Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

下野竜也/N響

2017年01月30日 | 音楽
 下野竜也指揮N響の定期。プログラム前半は20世紀の歴史に深くかかわったチェコの作曲家2人の作品、後半はブラームスのヴァイオリン協奏曲。

 1曲目はマルティヌー(1890‐1959)の「リディツェへの追悼」(1943)。いまさらいうまでもないが、マルティヌーは祖国チェコへのナチスの侵攻を受けて、パリに逃れ、さらにアメリカに亡命した。本作はチェコの小村リディツェがナチスに徹底的に破壊された事件を受けて作曲されたもの。

 暗鬱な曲想が連綿と続く。慟哭とか、怒りとか、そういった激しい感情が露わになるのではなく、暗澹たる気持ちを抱え込んだ曲。マルティヌーは本来、色彩豊かな作曲家なのに、本作では色彩を消した灰色の音が広がる。下野/N響の演奏ではそのような音が塊のようになって鳴った。

 2曲目はカレル・フサ(1921‐2016)の「プラハ1968年のための音楽」(1968年に吹奏楽用に作曲され、翌年、管弦楽版が作られた)。

 1968年はチェコの民主化運動‘プラハの春’にたいするワルシャワ条約機構軍(実質はソ連軍)の介入・弾圧があった年だ。当時アメリカにいたフサは(コーネル大学の教授だった)、怒りと悲しみをこめて本作を作曲した。あえて曲名に‘1968年’の年号を入れた点に、この年号を忘れまいとするフサの意志が感じられる。

 全4楽章からなるが、ソ連軍の介入・弾圧に遭って混乱するプラハ市民を描写したと思われる第4楽章で、下野/N響はスリリングかつ迫力ある演奏を展開した。わたしは息を呑んでその演奏に聴き入った。

 緊張の極みにあったわたしは、プログラム後半のブラームスのヴァイオリン協奏曲が始まると、一気に緊張が解け、やさしく慰撫されるように感じた。音楽のなんという穏やかさだろう。心のあらゆる襞に染み入ってくる。フサのあの緊張も音楽、ブラームスのこの穏やかさも音楽。音楽とはなんと多面的なんだろうと思った。

 ヴァイオリン独奏は‘ハンガリー出身の俊英’(プロフィールより)クリストフ・パラーティ。最近の人気ヴァイオリニストのような張りがある音で朗々と鳴らすタイプではなく、繊細な音でオーケストラと一体になって演奏するタイプ。じつに音楽的だ。

 アンコールにイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番から第4楽章が演奏された。多彩な音色を操った名演。
(2017.1.29.NHKホール)
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