殆んど見えません。
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旧川崎銀行水戸支店

2012-02-06 18:10:38 | 北関東3県 (茨城・栃木・群馬)


 水戸市の南側に位置する茨城町海老沢に生まれた川崎八右衛門(1834〜1907)により設立された川崎銀行。 川崎家は回漕問屋として東北諸藩の御用達を勤め、幕末期には水戸藩の財政立て直しの為に藩内で通用する藩札・通貨の鋳造など、鋳銭事業も手掛けるようになっていきました。 明治7(1874)年には為替取扱業の川崎組を創設、本店を東京・日本橋に置き現在の警視庁や千葉・茨城両県の公金取扱いを行って富と信用を蓄えていったそうです。 そして明治13(1880)年に川崎組は銀行組織となって川崎銀行と改称。 後に川崎財閥へと発展していく我が国を代表する私立銀行の誕生でした。

 水戸にこの建物が新築されたのは明治42(1909)年の事。 設計は明治15(1882)年に工部大学校造家学科(現在の東大工学部建築学科)を卒業した新家孝正(1857〜1920)。 構造は鉄筋コンクリート(RC)造といわれ、国内では最も早い時期のものとなるそうです。  茨城県水戸市泉町3−2−4  09年01月中旬他

 ※参考『総覧 日本の建築 関東』  1989
    『特別展 西洋ロマンとモダン建築 水戸の近代建築から』  2004
    『茨城県の近代化遺産』  2007



 1階部分にはルスティカ積み風の仕上げも見られます。


 2階は白いタイルを貼って清楚な雰囲気を漂わす。 川越の旧八十五銀行本店(大正7年)にも通ずるイメージ。


 戦災で車寄せと屋根、建物内部を焼失。 戦前の古写真を見ると正面中央に三角のペディメント△を掲げ、中央と両脇の3か所に尖がり屋根がありました。


 玄関上部にあるキーストーン風の装飾。


 窓を飾る面格子。 戦前の写真には写っていないので戦後の物と思われます。


 大田原と新庄に古い建物を使用している現役の銀行店舗(信金含む)がありますが、洋風建築ではこれが一番古い?


 西側面。 こちら側にあったレンガ塀は震災で大部分が崩れてしまったそう。 写真を探しましたが撮っていなかった…。


 現存する国内最古のRC造は横浜の三井物産ビル(明治44年)だと思っていましたが、情報が正しければこちらの方が2年早く竣工した事になります…?
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旧勝目郵便局

2012-01-29 17:53:18 | 大分・熊本・宮崎・鹿児島


 年が明けて新年最初に訪れたこの建物は、明治22(1889)年に中山田郵便取扱所として開設されたのを起源とするかつての郵便局。 勝目村中山田に居を構えていた椎原氏が当初は自分の茅葺き住宅の一部を郵便業務の為に充てていたものの、常務拡大に伴って大正15(1926)年に役場跡地に局舎を新築移転し、さらにその局舎も昭和12(1937)年に取り壊し同年中に新しく完成させたのがこの建物だったそうです。  鹿児島県南九州市河辺町中山田1134−3  12年1月上旬

 ※参考『鹿児島県の近代化遺産』 2004 
 ※登録文化財としては昭和16(1941)年の建築となっています。



 昭和54(1979)年に国道沿いに新局舎が出来てからは使用される事が無くなり、現在はこの地域の倉庫として祭り道具などを保管しているという。


 〒マークは半ば消えかかる。


 字を書くのがヘタな者としては物凄く共感出来る字体。。


 色を失った世界で見つけた赤い郵便マーク。 『シンドラーのリスト』の赤い服の女の子を思い出しました。


 バリアフリーなんて程遠い。 でもこういう所も好きなんです。


 正面側の3面だけが下見板張りみたい。
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旧中村病院(医院)

2012-01-21 22:04:47 |  三重県


 三重県名張市は江戸川乱歩(1894〜1965)生誕の地。 生後1年も経たずに転居してしまったので実際には晩年に訪れるまで「見知らぬ故郷」だったそうですが、彼の生家のあった場所には生誕地碑が建立されていて今は観光スポットになっています。 そこから程近い場所に建っているのがこの木造洋館であり、大正12(1923)年に個人医院として建てられたものだそう。 竣工年しか建築データを持っていませんでしたが、ネット情報によると院長が亡くなった昭和32(1957)年以降は使用されなくなって、平成9(1997)年に現在の持ち主(酒造業経営)が譲り受けたとありました。  三重県名張市  11年12月下旬



 道路に面して門柱(?)が建つ。


 木目を生かした下見板張り。 当初からペンキが塗られていなかったのか、途中で傷んだ部材を張り直したのかは分かりません。


 この様子だと現在は物置代わりの可能性が高そうです。




 柱頭飾りは面白い形。


 見た限りでは木製の窓枠も全て残っています。


 正面は東向き。
 

 前面に比べると背面は老朽化が進んでいるのが見えて不安です。


 江戸川乱歩生誕地の碑。 冬場は太陽が昇ってくるのが遅くてここのベンチで時間を潰して過ごしました。
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