Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

残像

2017年07月16日 | 映画
 ポーランド映画界の巨匠、アンジェイ・ワイダ監督が2016年10月に亡くなった。享年90歳。わたしもいくつかの作品を観たが、一番記憶に残っているのは「コルチャック先生」だ。ワイダ監督の代表作というと、「地下水道」や「灰とダイヤモンド」などが挙げられることが多いと思うが、わたしは「コルチャック先生」のラストシーンが忘れられない。

 あのラストシーンはこうだった――。ナチス・ドイツ占領下のワルシャワで、子供たちがユダヤ人ゲットーから強制収容所に連行される。コルチャック先生は自分だけ助かることを拒み、子供たちと共に歩む。貨物列車に押し込まれる子供たちとコルチャック先生。史実では全員強制収容所に着いた直後に殺害されたが、映画では貨物列車は草原の真ん中で止まる。扉が開いて、まるで遠足に来たように、子供たちは歓声を上げて草原に飛び出す。夏空が広がる。そのシーンを想い出すと、今でも胸が熱くなる。

 ワイダ監督を悼んで、亡くなる年に制作された遺作「残像」を観た。ポーランドの戦中・戦後史を描き続けたワイダ監督にふさわしく、実在の画家ストゥシェミンスキ(1893‐1952)が晩年、スターリン主義のポーランドにあって迫害を受け、貧窮のうちに亡くなるまでを描いている。

 ‘社会主義リアリズム’を強要する当局によって、前衛的な作風のストゥシェミンスキは容赦なく追い詰められる。わたしはその経過に日本の戦前・戦中の‘国体’思想の強要を連想した。

 社会がなにか一色に染め上げられる恐ろしさ。ある特定の思想が錦の御旗のようになって、だれかれ構わず押し付けられる。その錦の御旗は限りなく肥大化する。そんな時代は戦後ポーランドだけではなく、戦前・戦中の日本にもあった。

 ワイダ監督はこう言う。「私たちはすでに知っている。そのことを忘れてはならない――」と。2016年、夏の言葉。本作に託されたメッセージだ。

 本作では、ピアノやヴァイオリンの軋むような不協和音が入り混じる、シンプルだが、現代的な感性が漂う音楽が、断片的に使われている。わたしは途中から注目した。エンドクレジットを見ていたら、パヌフニク(1914‐1991)の音楽だと分かった。

 パヌフニクは1954年にポーランドから逃れ、イギリスに亡命した。ワイダ監督も映画化した「カティンの森」事件の犠牲者を悼む「カティンの墓碑銘」を作曲している。
(2017.7.10.岩波ホール)

(※)本作のHP
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