25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

和菓子屋、和楽器店

2017年04月04日 | 文学 思想

 パン屋が和菓子屋、公園が和田楽器店、保健体育に銃剣道。だれが遜度するのか、バカバカしいにもほどがある。いずれ、政府を批判するようなぶろぐでも書けば、公安からチェックインをうけるようになるかもしれない。共謀罪が名を飼えて審議中である。

 満州の軍閥張作霖を爆殺した関東郡。それを指揮した河本大作陸軍大佐。その暴走に対し、責任を先伸ばしにして逃げる田中義一首相。怒る天皇。陸軍に怒り、天皇に政治へのくちだしをせぬよう宥める西園寺公望、日本の破綻の始まりであった。

 自衛隊PKOの日食がないとうそぶき、あったと出してくる厚顔さ。森友学園問題え記録がないと言い張る財務省に大阪府。

 ちょっとした暴走だと思っていたこと、隠蔽しておけばそれで事が済むと思っている官僚や政治家がいれば、そ人たちは昭和の失敗の歴史を学んでいないように思える。

 話は飛躍するが、伝統とは何か。代表例で言えば、天皇制はたかだか2000年ほどの伝統である。ところがそれ以上2万年もの文化と歴史をもつ日本列島があきらかになりつつある。ならば2000年の天皇制は無化されるにひとしい。日本列島も時間をどんどん遡れば、朝鮮にも、中国にも、モンゴル、南インドや、東南アジア、ロシアという風に同化してしまう。公園を和楽器店に修正することにどれほどの意味があるのだろう。

 我々の細胞の遺伝子は2000年分を記憶しているのではない。何万年も、40億年も記憶され、再現されているのである。

 パン屋と和菓子屋に修整を迫る人はどういう論理を持ち出すのだろう。ならば、日本語の漢字をやめてローマ字化したほうがよいといえば大賛成するというのだろうか。

 ぼくはそんなことよりも日本の借金の方が心配である。破綻するおそれがある。

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