地方の女たち

夜の街で出会った女達と男達

宗教・権力・暴力

2016-12-28 10:48:26 | 日記
年末の何かと忙しい時に宗教の事なんか考えたくもないし、関わりたくも無いのですが、相手は人に対して無神経な連中ですから、何かと理由をつけては「集金業務」をしようとします。

まぁ、私は基本的に(既存の)宗教が好きじゃないので、かなりの偏見を持ってるんでしょうネ。

でも、私だって宗教心を否定している訳じゃないんです。
彼らが権力と暴力の上に成り立ってるのが嫌いなんです。 平和な日本では宗教と暴力は繋がらない感じがしますが、世界の人々の争いには必ず宗教が絡んでいます。

現実的に・・
日本では「権力」に擦り寄る宗教がほとんど・・・
大きく経済的に豊かな宗教は「政治」と言う権力を欲しがり、末端の小さな宗教は「金」と言う権力を欲しがります。
※ 宗教と書いていますが、寺とか神社とかの住職・神主のことです。

政教分離なんて言葉がありますが、日本の政権の一端を担う公明党と創価学会なんて100%と同じと感じている人が殆どのはずなのに放置されたまま、、、平和な国ですから。

仮に日本の社会が荒れると、この種の団体は民主主義の国を造るのには害になります。
でも、現状が平和な国ですからそんなに問題にはならず、それどころか次の創価学会を狙った宗教団体も次から次に出てきます。 よほど美味しい汁が吸えるんでしょうねぇ~。

身近な話として・・・荒神さんと言うのが有ります。
これは特に西日本での事らしいですが・・・・・。

この荒神さんの由来は諸説あるみたいで、コレッと言うのは統一されていないみたいです。

その事は現状から考えると、民衆から発生した風習みたいとも思えます。 昔は台所からの火事が多く、それが一番の人災だったのでしょう。 それを考えると犠牲が出ないように「何か」「誰か」にお願いする気持ちは極自然だと思います。

そう考えられると訳の解らない人に押し付けられる現代の宗教とは違って、一般大衆から自然に生まれた風習(宗教)で、私の様に宗教に対して疑問を持つ人間にも素直な気持ちで受け入れることが出来ます。


私の住む所では町内の人が事前に「お荒神さんのお札の必要な方はその枚数を記入してください」と回覧板が廻ってきます。
必要な人は必要とし、そうでない人はスルーすれば良いんです。

ところが、そうじゃない地区もあります。
家庭菜園でお世話になってるお婆さんの所では、その係りの人が尋ねてきて
「お荒神さんのお札です。3000円です。」
お婆さんは
「アッ、ハイハイ」と言ってお金を支払います。 

私は口を出しませんでしたが、、、、あまり良い感じじゃなかった。
付き合いの深い田舎生活だと、何事に対しても断る行為はやりずらい。 田舎生活ではその感覚は良い点が多いのですが、その良い感覚を宗教に利用している人が存在するのが問題なんです。

宗教心は良いんだけど、、、宗教を取り扱う人に問題が多いんです。

神と仏が混在する状態でも変なのに、それを扱う人たちに変なのが多すぎる。
家に仏壇と神棚のある家を見たこと有りますかね???

田舎の葬式や法事に行くと見かける確率はかなり高い。 法事の時を神棚に白い半紙で隠してあったりして、その作法が正しいが如く言います。
誰がそんな事を言ったのか聞きたいですよねぇ~ 神がそう言ったんなら良いんですけどネ

あ~ 宗教を扱う人に文句を言ってる暇が有れば、まだ取り掛かっていない年賀状でもやらなくちゃ。 この年賀状は宗教じゃなくて風習(習慣)ですよね。 
先日に行った墓参りもそれで宗教とは思っていません。他にも民衆から生まれた風習は色々と有りますが、それはそれなりに意味があると思うんです。
その時代の人たちにとり意味が無ければ時間と共に消えていきます。それが自然です。

守って継続する事も大切だが、捨てていく事も大事な事です。
捨てると・・・そこに新しい物が入ってきますから
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 餅つきです | トップ | 地震雷火事オヤジ »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。