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昭和40年代の京阪沿線(^。^)その2

2017年05月20日 16時55分22秒 | わが半生
昭和40年代の京阪沿線(^。^)
今では守口市も寝屋川市駅も枚方市駅も結構、立派な駅になってますね。
たまにちゃちゃ入れマンデーとかで映像を見ますが変わりました!驚きです。
私が利用していた駅『香里園』は殆ど変わらず駅の東側にある関西医大病院が立派になってます。
当時の京阪の主要駅は(^。^)守口市、香里園、枚方市駅、楠葉かな。守口市駅は区間急行が止まる駅で次は京橋なのでなんとなく。寝屋川市駅は香里園に急行がとまるので別にって感じでしたが準急が出来ると寝屋川市駅は止まる、おまけに萱島まで駅が大きくなって止まるようになり守口市も。京阪って阪急のように神戸線とか宝塚線とか京都線とかないし近鉄のように奈良や三重県、名古屋までみたいに長く線路もないのに阪神電車のように止まる駅がどんどん増えて(^。^)
昭和40年代は今みたく高架線路ではありません。
地面にそのまま走ってました。
急行で京橋から守口市駅を通過するのは京橋を出て5分後、そして守口市駅から香里園に到着するのが10分後(^。^)その15分が寝屋川市駅が止まることになって18分。
また当時は今のような健康法などありませんでしたから朝のラッシュ時に駅のホームに降りるとタバコの煙モウモウとあって線路には吸い殻をポイポイ捨てる親父サラリーマン。
だから臭かったぁ。駅員さんも吸い殻を拾ってましたが全く追いつかない。

もちろん自動改札が普及する少し前でしたから改札には駅員さんが切符を切るハサミをカチカチいわせてました。
私が高校入学した少し後くらいから自動改札が置かれ紙の定期券から紙の定期券に磁気カバーを付けた定期券が発行されましたね。
今も時々、鍼灸院に妻の運転で香里園駅の前を通る事もありますが駅周辺は昔と余り変わりませんね。
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