南の島の土着民風自由人

インドネシアで仕事をしながら悪戦苦闘とエンジョイを紹介しています。

(^_-)-☆大ショック

2016-12-28 22:37:49 | 

 2900 アラックバリを届けに、行ったついでに、太田化工の先、焼津方面に向かう、旧150号線、大崩海岸の様子を見に行って見た。そこまではいかなかったが、名前通り、崖崩れがあって、通り抜けできなかった。おかげで、他の車が走っていない、自由に道端駐車が出来た。もう、止めてしまったが、私が社長をしていたころ、パートタイマーで仕事を手伝ってくれていた女性にばったり会って、びっくり、あの頃はよかったね、と、しばらく、話をすることができた。

 

 同じ場所で崖崩れを繰り返すので、海に迂回橋を作った30年ほど前に。

 

 そして、その橋から、富士山 静岡市街地 日本平、その向こうに箱根が見える。

 

沼津の子会社”セピック“太田化工が沼津で始まった時に、一緒にやってくれた人に、そこを任せ、私は静岡に来てしまって、その後、太田化工から切り離し、独立させた会社だ。高齢になったが、後継者がいない、そこで、太田化工に事業譲渡をという話は聞いていたが、話がまとまったらしい。”セピック”は、クローズし、従業員、装置込みで、客先も引き受ける。既に、それらの製品は太田化工でトライし、客先からの承認も得たという。来年の4月には、完全に、引継移動が終了する。売買契約は交わされた。

 

赤尾洋二先生の訃報が入った。88才。大学四年の時の恩師である。卒業してから、半年後に、先日、富山へ行った時、以前、行ったことがあると書いたが、赤尾先生とご一緒だった。先生の推薦とお膳立てで、日本品質管理学会で卒論の発表をしたのでした。亡くなったのは10月24日だったとのこと、私は一寸前に先生のことを書いたなと、振り返ってみたら、10月18日(19日に投稿)に何年かぶりに、恩人というタイトルで赤尾先生との関わりを書いた。その時、来年、同級会があるのでその時にお会いしたいと思いながら書いた。会えなかったのはショックで無念。そして、10月24日(25日に投稿)には、高校時代ダブルスを組んでいた亡くなった友人のことを書いていた。どちらも、その日に書く気になったのは、何故だろうか。たまたま、思い出して書いただけなのに、何故、たまたまだったのでしょうか。

 

我が家の庭、強い雨。

訃報 恩人 無念

ジャンル:
きいて!きいて!
Comment   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« (^_-)-☆やっぱり | TOP | (^_-)-☆落とし物? »
最近の画像もっと見る

post a comment

Recent Entries |

Trackback

Trackback  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。