乱愚雑記帳

わが鼓動とともに

漱石とデカルト・我輩は人である

2016年12月20日 | 日記・エッセイ・コラム

私は人であると言う。

何故この世界へ生まれ出たかとんとわからない。

人であることに何の疑問も持たずここまで生きてまいりました。

 

近代思想、その後の現代思想も、

電子社会による情報化時代のなかで、

すべての思想が腐食し始め、

主体はより不確実性に覆われています。

漱石の『吾輩は猫である』を読むと

時代を先見した素晴らしさを感じるのです。

 

依然として「我思う故に、我はあり」に引き戻されてしまいます。

現代思想とされる

記号論、芸術学、生の哲学、解釈学、現象学、プラグマティズム、ベルクソニズム

論理事象主義、実存主義、構造主義、大衆幻想論、ポストモダンなど、

これらの思想を解読しても、

我輩は人であることがより不明になってしまいます。

自分の存在の影を、

この腐った脳みそに少しばかりの振動を与えたけれども、

散逸し迷走する現代思想にフラストレーションに陥ってしまうのです。

こうなると色即是空、空即是色である。 

吾輩は猫であるとデカルトとの近似的なものを感じます。

夏目漱石の俊逸な文学的隠喩を実感するのです。

 

 

Who am I? You are a human! why?

 

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