平成エンタメ研究所

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おんな城主直虎 第44回~現実と戦う万千代と、戦うことから降りたおとわ

2017年11月06日 | 大河ドラマ・時代劇
 万千代(菅田将暉)とおとわ(柴咲コウ)の対立が面白い。
・万千代は〝現実と戦っている者〟、おとわは〝戦いから降りた者〟
・万千代は〝武家〟であり、おとわは〝武家を捨てた者〟
 価値観が合わないのは当然だ。
 まして万千代は若い。
 血気盛んで、人生の戦いから降りることなど、まったく考えていない。

 ふたりとも生き方としては正しいんですよね。

 万千代にとって、生きることとは奪うこと。
 奪うことから降りてしまえば、より良く生きることも出来ないし、他の野心のある者に奪われてしまう。
 完全に武家の発想だ。

 一方、おとわは奪うのではなく、調和を目指す。
 近藤康用(橋本じゅん)を憎まず、争わず、上手く利用する。
 すべては民が安穏に暮らしていくため。
 この考え方のベースには、政次(高橋一生)や龍雲丸(柳楽優弥)の考え方がある。
 僧であることも関係しているだろう。

 生き方としては万千代の方がきついかな。
 でも、エキサイティングで面白い。
 今回も武田の間者から家康(阿部サダヲ)を守り、もろ肌脱い刀傷を見せ、見得を切って、
「井伊万千代、こたびかような寝所の手柄にて末席を汚すことになりました!
 以後、お見知りおきを!」

 一方、おとわの方は地味。
 でも、心は安定して、日々の生活を愉しむことができる。

 僕はある程度、年齢を重ね、人生を半分降りた身だから、おとわの心境はわかるな~。
 でも、若い頃は一応ビジネスの世界で生きていたから、万千代の思いもわかる。
 …………………

 母・祐椿尼(財前直見)との会話では、おとわは自分の人生を振り返り、肯定する。
 そして、〝この身の上でなければ知らずに終わったこと〟として、次のようなことを挙げる。
「百姓はただ米を持ってくる者」でないこと。
「ならず者は単に世を乱す悪党」ではないこと。
「商人は銭ばかりを追い求める卑しき者」ではないこと。
「乗っ取りを企む家老は敵」ではないこと。

〝井伊の殿〟であったことで、おとわは人間や物事を深く知ることが出来たのだ。
 これは実に豊かな人生。

 こんなことも言っていた。
「おのれで頭をぶつけたからこそ得られる喜びも多くございました」
 何だ、おとわも若い頃は、万千代のように現実と戦い、頭をぶつけてきたんじゃないか。

 この作品、万千代とおとわが和解し、万千代がおとわの考え方を理解することで終わるのだろう。

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2 コメント

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「降りた」生き方 (TEPO)
2017-11-07 13:11:51
大方の視聴者にとっては万千代の方が共感できるでしょうね。
無論、私も本作が描く現在のおとわの生き方の意味が分からないわけではありません。

しかし、特に今回万千代はおとわが「降りて」しまったことをなじっていましたが、正直言って私もこの万千代の言葉にはある程度共感します。
森下さんは主人公から「格好良さ」を減じる主義なのですね。
まだ結構「尺」が残っているにもかかわらず、直虎を闘いから-と同時に実質的主人公の座から-降ろしてしまったのには驚きました。
森下さんが龍雲丸というキャラに執着しすぎた結果?などとも考えてしまいました。
いわゆる「史実」では、井伊谷は別に近藤領になったわけではなく、武田撃退後は井伊家に戻されたことになっているようです。
直虎が当主なら当然領主に戻っているはずです。

おとわの生き方は大半の視聴者には理解されにくいので、毎回「説明役」が必要とされているようです。
前々回は万福、前回は家康、そして今回はおとわ自身。

>「百姓はただ米を持ってくる者」でないこと。
>「ならず者は単に世を乱す悪党」ではないこと。
>「商人は銭ばかりを追い求める卑しき者」ではないこと。
>「乗っ取りを企む家老は敵」ではないこと。

それぞれ、甚兵衛(および瀬戸村、祝田村の農民)、龍雲丸(および龍雲党)、方久、政次のことが具体的に思い浮かびますが、早くも本作全体の総括のような感じですね。

さて、来週は瀬名と信康との悲劇。
本作ではどのような角度からどのように意味づけてゆくのでしょうか。
オリジナルキャラの難しさ (コウジ)
2017-11-07 18:32:22
TEPOさん

いつもありがとうございます。

やはり主人公は人生と格闘してこそ、主人公ですしね。
人生を降りてしまった人間は主人公になりにくい。

ドラマとしては、おとわを〝戦わない武家〟〝内政をおこなう武家〟という面白い立ち位置に置きましたよね。
そして、これが『直虎』の特異性、特徴でもある。

龍雲丸は難しい立ち位置のキャラですよね。
以前、おっしゃっていたように、龍雲丸がいなくても、甚兵衛などにに代弁させれば物語は成り立つ。
逆に龍雲丸がいなかった方が、歴史物の大河ドラマとして、すっきりしたかもしれない。
瀬戸方久も存在感がイマイチになってしまいましたし、オリジナルキャラクターの難しさが表れていますよね。

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