平成エンタメ研究所

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おんな城主直虎 第31回~修羅の道を行く政次 「案ずるな、地獄へは俺が行く」

2017年08月07日 | 大河ドラマ・時代劇
「案ずるな、地獄へは俺が行く」
 政次(高橋一生)は修羅の道を歩み始めた。
 まずは虎松(寺田心)の身代わりになる子供を殺して首を切ること。
 血だらけの刃と手がその悲惨を物語る。

 政次が修羅の道を行く覚悟を決めたのは、直親(三浦春馬)を自分の裏切りで殺してしまった時からであろう。
 それは〝井伊家やおとわを守るために命をかける〟といったきれい事ではなく、〝裏切った自分は罰せられなくてはならない〟〝無惨に死ななくてはならない〟という贖罪の思いから。
 その思いが井伊家の危機に際してよみがえった。

 まあ、政次の救いは、直虎(柴咲コウ)を始めとする井伊家の人たちが彼の行動の真意を理解していることだろう。
「あいつは冷酷でひどいやつだった」と憎まれて死んでいくことほど哀しいことはない。
 修羅の道の傍らにも一輪の花がある。
 光はきっとある。
 ………………

 作劇で上手かったのは、中野直之(矢本悠馬)のせりふだ。

「それも含め、騙されているということはござりませぬか。
 殿を籠絡し、われわれにもまことのところ味方だと思わせる。
 今のこの有様こそ騙されているというものではありませぬか」

 このせりふで物語が不安定になって深みが増した。
 あの直虎でさえ、もしかしたら井伊はこのまま乗っ取られるのではないかと不安を抱いた。
 虎松の首を求められ、
「お安い御用にございます」
 と語る政次の顔には虚実皮膜の迫力があった。
 ………………

 逃げるということは必ずしも悪いことではない。
 逃げるのを嫌がる虎松に直虎は言う。
「そなたは逃げ、わたしは井伊を取り返す」
 逃げてこそ開ける道もあるのだ。
 いくさをせずに生き抜いていくことを決めた井伊家なら〝逃げること〟は当然の選択肢。
 武力と武力のぶつかり合えば、必ず憎しみが生まれ、相手が滅びるまで戦争が続いてしまう。

 井伊家の戦国サバイバル術は、やわらかく、しなやかだ。
 徳政令を受け入れて、いったん井伊を滅ぼし、ふたたび取り戻すという策もそのしなやかさのあらわれ。
 もちろん現実はそんなにナマやさしくなく、今回も子供の首を差し出すという悲劇を生んでしまったが、やわらかく、しなやかな対応というのは本作の特徴であろう。
 直虎が女性で僧であるということも関係しているのかもしれない。

 オープニングにもあるとおり、直虎が現実に立ち向かう手段は〝矢〟ではなく〝花〟なのだ。

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2 コメント

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森下脚本の真骨頂 (TEPO)
2017-08-07 21:53:52
>作劇で上手かったのは、中野直之のせりふだ。
>このせりふで物語が不安定になって深みが増した。

おっしゃるとおりですね。ここは微妙なバランスが必要なところで

>政次の救いは、直虎を始めとする井伊家の人たちが彼の行動の真意を理解していること

このことは井伊家の人たちのみならず視聴者にとっても了解事項なので、今は政次を「信じる」他はない状況の危うさをしっかりと意識化してくれる存在がむしろ必要であり、それが「之の字」だったわけです。
直虎自身語っていたように、直虎は政次と直接相談していたわけではなく、二人の「共通理解」は「テレパシー碁」で視聴者に示されていただけだったのですから。

政次の側も薄氷を踏む思いだったはずです。
政次はすでに自分が今川の井伊家取り潰し計画から外されている―つまり寿桂尼・氏真に信用されていないことを知っています。
それゆえ、今川の信頼を得るためにどうしても「手柄」を立てる必要がありました。
スネイプもヴォルデモートの信頼を獲得するためにハリーの脱出計画についての情報をもたらしましたが、政次はもっと追い詰められていたと思います。
>「お安い御用にございます」
には「チャンス到来」という思いもあったことでしょう。

最大の緊張シーンはやはり首実検の場。
直虎の反応次第では一切の苦労が水泡に帰してしまう危険もあったはずです。
「虎松ぎみは疱瘡を患っていたが故の厚化粧」
この一言は上手い!
関口氏経たちに対しては「弁明」であり、直虎はじめ井伊家(龍潭寺)側の人たちに対してはこの首がニセ首であることを告げています。
そして、身代わりとなった子どものため、また政次の思いのために、直虎は偽りの無い涙を流すことになり、それは同時に関口たちに対しては子を悼む親の涙に見せかけることにもなる。
政次はそこまでの策を仕組んでいたわけであり、またそこまでの策士としての政次を森下さんは仕組んでいたわけです。

井伊家の人々の大半は隠里に避難していることを承知で敢えて龍潭寺に踏み込んだことも政次の策―井伊家への警告―だったと思います。
そしてそもそも、その「隠里」自体が、かつて検地の際に「直親と政次が」―と直虎は虎松に言うが実際は政次一人が―守った場所だったのであり、今回は検地の回の伏線回収にもなっていました。

さらに見落としてはならないのは龍雲丸を政次の理解者の列に加えていることです。
咲と野風ほど濃厚ではないにしても、この二人に共感の絆を与えておくことは大切。
前回の協力場面で龍雲丸は政次の真意を理解し、直虎の前に現れます。
おそらく政次は、本当に疱瘡に罹って家族の厄介者でしかなくなった貧しい百姓の子どもを買ったのでしょう。
龍雲丸は、その事実を告げることで視聴者の現代的な倫理観に対して精一杯政次を弁護すると同時に、そこまでして直虎(井伊家)を守りたかった、という政次の思いを直虎に伝えているわけです。

今回は森下脚本の上手さが炸裂する回だったと思います。
しかし、間近に迫っているであろう「政次の死」後の数ヶ月は大丈夫なのでしょうか。
不安定さ (コウジ)
2017-08-08 11:45:53
TEPOさん

いつもありがとうございます。

ドラマって、不安定な状況が面白いんですよね。
ミステリードラマで言えば、犯人がわからない状況。
恋愛ドラマで言えば、恋が成就していなかったり、恋のライバルが現われたりする状況。

今回は、その〝不安定さ〟を見事につくっていたと思います。
おっしゃるとおり、首実検の時は最高に不安定な状況でしたね。
直虎が「これは虎松ではない」と言い出すかもしれないし、安心した顔をするかもしれない。
直虎のリアクション次第では、政次の策は壊れてしまう。
それを見事に解決したのが、ご指摘の「虎松ぎみは疱瘡を患っていたが故の厚化粧」というせりふ。

こういう〝心の戦い〟というのは見応えがありますね。
派手ないくさのシーンだけが面白さではない。

それと、龍雲丸は、いい立ち位置のキャラになりましたね。
子供のくだりの説明は、直之や六左衛門では説得力がない。
南渓和尚の可能性はありますが、やはりしっくり来るのは龍雲丸。
政次の死後は、龍雲丸が直虎を支えるのでしょうか。

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