平安夢柔話

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百人一首の歌人たちの血縁関係

2017-06-17 19:47:07 | 系譜あれこれ
 もう11年も前のことなのですが、

 百人一首の本を読んでいたら、「百人一首の歌人って、親子とか祖父と孫など、血縁関係がとても多いのでは」と気がつき、手持ちの本やネットで調べたり、掲示板で教えて頂いたりして、、覚え書き的に3本の記事を書きました。
 で、その3本の記事なのですが、以前からアクセス数がとても多くて、、ばらばらに散らばっている項目をいつか、一つにまとめなくてはとずっと気になっていました。そこで今回項目を整理して一つの記事にまとめてみました。

 なお、以前に書いた3本の記事は削除させていただきました。ご了承下さい。

《百人一首の歌人たちの血縁関係》

*以前の記事では、藤原忠平や藤原貞方の子孫を全部書いていましたが、膨大になってややこしくなってしまいますし、「それなら天智天皇もたくさん子孫いるよね」ということになってしまいますので、曾祖父母と曾孫程度の記載にとどめました。
 ただ、例外として、「氏族は違いますが私たち直系です」という小ネタ的なものは少し掲載させていただきましたが。
*異説があるものは*で注記しました。

☆親子

父・天智天皇(1番)と娘・持統天皇(2番)
父・僧正遍昭(12番)と息子・素性法師(21番)
父・陽成天皇(13番)と息子・元良親王(20番)
父・壬生忠岑(30番)と息子・壬生忠見(41番)
父・文屋康秀(22番)と息子・文屋朝康(37番)
父・藤原定方(25番)と息子・藤原朝忠(44番)
ちち・清原元輔(42番)と娘・清少納言(62番)
父・藤原伊尹(45番)と息子・藤原義孝(50番)
父・平兼盛(40番)と娘・赤染衛門(59番)*赤染衛門の父には異説あり。
母・紫式部(57番)と娘・大弐三位(58番)
母・和泉式部(56番)と娘・小式部内侍(60番)
父・藤原公任(55番)と息子・藤原定頼(64番)
父・源経信(71番)と息子・源俊頼(74番)
ちち・源俊頼(74番)と息子・俊恵法師(85番)
父・藤原顕輔(79番)と息子・藤原清輔(84番)
父・藤原忠通(76番)と息子・大僧正慈円(95番)
父・藤原俊成(83番)と息子・藤原定家(97番)
父・後鳥羽天皇(99番)と息子・順徳天皇(100番)

☆祖父母と孫

祖父・藤原忠平(26番)と孫・藤原伊尹(45番)
祖父・清原深養父(36番)と孫・清原元輔(42番)*曾祖父と曾孫という説も
祖父・光孝天皇(15番)と孫・源宗于(28番)
祖父・大中臣能宣(49番)と孫・伊勢大輔(61番)
祖父・藤原伊尹(45番)と孫・藤原道信(52番)
祖母・高階貴子(54番)と孫・藤原道雅(63番)
祖父・源経信(71番)と孫・俊恵法師(85番)
祖父・藤原忠通(76番)と孫・藤原良経(91番)

☆曾祖父母と曾孫

曾祖父・在原業平(17番)と曾孫・藤原敦忠(43番)
 *詳しくはこの記事のラストの方に記載します。
曾祖父・藤原兼輔(27番)と曾孫・紫式部(57番)
曾祖父・三条天皇(68番)と曾孫・大僧正行尊(66ばん)
 行尊は三条天皇の皇子敦明親王の孫)
曾祖母・赤染衛門(59番)と曾孫・大江匡房(73番)
 *匡房の祖父の挙周は赤染衛門の実子ではないという説もあるようです。 
曾祖父・藤原忠平(26番)と曾孫・藤原義孝(50番)・藤原実方(51番)・
                 藤原道信(52番)・藤原公任(55番)
曾祖父・藤原定方(25番)と曾孫・藤原義孝(50番)・藤原実方(51番)・
                 藤原公任(55番) 紫式部(57番)    

☆おじ・おばと甥・姪

おじ・源融(14番)と甥・光孝天皇(15番)
おじ・藤原忠平(26番)と甥・藤原敦忠(43番)
おじ・藤原義孝(50番)と甥・藤原道信(52番)
*2人とも藤原忠平の曾孫でまたいとこ同士ですが、道信の母と義孝は藤原伊尹の子できょうだい、実は2人はおじと甥。
おじ・藤原俊成(83番)と甥・藤原実定(81番)・寂蓮法師(87番)
おじ・崇徳天皇(77番)と姪・式子内親王(89番)
叔母・式子内親王(89番)と甥・後鳥羽天皇(99番)
おじ・大僧正慈円(95番)と甥・藤原良経(91番)

☆兄弟

兄・在原行平(16番)と弟・在原業平(17番)

☆義兄弟・義姉妹(血はつながっていませんがかなり近い関係なので挙げてみました)

在原業平(17番)と藤原敏行(18番)
・この2人の妻は紀有常の娘で姉妹なので、業平と敏行は義兄弟ということになります。
藤原道綱母(53番)と清少納言(62番)
 ・清少納言の姉の夫は、道綱母の兄弟の藤原利能。
藤原良経(91番)と藤原公経(96番)
・この2人の妻は藤原能保の娘で姉妹。そしてこの姉妹、実は源義朝の孫で源頼朝の姪に当たります。
 そこで、
 これは掲示板で咲希さんから教えて頂きましたが
義いとこ
 藤原良経(91番)・藤原公経(96番)と源実朝(93番)
なるほど~。 
藤原公経(96番)と藤原定家(97番)
*公経の姉は定家の妻とのことです。

☆いとこ

僧正遍昭(12番)と源融(14番)
 ・僧正遍昭の父・良岑安世と源融の父・嵯峨天皇は桓武天皇の子で兄弟。
・藤原定方(25番)と藤原兼輔(27番)
 ・定方の父・高藤と兼輔の父・利基の父は藤原良門で兄弟。
・藤原義孝(50番)と藤原公任(55番)
 ・義孝の母・恵子女王と公任の母・厳子女王は代明親王の女で姉妹。
藤原実定(81番)と寂蓮法師(87番)と藤原定家(97番)
 ・実定の母と寂蓮の父(俊海)と、定家の父(俊成)は藤原俊忠の子できょうだい 

(番外)氏族や家名が違っても、私たちは直系です♪

☆在原業平(17番)と藤原敦忠(43番)
 藤原敦忠の母は在原業平の孫。従って2人は上でも挙げたように曾祖父と曾孫の関係です。
☆高階貴子(54番)と後鳥羽天皇(99番)
 後鳥羽天皇の母の藤原殖子は、藤原隆家の子孫。従って、隆家の母である高階貴子とも直系です。
 そしてこの二組の意外な関係ですが。
 一説によると在原業平と恬子内親王(文徳天皇皇女)の間に産まれた子が高階茂範の養子となり、高階師尚として高階家を継いだと言われています。もしこれが事実とすると、在原業平の血統は後鳥羽天皇にまでつながっているというわけです。系譜の面白いところです。

☆藤原道綱母(53番)と藤原良経(91番)
 『百人一首』91番の歌の作者で、鎌倉時代初期に摂政を勤めた藤原良経の父は、日記『玉葉』を著した平安末期~鎌倉初期の関白藤原兼実ですが、母は藤原季行女です。そしてこの季行という人、右大将藤原道綱の子孫なのだそうです。
 つまり、『百人一首』53番目の歌の作者で「蜻蛉日記」の著者である道綱の母ともしっかりつながっているということになります。
 平安時代の女流文学者と、鎌倉時代初期の摂政が直系というのも面白いですよね。

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