Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

大野和士/都響

2016年11月20日 | 音楽
 大野和士が振る都響の11月定期は、A、Bの両シリーズで一つのまとまった世界観を提示するようなプログラムが組まれている(CシリーズはAと同じ)。わたしはBシリーズの会員だが、Aの一回券も買った。まずはBシリーズから。

 1曲目はフォーレの組曲「ペレアスとメリザンド」。第1曲の「前奏曲」がドラマティックなインパクトを伴って演奏され、第2曲「糸を紡ぐ女」と第3曲「シシリエンヌ」はさらっと刷毛でなでるように演奏された。第4曲「メリザンドの死」は、過度に重くならずに、抑制された表現で演奏された。

 2曲目はデュティユー(1916‐2013)のヴァイオリン協奏曲「夢の樹」(1983‐85)。今年生誕100年に当たるデュティユーの曲は、いくつかの重要な演奏があったが、これはその最後を飾るもの。ヴァイオリン独奏は庄司沙矢香。

 ヴァイオリン独奏もオーケストラもきわめて濃密な演奏を繰り広げた。曲の細部を抉るような、あるいはすべてのディテールを解き明かすような、高密度の演奏。わたしなどは、正直言って、途中で少し息を抜きたくなった。第4楽章に入る前のチューニングを模した箇所も、それと意識せぬうちに通過した。

 庄司沙矢香と大野和士と都響との3者の力が拮抗し、せめぎ合い、各々一歩も引かない演奏。今上り坂にある3者がフル回転して集中した演奏。その全体を受け止めるためには聴衆の側も全力を傾けなければならない演奏だった。

 3曲目はシェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」。驚いたことには、演奏時間約42分という長大な、しかも各声部が複雑に錯綜したこの曲を、大野和士は暗譜で指揮した。得意な曲なのだろうか。

 演奏は、デュティユーのヴァイオリン協奏曲にも増して密度の濃い、集中し、熱中し、しかも溺れず、冷静なコントロールを失わない演奏だった。甘い音色や官能性はいま一つだったかもしれないが、大野和士と都響とが一体となって、シェーンベルクが音に込めた情熱に取り組み、それを描き切った演奏だ。

 客席はよく埋まっていた。フォーレはともかく、デュティユーとシェーンベルクでこれだけ埋まるのは、考えてみると、凄いことだ。大野和士と都響とがやろうとしていることが理解され、かつ支持されていることの表れだろう。その好調さが続いているうちに、一種の遊びが加わるとよいと思うのだが。
(2016.11.19.サントリーホール)
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