【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「愛の流刑地」:東京運輸支所前バス停付近の会話

2007-01-14 | ★品93系統(大井競馬場前~目黒駅)

鮫洲の運転試験場、みんないちどはお世話になるところ。
18歳越えれば運転免許は取れるけど、免許を持ってりゃいいってもんじゃないよな、車の運転も恋の運転も。
恋の運転?なに、その、奇妙な表現。
文学的表現って言ってほしいね。
文学的表現?
いや、奇妙な文学的表現満載の「愛の流刑地」なんて映画を観ちゃったもんだから、ちょっと影響されたかな。
どこが奇妙な表現なのよ。凡人の思考を超えた崇高な文学的表現ばかりじゃない。寺島しのぶ演じる平凡な主婦が豊川悦司演じる作家の男と恋におぼれたあげく自分を殺させてしまうっていう、究極の愛の物語よ。
そうかなあ?あの流行作家の女を口説くときの歯の浮くようなセリフ。それにクラクラくる主婦を見てると、こっちまでクラクラくるぜ。
そういえば、あの場面であなたは口からポップコーン吹き出してたわね。
だって、いきなり方丈記の朗読だぜ。とにかく、この映画、噴飯もののセリフが多いから、ポップコーンは禁止だな。
そこまで言う?
まじめくさって「私は選ばれた殺人者なのです」なんて、少しは冷静になれよ、バカか、おまえは、って声かけたくなっちゃうぜ。
なに醒めたこと言ってるのよ。冷静になれないのが恋なんじゃないの。周囲が見えなくなるほど究極の恋に捕われた男女の話なんだから。
はいはい、そうかもね。でも、四十過ぎの大の大人がいくら恋に狂ったからって、社会性を放棄しちゃっちゃあ、子どもとおんなじだ。「愛は法廷で裁けない」なんてあたりまえじゃないか。それを裁くのが社会性ってもんじゃないか。そんなこともわからないで、恋の免許はあげられないね。
あのねえ、この映画はそういう風に現実とからめて考えちゃダメなの。大人のおとぎ話なんだから。バッカじゃないの、と思いながら、でも、そんなバカなこともやってみたいよね、と思いながら二時間主人公になったつもりで過ごせば十分なのよ。
やだよ、こんな話の主人公なんて。むしろ、この二人を冷静に眺めている第三者の視点で話を進めてくれれば、まだ観れたかもしれないな。
浅田美代子扮する友だちの視点とか?
余貴美子扮するバーのママとかね。法廷で見せる醒めた視線はいい線いってたぜ。ああいうまともなキャラクターの人物が恋を語れば、こんな俺でも納得しちゃうんだけどな。
法廷っていえば、母親が娘のことを気づかうシーンはよかったんじゃない?
富司純子と寺島しのぶの親子共演のシーンか。あそこだけだったな、情が感じられたのは。恋愛映画なのに、寺島しのぶと豊川悦司の間には情が感じられないんだよ。
情って何?あんなに「情交」してたじゃない。
違う、違う。そういうことをしていないときに、ふと見せる二人のつながり、っていうのかな。寺島しのぶと豊川悦司っていえば「やわらかい生活」の中で共演しているんだけど、あの映画の中ではいとこ同志の役でも、二人の間に情がかいまみえてたのに、なぜか、この映画では見えないんだよな。
そう?寺島しのぶってクセのある役が多いんだけど、恋に狂っていく普通の主婦の役をがんばってたじゃない。
普通の主婦の役?あれが普通の主婦かよ。普通の主婦どころか、血の通っていない、のっぺらぼーじゃないか。親密になるにつれ下着の色が変わっていくなんて、リアリティっていうのを勘違いしてない?
そうかしら。
あと、俳優として損しているのは、寺島しのぶの夫役の仲村トオル。あの法廷での動転ぶり。いくら妻を殺されたからって、有能なビジネスマンがあの動揺ぶりはないだろう。ただのバカじゃないか。
バカ、バカ、って、じゃあ、あなたはこの映画をどう見たの?
ちょっかい出した女に逆につきまとわれた男の話。
なんか昔、そんな映画あったわね。ああ、思い出した、「危険な情事」ていう女につきまとわれる男のアメリカ映画。あれと同じってこと?究極の愛に捕われた男女の美しい悲劇をそんな風にとらえるなんて、なんだか虚しい見方ね。
そうそう、映画の中で、この作家が書いた小説が「虚無と劣情」っていうんだけど、劣情にかられて観に行ったら、虚無な内容にポップコーンを吹き出しちゃったってところだな、この映画の感想を言えば。
「虚無と熱情」でしょ。
あれ、そうだっけ?
映画のタイトルは「愛の流刑地」。言わずもがなだけど渡辺淳一の素晴らしいベストセラー小説が原作なのよ。
俺は愛の流刑地には行けないな。
交通違反で流刑地に行くタイプよね、あなたは。一生、究極の恋はできないわね。
俺だってやだよ、「殺してくれ」なんて言う女と。
私はいいけど。豊川悦司となら。
かっこよければ何でもいいんだろ。
まあね。


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