える天まるのブログ ドラゴンクエストX 冒険者広場 ルクスの紙芝居

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<高校生下宿 窓 箸 ステレオ>

2017-08-09 00:24:52 | 高校生下宿


<高校生下宿 窓>

朝を迎え 布団をたたみ 押し入れにしまい ホウキで畳をはいて ちりとりをかざす。

ザザザ ザザザ なんて真面目なんだろう。

僕の部屋は 窓からの日差しの入り方がいい
左隣りの部屋は 窓を開けると路地からの景色が全面に見える
右隣りの部屋は おばちゃんちの自宅の壁が全面にあり日差しは天上の真上のみ
僕の部屋はその中間 カーテンをつけなくても夏は凌げそうな爽やかな空間だ。

前の先輩が 国立大学に入ったのも この部屋の日差しの入り方で頷ける感じがした。

入学式 僕の居る下宿屋に 僕の地元出身の学年1のガキ大将がやってきた。
学年1のガキ大将は 別の下宿屋で世話になっていた。
学年1のガキ大将は なにかといいやつだ 小学の頃は僕と釣りに行ったり お誕生日会に呼んでくれたり と 中学を卒業する頃には学年1のガキ大将にまでなり 近寄りがたい男にはなったが 僕と同じ高校の船に乗るのは 僕の地元の出身からだと 僕と学年1のガキ大将のふたりだけだった。

高校の入学式 ワチャワチャする高校の門を潜った クラスが見つかった。
学年1のガキ大将とは別のクラスだった ワチャワチャする中 お互いに新しいクラスに入っていった。

ワチャワチャしてる間に 入学式が終わった。
僕の両親は どこに居たのか わからなかった
1年11組 僕は1年11組の室長になっていた
担任が ばったり 僕を室長に名指ししたのだ
1学期なのか 1年間なのかもわからないまま この日から 僕の号令で授業が始まるシステムになっていた。

ワチャワチャと親と合流し下宿屋に戻ると もうひと家族 そこに居た。
下宿屋のおばちゃんが その家族の高校生を紹介した。
僕の家族と挨拶を交わした。

見たことがある顔だ

なんでそいつが ここに居るんだ?
なんで同じ 高校に入ったんだ?
なぜだ どうして そいつが 僕の前に居るんだ

そいつは 中学の頃から プリントに印字された名前だけは覚えていた。
中学の頃 高校入試のための模擬試験がたまにある
その模擬試験で 上位者は プリントに名前が印字される
そいつの印字された 名前はいつも目立つところに印字されてて
バカな僕の記憶の片隅にも残っていた。

そいつ 県内でも 五本の指に入るような 進学校をノーガード つまりすべり止めなしで 高校受験をしたらしい。

東大受験に すべり止めなしで 受験を受ける奴は何人いるんだろうか?

聞くところによると 中学の模擬テストは常に五教科平均で 500点中 460点の平均点だったらしい 合計450点だと1教科90点以上だ。
中学の担任からは その平均だと入れると言われ それを真に受け 高校受験はすべり止めなしで受けたらしい
しかし その年のその高校の最高合格者平均は470点 東大の合格者平均が460点だとすると 早稲田が470点 と 東大を抜く番狂わせが起きたのだ。

僕の入った高校の二次試験を受けて
僕と同じ 下宿屋の部屋で 今 ふたりっきりになった。
僕は 親にも250点の顔を見せたことがないのに 平均450点の男子が 僕と同じ高校の船に一緒に乗るとは こんな番狂わせな出会いがあるんだろうか

僕の前で 高校受験の時のことを思い返しては見せる 悔しそうな顔
男子が弱ると 次は彼女の話になった。

そいつは 中学時代の彼女の話をし始める
彼女は高校でも上位クラスの女子高に合格したらしい
男子にとって 彼女が居るか 居たか 居ないか によってステータスが変わる

僕も辛うじて 中学の彼女の引き出しは一個あった。

高校受験で落ち 項垂れて受験校から去って行った気持ちは
やがて 自分の子が生まれ変わり 高校受験の合格発表を迎えた日にやっと知る。
一緒に受けて 一緒に合格した生徒よりも 一緒に受けて落ちて項垂れて去って行った生徒の姿のほうが忘れらない。

そいつは  まだ俯いたまま 地獄の下宿部屋で 僕と一緒の一日が始まった。



< 箸 >

そいつと出会った日 そいつ こいつ あいつ そいつのあだ名が思い浮かばない 今日からそいつをなんて呼ぼう?
オダさんやオイカワさんのように 上の名前で呼んでも なんかおかしい
下の名で呼んだほうが いいな だったら そいつ でいいか
なぜか こいつ や あいつ には思えないのだ。

そいつの両親は 母親は高校教師 父親は呉服屋の社長
僕の両親は 脱サラからの自営業

親どうしの挨拶で お互い丁寧に優しく挨拶を交わしていた。
そして 後ろ髪を引かれる思いを漂わせ そいつと僕を下宿屋に置いていった。

母親のように見える 下宿屋のおばちゃんの笑顔 
実に初々しい目で 僕らを見ている

そいつと 下宿屋の食堂に入った そいつとの晩御飯
ドンブリの器の出来が 明らかにちがう

そいつの 持つ箸は 一本に見える

僕の持つ箸は 二本に割れている そして思い出す 僕の頭
父親は 箸に拘りがあった 気に入らないと僕の頭を箸で叩く
叩くための 箸なのか?食べるための箸なのか? 
箸の素材が 特別硬い箸を手に入れたと 僕に自慢げに話した。
何年その箸と暮らしたんだろうか?小学生の高学年ぐらいからかな
叩かれると とにかく 痛い箸だった。

思わず 赤ん坊のような 声がでてしまう 僕は赤ん坊のような声をだすと凄く恥ずかしくなった。
なんで そんなに硬い箸を買ったんだ?と思ったが 誰もその箸を父親の手から奪えない
叩き方も 父親は覚えていった 箸の尖った先で突くようなことはなかった。

母親は 僕の頭を 習字の文鎮で頭を叩いた。
習字の文鎮は 見るからに金属で真四角で細長い
文鎮で叩かれて 頭から血が流れた
女性は 血を出すことに容赦がないのかも
姉も 家族でキャンプに出かけて泊まった朝に 僕を金属の入ったキャンプ道具で頭を叩き 僕の頭から血が流れた。

車酔いがするほど 何時間もかかって行った
病院も近くにないような 十和田湖のキャンプ場で 翌朝頭から血を流した僕は、親父とキャンプ場の敷地内をあちこち歩きまわって 周辺を困らせた。
僕の頭がもっと頑丈だったら
僕のせいで家族キャンプは台無しになった。

親父は 硬い箸まで買って 僕を叩かなければ 凄くいい親父なのだ
いつから素材を気にするようになったかは知らないが
硬い箸で 僕を叩かなければ ほんとにいい親父なのだ。

僕が親父が行ってほしくない 駄菓子屋に通ってたのを知り その晩 僕をグーで殴ったことがあった。
僕は目に痣ができた
目の痣を親父が見て 学校では「キャッチボール中にボールがぶつかった」と言えといわれ 教室で誰かに訪ねられたら その通りに「キャッチボール中にぶつかった」と話した。

親父を思ってのことだった。

食事を終えた頃に そいつの食べ終えたドンブリを見ると
ドンブリには 米粒が沢山ついていた
まるで ほっぺにも米粒がついてるような感じで 凛々しさと子供っさのギャップに母性をくすぐるそいつは 食堂のおばちゃんに食べ終えた食器を戻した。
ドンブリに残ったご飯粒を見ると まるでアニメで見るような キャラクターで 愛くるしさがある。

二度見してしまうほどのいい男なのだ

オダさんも 不自由そうに箸を持って食べるが ドンブリの中は何か物足りなく見える オイカワさんのドンブリも物足りない
僕のドンブリにも 米粒が残ってない。

ちょっと小太りなオダサンは 下宿屋の食事のあとに近所の弁当屋に はしごをしに 変な人感を漂わせ 僕たちを置いて 路地の小道を歩いていった。



<ステレオ>

僕の部屋に やっとステレオが置かれた。
僕は 伊藤麻衣子のファーストアルバム 「夢の入り口」の発売日を楽しみにしてた。
写真集も発売される 絶対買う そして絶対買った。

「あ ブロンディのカセットアルバムが入ってた」

ブロンディのカセットアルバムは、中学の卒業式後の春休中
中学を卒業するんだから 今度は洋楽を聴こうと レコード店に入った。

カセットアルバムは LPアルバムよりちょっと安い

「聴いたことのがないアルバムは カセットでいいか」

マイケルジャクソンが横たわってる大画面を横目に カセットコーナーに歩いていった。
クイーンが僕を呼んでいる
ジャケット写真を見ると 口ひげ付けたおっちゃんだ
クイーンはあとで聴くことにして 僕は女子の歌声が聴きたい。

僕の目についたのは ブロンディの上から目線
たまに夜夢に出てきたような 女子にも見えた。

春休み中
僕はブロンディのカセットアルバムを購入して ステレオで聴いていた。
聴き心地が良かった。カセットを早送りしなくても済んだ

「コールミー」聴き覚えのある曲だ 
「ナンバー1」 誰かがこんな感じの曲歌ってなかったかな?

下宿屋に引っ越すまで ブロンディで春休みを過ごし ステレオに入れたまま 僕は下宿屋で高校生になったのだ。



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