Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ロジェストヴェンスキー/読響

2017年05月20日 | 音楽
 スクロヴァチェフスキが振るはずだった定期だが、スクロヴァチェフスキが亡くなったので、その代演にロジェストヴェンスキーが立った。曲目は予定のブルックナーの交響曲第5番を引き継いだが、まさかのシャルク版。

 わたしも昔はクナッパーツブッシュのLPレコードでシャルク版を聴いていた。むしろシャルク版かどうかなど気にしないで(知りもしないで)この曲を聴いていた、といったほうがいい。でも、やがて‘稿’や‘版’の問題を知るにつれ、シャルク版は過去の遺物だと思うようになった。それがまさかの復活だ。

 金子建志氏のプログラムノートによると、クナッパーツブッシュのLPレコードには「スケルツォ楽章後半にシャルク版にない大幅なカットがある」そうだ。たぶんロジェストヴェンスキーは、そこはシャルク版どおりにやったのだろうが。

 シャルク版を細かく描写しても仕方がないが、ともかく聴き慣れない音や進行が出てくるので、それをどう考えたらいいのだろうと思った。オーケストレーションを変えたというに止まらないので、たとえばリムスキー=コルサコフのムソルグスキーへの‘改訂’に近いのか。

 ロジェストヴェンスキーの演奏は、テンポが遅く、時には止まりそうになるので、所要時間は(プログラムに記載の‘約63分’を大幅に超えて)80分くらいかかった。これだけ極端なテンポ設定になると、それはテンポに止まらず、演奏全体の性格に影響する。フレーズを冷徹に見つめた個性的な演奏になった。

 ブルックナーが出発点にあったはずだが、シャルクの改訂(または改ざん)という形で批評が加わり、さらにロジェストヴェンスキーの批評が加わって、もはやどこまでがシャルクで、どこまでがロジェストヴェンスキーか分からないものができ上がった。

 いうまでもなく、それはロジェストヴェンスキーの計算通りのことにちがいない。ロジェストヴェンスキーにしかできない仕掛けだ。

 シャルクのことが気になったので、今朝、NMLを覗いたら、ベートーヴェンの序曲「レオノーレ」第3番と交響曲第8番(演奏はウィーン・フィル)、シューベルトの交響曲第8番「未完成」(ベルリン・シュターツカペレ)が入っていたので聴いてみた。1928年の録音だが、少しも古びていない演奏に驚いた。アーティキュレーションが明確で、テンポが快適だ。たいへんな名演だと思った。
(2017.5.19.東京芸術劇場)
『音楽』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ブラビンズ/都響 | トップ | マリアの首 ―幻に長崎を想う曲― »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

音楽」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。