Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

フリック

2016年10月19日 | 演劇
 新国立劇場が上演している欧米の同時代演劇シリーズ第4弾のアニー・ベイカー作「フリック」を観た。2014年のピュリッツァー賞受賞作品だけあって、面白かった。

 20歳のエイヴリーは大学を休学中。地元の映画館にアルバイトの職を見つける。そこで出会う同僚は35歳のサムと24歳のローズ。仕事は切符のもぎりから、ポップコーンの販売、掃除まで、とにかくなんでもやる。

 エイヴリーとサムは、うだつのあがらない男たちだが、マニアックな映画好きだ。ローズは弾けた女。映画への興味はあまりない。これらの3人が毎日、終演後の映画館で床掃除をしながら交わす会話が本作だ。

 最後にちょっとした事件が起きる。傍から見ればたいした事件ではないが、当人たちには大事件だ。その事件を通してエイヴリーは少し成長する。だが、なにかを失う。大人になるということは、なにかを失うことでもあるという芝居かと思ったが‥。

 帰りの電車の中でプログラムを読んで、アッと驚いた。サムとローズは白人だが、エイヴリーは黒人だった(観劇中は気付かなかった!)。エイヴリーの父親は大学教授なので、裕福なエリート階層に属し、一方、サムは貧しい白人。最後にエイヴリーは復学する。幕切れでエイヴリーはサムに言う、「10年後、君はまだ映画館で床に散らかったポップコーンを掃除しているだろうな。僕は、そうだなあ、パリにでもいるかな」と。

 文字にすると嫌らしい感じもするが、芝居を観ていると、むしろあっさりした感じがする。お互いに現実を認め合っているような雰囲気だった。わたしなどは、報道で、白人警官が黒人を射殺した事件に接するたびに胸を痛めるが、その一方では、今のアメリカ社会にはこんな現実も生まれているのかもしれない。

 エイヴリーの木村了、サムの菅原永二、ともに好演だった。それぞれの役どころを繊細に演じ、しかも、年は離れているが(境遇も違うが)、うだつのあがらない者同士の心の交流をしんみり伝えた。一方、ローザのソニンは怪演だった。その迫力、猥雑さ、官能性が舞台のテンションを高めた。わたしは、ポスト大竹しのぶと思った。なお、ちょい役だが、エイヴリーの後釜として雇われた男を演じた村岡哲至が、上記の3人とはまったく違う空気感を醸し出して可笑しかった。

 題名の「フリック」という言葉は、映画や映画館を指す俗語だそうだ。
(2016.10.18.新国立劇場小劇場)
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