第5回  待賢門院  法金剛院

2017-03-29 10:01:40 | 日記

 

青女の滝 法金剛院 

第5回 待賢門院 璋子  法金剛院
「不徳の子を天皇に?」
・ 崇徳天皇の母君?
鳥羽天皇の中宮であるが、しかし、一方で、2代前の天皇、堀川上皇の手中の珠であった。複雑な説明は、崇徳院で書いた。一方の璋子(たまこ)の方の晩年の苦悩はいかばかりであったか。不徳の子を偽り天皇にした。二人の尊いお方の間に揺れ動いた女心。しかし、一方で強かで多情な女性の性(さが)を見るのである。
 璋子は、父藤原公実、母は、堀川、鳥羽両天皇の乳母であったこともあり、幼少から白河院のおそばにいた。7歳で両親を亡くした後は、白河院が親代わりにまさに掌中の珠として愛しんだ。初潮もまだない時から、同じ褥にて寝たという可愛がりようであったという。やがて璋子に女のしるしが表れて後、戯れに体を触りあっているうち男女の仲になったと思われる。60歳を超えた白河院の愛撫は、どこまでも優しく愛おしむごとく体の隅々に至るまで、璋子の反応を見ながら性の開拓をしたと思われる。遂に、白河院なくてはすまない体となった璋子は、「院と私のお子を天上の君に」と、願ったのではないか。すでに上皇となり子の堀川院から、さらにその子の鳥羽天皇の時代。自らの子を天皇にはできない。そこで驚くべき計画を実行するのである。
驚くべき画策?
 璋子が鳥羽天皇に差し渡された時、すでに妊娠していたかどうかは分からないが、鳥羽の中宮になった後もしばしば二人は逢瀬を重ねていた。今でいうお里帰りのような時に会っていたようだ。驚くべきことに、白河院はすでに精力の衰えを感じ、その時の射精で確実に受胎するようにと、月経の周期までも計算していた節があり、誠にその執念がうかがえる。
 しかもその間、鳥羽天皇の子を宿さぬように、璋子にその対応策も授けている。「月のさわり」だとか「体調が悪い」とかで拒絶するようにと挿入は避けさせた。しかし、若い血気あふれる鳥羽天皇、どうしてもとなれば、手や口でお受けするようにその方法も教えている。「お種頂戴」すべき高貴な精子。絶対妊娠しない手や口で受けるとは尋常ではない。しかし絶世の美女と言われた璋子に言われれば鳥羽も仕方なく、優しく手や口で果てる事でも十分満足していたのではないだろうか。また、手練手管の白河院の愛撫に女体を開発された璋子には、荒々しいだけで挿入を早くと望む鳥羽の閨は、当初苦痛でもあったと思われる。
 自分と白河院の間にできた子を天皇に、という望みは、そのようにして適った。しかし、その幸せも、白河院の死であっけなく暗転。鳥羽上皇の情愛の対象は、美福門院へと移り、その子である近衛天皇に譲位させられて、璋子は、自分のしたことの恐ろしさを知る。保元平治の大乱の原因を作った自分の罪深さを知るのである。
 恋多い多情の璋子は、歌人西行との恋も有名である。村上義清という北面の武士であった時代、ひと時の逢瀬があったと思われる。その後出家した西行だが、璋子への恋心は捨てきれず歌にその思いを託している。
 待賢門院璋子のゆかりの寺、法金剛院で何を祈り、誰の霊を弔ったか。
・法金剛院
 法金剛院は、JR花園駅のすぐ前にあるが、山門は極小さく見逃してしまうほどだ。京都には珍しい律宗の寺で、奈良の唐招提寺に属している。山号の五位山とは、仁明天皇
の時代、背後にある山に登られ、その絶景に見とれて、その山に、五位の位を授けられたことに由来する。寺名は、双丘寺、天安寺となり、待賢門院が復興し法金剛院とした。
 門を入ると、受付の小さな中門をくぐると、まず池泉回遊式庭園の中心の池が目に入る。その西側に西御堂と言われる本堂がある。以前は、池の南に南御堂、東に女院の寝殿があったと言うが今はない。西御堂の本尊、丈六の阿弥陀如来は、座像とはいえ見上げるほどの威圧感がある。宇治の平等院と日野の法界寺の阿弥陀如来とよく似ていて、平安時代の仏師、定朝の三阿弥陀と言われる。ならばこれも国宝指定されても良いのだが、ここのは、残念ながら弟子の院覚の作のようだ。待賢門院も日夜拝んだはずの仏像の前でしばし手を合わせて見る。出入り口が自動ドアであるのはやや興ざめだが、いよいよ庭に出てみる。
 池を巡ると、待賢門院堀川の歌碑がある。
なかゝらむ心もしらす黒髪の      乱れてけさは物をこそおもへ
 後朝(きぬぎぬ)を題材にした淫靡な歌のようだが、堀川は待賢門院に仕えた歌人で、万葉集にこのような歌を残している。
また西行も、終生の恋人である待賢門院が亡くなった後、法金剛院に一人残った堀川に、
尋ぬとも風のつてにもきかじかし        花と散りにし君が行方を
と、あの人はどこに行ってしまったのでしょうと送れば、堀川が、
吹く風の行方しらするものならば        花とちるにもおくれざらまし
と、行く先が分かれば私も後を追うでしょうと、返歌した。
当代一流歌人のやり取りである。
 歌碑を、やり過ごすと、このお寺の最大の見もの「青女の滝」がある。日本で最初の人工的な滝という事で、特別名勝に指定されている。特別名勝と名勝の関係は、国宝と重要文化財の関係と同じで、特に重要な庭園や史跡を指定している。日本に36ある中で、京都には14指定されている。金閣寺や銀閣寺の庭園はじめ誰でも知っている定番のスポットの中に法金剛院が入っているのだ。ただし、「青の女滝」は、残念ながら今は水が枯れて流れていず、往年の雅さはない。そこから引き返し池の周りを散策する。別名「蓮の寺」と言われるのは、この池には世界中の種類の蓮の花が初夏の季節に咲き乱れるからである。極楽を象徴する蓮の花は、恋多い待賢門院と罪多い我々とが、往生を願うには相応しいお寺かも知れない。しかし、ここでも興ざめなのは、池の東方の昔は女院の寝殿のあったあたりに豪華なマンションが建っているのが見える。
広大な敷地を維持できず、一般に土地を売却したり賃貸したりするお寺は多い。でも特別名勝と言われるくらいの特別な景色を維持するためには、国の援助もあって良いので
はないだろうか。いずれ金閣寺の向こうに高層マンションを眺める日も来るのだろうか?
・おすすめコース
法金剛院~妙心寺~仁和寺

 JR花園駅は、通りで言うと、丸太町通りと西大路通りの交差点から西北方面だ。ここから北へ今出川通りに至る間は、ほぼ妙心寺とその塔頭で占めている。法金剛院を出て、東に数分で妙心寺の大きな山門に行き当たる。
法堂の鏡天上の雲龍図は、探幽が晩年に描いた傑作でどこから見ても目が合う「八方にらみの龍」で有名だ。これは必見。そして「妙心寺の算盤面(ずら)」と言われるくらい寺の経営に長けていたので、塔頭寺(大きな寺の子分のようなもの)がとても多い。最も古い玉鳳院。国宝「瓢鯰図」を所蔵する退蔵院。庭園が美しい東海庵。沙羅双樹の寺である、東林院。そして、北門を出ると域外だが、竜安寺も妙心寺の塔頭だ。その日の最後に、その隣の仁和寺を見学したらどっぷり日が暮れているはずだ。

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