ゾウさんと暮らす

78歳の 夫ゾウさんと 暮らす 
75歳の 妻が  それなり の 
元気を 綴っています。

1日目③ これは 参勤交代ではない?

2017年07月14日 17時38分17秒 | 家族会議と 銘打って

宿へ向かう前の 予定地は

いわき市 湯長谷城址。 3時ころ着く。

城跡は 磐崎中学校になっている。

長女・次女が 私が 調べておいた 石碑の写真と メモを持って

「入ってもよいでしょうか」と聞きに 行ってくれた。

教頭先生 裏手の 記念碑がある ところへ 降りてきてくださった。

その前に、 ゾウさん 校庭に 入っていた。 もう~~~。

グランドへ 入る。

そこに 看板・ ことわけ が かいてある。

 左手方向 にある 文章を おこす。

湯長谷藩は 立藩以来 明治4年の 廃藩置県まで

199年間 転封がなく 一貫して ? 内藤氏が 統治したが

歴代藩主の半数以上が 養子で 

その治世の 短いことが 特徴として挙げられる。

     常磐地区 まちづくり 懇談会 

 と 書いてあった。

   玄関は 段上 右手。    → → → ⤴

↑  この校庭も 城の址。ずいぶんと広い 城跡 です。

この 城跡に 興味をもった のは 

昨年、映画 「超高速!参勤交代」リターンズ が

テレビで 宣伝されていた、から。

面白そうな 映画だと 思ったが、前編を 知らない。

DVD そして、本も 買った。それから映画館へ行った。

xxxxxxxxxx

貧乏小藩の 湯長谷が 幕府から 突然の参勤交代を命じられ、

その ドタバタな(と 言っては 悪いが)奮闘 ぶりが

面白かった。 本当にこんなこと あったのだろうか。

ーーー 調べたことは 最後に ----

道端の モミジ イチゴ  久しぶりに食べた 

xxxxxxx  湯長谷 藩

内藤忠興(江戸時代前期の 大名。 陸奥磐城平藩の第2代)

が 隠居した際、次男・遠山政亮を 分家して1万石を与えた。

…… 略 ……

廃藩置県により 湯長谷に 湯長谷県庁が置かれ、

翌年には競売され 幕を閉じた。……

1976年 (昭和5111) 

湯長谷藩館址建碑協賛会 によって石碑が 建立された、とあるが

先に だした 写真の 石碑が それだろうか。 

違う ような。

xxxxxx さて、 「突然の参勤交代」なんて ある ? 

参勤交代の制度は、将軍や幕府の恣意で 突然 

出府を命じたり、依怙贔屓で江戸詰めの期間を増減したり、

免除したり は しない 。

石高や 江戸からの距離に応じて 期間や人数も決める。 

つまり 大名達は 一応 公平に 扱うことになっていた。

何らかの嫌疑で、国許への帰国を許されない、こと。

役職に 就いていて 江戸定府の大名がいた、としても

それは「参勤交代」では ない。

xxxxxxxxxx つまり

この話は 史実 ではない、と いうことになる が

近い無理難題を 言われることは あったのだろう。

権力というものを 一度も持ったことが ないものには 

わからないこと、だな

xxxxxxxxx

さて 次は 予定外の「いわき市考古資料館」。

湯長谷城址 へ 向かうときに 施設を みていた。

予定外だから、無理だろう、と 思って、黙っていた。

長女が 忖度してくれて「寄る」ことに なった。

     ソンタク は こんな ときに 使いましょう !!

ありがたい ことだ。 では 次回に。→ 

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