チンチン電車の中でコンサートが開けるの、知ってるか。
うそ！都電を借り切ってコンサートを開くことができるんだって。「歓喜の歌」の連中も、それくらい頭の柔らかさがあれば、大騒ぎにはならなかったかもしれないのにな。市民ホールの主任が、同じような名前の二組のママさんコーラスの発表会をダブルブッキングしたことから起きる騒動が、松岡錠司監督の「歓喜の歌」。「みたまレディースコーラス」と「みたま町コーラスガールズ」。たかが、ママさんコーラスの発表会なのに、どっちも譲らない。「たかが」とは何よ、「たかが」とは。日ごろ必死に働いているママさんたちにとっちゃ、こういう舞台は紅白歌合戦に出るのと同じくらい晴れ舞台なんだから。な、なんだよ、いきなり由紀さおり顔になって。だったら、もっとオリジナルな名前をつけりゃあいいだろう。「安田姉妹の童謡隊」とか、「風の谷のナウシカ合唱団」とか。それなら間違えないぞ。たしかに、一方のコーラスの代表は由紀さおりで、もう一方のコーラスの代表は意外にも「風の谷のナウシカ」の主題歌を歌ってた安田成美だったわよ。でも、名前なんて本質的な問題じゃないでしょう。そう、そう。この問題の本質は階級間闘争だ。は？由紀さおり率いる一派は社長夫人とか市長夫人とかのセレブで、安田成美率いる一派はどこにでもいそうな一般庶民。世が世なら、これは、ブルジョワジーとプロレタリアートの戦いなんだよ。紅白歌合戦なんかじゃない、格差社会における階級間闘争なんだ。だからこそ、どっちも簡単に譲れないんだよ。なんかよくわからないけど、由紀さおり一派は完全に上から目線だったもんね。ところが、最後に指揮を取るのは、安田成美。プロレタリアートは、実に巧妙にブルジョワジーを手玉に取ったという物語だ。そりゃ、ずいぶん簡単に指揮を相手に渡しちゃうのね、とは思ったけど、由紀さおり一派の指揮者はおじさんだったもんね。見栄えからして、安田成美のほうがよかっただけじゃないの？いいや、プロレタリアート勝利万歳！という映画だ。ところが、火種をつくったホールの主任はそんなことには全然気づいていない。あなた以外、誰も気づいていないと思うけど。心底、役人魂に凝り固まっているから、階級間闘争なんてピンとこないんだ。私もピンとこないけど。民間人なら、ミスを犯せば餃子を持っておわびにくるのかあ、なんて、つまらないところで感心している。小林薫がひょうひょうと演じてたわね。役人のくせに、その餃子に農薬が混ざっているかどうかなんて、確かめもしない。ふつうは、しないと思うけど。でも、よかったよな、混ざってなくて。あたりまえでしょ。そこで誠意にめざめた小林薫は、両方のママさんコーラスが発表会を開けるように、ホールの改造を決断しちゃう。それがまた、小役人らしいところだ。いくら自分のミスから起こったことだからって、ホールの改造費用は誰が出すんだよ。まさか税金じゃないだろうな。民間人なら、費用と誠意を秤にかけて、もっと現実的な落としどころを探すぜ。そんなの、あるの？だから、チンチン電車でも、映画に出てきたモノレールでも、駅前広場でも、学校の体育館でも、コンサートなんてホールじゃなくてもどこかで開けるだろう。頭の固い役人にはそういうところまで考えが及ばないのかねえ。モノレールかあ。松岡錠司の第一作「バタアシ金魚」にもモノレールが出てこなかった？そうだっけ？それより、「バタアシ金魚」の筒井道隆が出てきたのは、懐かしかった。彼の自然な演技を見ているとほっとするね。やっぱり、松岡錠司の真骨頂は、ああいうなにげない描写にあるのかもしれないわね。いちばん心に沁みたのは、ママさんコーラスの面々が、前の晩にそれぞれの家族たちと過ごす、なにげない時間の点描だったもんね。ひとりひとりに生活がある、っていうのはいいよなあ。ニートの青年なんて、本筋に何の関係もないのに、なんか、映画が豊かになっていいのよねえ。彼もついに労働に目覚める。やっぱり、プロレタリアート万歳だ。なんでもそこに結びつけるわけ？原作は立川志の輔の落語。だからか、立川談志も顔を出してたな。うん、落語も見てみたいわね。それこそ、チンチン電車を借り切って聞くっていうのはどうだい？あ、風流でいいかも。ようやくあなたもまともなこと、言ったわね。はい、おあとがよろしいようで。●このサイト、いま何位かな？⇒人気Blog Ranking（映画全般）
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