乱愚雑記帳

わが鼓動とともに

洗脳の中で

2017年06月13日 | 日記・エッセイ・コラム

われわれの日常生活において、他者との会話、テレビなどのメディアによる言葉や映像、音響、SNSや都市に溢れる映像や言語記号による情報シャワーによって無意識のうちに洗脳されている時代であることを痛感するのです。記号的暴力と言っても過言ではない。五感を遮断しなければ海綿のように情報が身体のなかへ染み込んできます。自由で民主的社会であっても、あらゆる媒体で嫌が上にも「見知らぬものが」に感覚器官から脳が侵されているようです。平和な日常にどっぷりと浸かり、情報のシャワーに不感症の状況にあるとも言えます。また言葉の暴力による苛めから繰り返し自殺へ追いやられている現実があります。言葉は使い方一つで社会を揺りうごかす強力な洗脳機械とも言える。私が発した言葉がどれだけ知らぬうちに他者を傷つけているかもしれないのです。現代人はあらゆる情報が前頭葉を刺激され、フラストレーションの中で自らがまた情報を発している。人がある事にある物にこだわるのは見えない強い洗脳によるものではないでしょうか。そして今宵見る夢はこれら情報の反復でもあります。人間関係の中で、教育という学習の場で、企業の場で、宗教の世界で洗脳によって組み立てられたわれわれの頭脳。真に必要な情報を見いだすことが大切ではないでしょうか。一旦洗脳されたものを削除することは甚だ困難ことであります。情報化社会情報化社会において、言葉がもたらす洗脳という無意識のうちに本能的に脳にもたらす影響について考える時ではないでしょうか。膨大な情報のシャワーの中で生き抜く方法論を身につけましょう。

Illustration by HIRAO ENDO

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