乱愚雑記帳

わが鼓動とともに

愛するもの愛されるもの

2017年01月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 

 このブログでは二度目の愛犬の追憶です。先日積み重なった書類を整理していると愛犬(フローラ)の写真がたくさん出てきました。わがセンチメンタルな思い出がまたよみがえるのです。ふんわりとした胸毛の感触が伝わってくるようです。十二歳で亡くなったこのシェルティ犬♀は内気な性格で、遠くへ散歩に行っ時も水一滴も口にしません。自宅の麻布から表参道へ遠出した際も一切食べ物も水も口にしません。実に警戒深く臆病な犬でした。今思いますと、この愛犬フローラと散歩に出かけた頃が一番楽しい人生の時間であったような気がいたします。やはり命あるものの喪失感はなかなか消えないどころか時が経つにつれ、命の愛おしさが強まるばかりのようです。愛犬とはいえ極めて個人的なことでよほどのことない限り他人事の話であり、一個人の物語であります。しかしながら猫や犬の愛くるしさは膨大な写真や動画がサイトで話題を呼んでいます。従順な動物たちをを擬人化することで人間の孤独を癒しているのでしょうか。人生は短い。自分とって何が大切なのか、何が自分を生かしているかを考えることも大切だと思います。愛し愛されるものがあれば人生は青空のように輝きます。人間は何かと厄介です。猫や犬にはそれなりの大変さがありますが、実に人間の良き友であり家族である。或る朝のこと私の胸の中で静かに永遠の眠りに入りました。亡くなる前夜弱ったフローラを後部座席に乗せ銀座に繰り出しました。彼女は体を乗り出しネオン輝く風景に目を爛々と輝かせておりました。感謝、感謝でいっぱいでした。妻と二人で遺影を持って三浦海岸へ涙を流しにドライブに行ったものです。他人から見れば愛犬とはいえ単なる自画自賛、唯我独尊の世界観です。フローラは幸せであったのであろうか。真なる犬の気持ちはわかる筈はない。すべては察するしかないし、信じるしかないのである。


すべてが美しい時期の愛犬フローラ

Photogrphy: HIRAO ENO

https://enanderensein.blogspot.jp/

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