25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

遺体ホテル

2017年01月25日 | 社会・経済・政治

 遺体は24時間経てば、火葬してもよいらしい。仏教葬式のしきたりでか、さっさと通夜、葬式を済ませて火葬場で火葬する。日がよい、悪いによって、火葬までの日数はちがうが、短いものではある。

 もちろん、さっさと済ませてしまいたいということもある。ところが、愛する我が子など、突然に死んでしまうこともある。この場合は喪失感で心の整理もできないだろう。

 遺体ホテルの登場である。火葬するまで、納得し、心の整理をするまで遺体を預かってくれ、遺体のそばにいることができる。一日で9000円ほどということだ。

 自宅に遺体を一時的に安置する場所がない家族も利用するらしい。

 普通、人が死んだあと、葬儀屋さんに頼み、寺と相談をし、通夜、葬儀、火葬、挨拶という順で済ませ、お墓に性根抜きをして、新たな名前を刻むことになる。この場合も寺が介入する。寺の許可など要らないと思うが、墓石屋さんはだいたい拒否し、寺に言って、性根抜きをしてもらわないとできない、と言う。三回忌、七回忌と死んだ人を思い起こす行事もある。

 ところが、直葬という方法もある。遺体ホテルに預かってもらって、通夜、葬式はなし、納得したら、火葬をする。散骨方法も自由である。となると、葬式仏教の残る問題は墓である。墓に名を刻むまえの儀式が残るが、そんなことは自由のような気がする。位牌も自分で頼めばよいのではないかと思う。

 遺体ホテルの登場で、葬儀のあり方が変わることだろう。自分も死は体験できない。死とは他人のもである。近親者や友人のものである。死は他人のものであるかぎり、納得したときに、火葬すればよい。このように時代の慣習も変わっていく。

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