ゾウさんと暮らす

78歳の 夫ゾウさんと 暮らす 
75歳の 妻が  それなり の 
元気を 綴っています。

一関市博物館で 「蓑虫」さんに であった 

2017年06月16日 14時12分47秒 | ・ 歴史 ・ 歩く

パソコンの 調子が悪かったこともあって ブログ休んでしまった。

下書きを 急いで 推敲しなおして …… アップしよう。

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一関市博物館 厳美町で 「蓑虫山人」展を やっている。

正確には 「蓑虫山人の足跡を訪ねて ― 一関・平泉 ―」。 

明治時代の 一関地方の姿を 知ることが できる。

6月25日まで。

「蓑虫」の 名前は 

旅の姿をミノムシになぞらえた、こと と

美濃国(現岐阜県)出身であること、から らしい。

土偶が 好きな 私は    ↑ 

このポスター見てすぐに 右上のものが 気になった。

展示室に入るやいなや、これを 探した。

見つからない どこ? どこ、

と 思っている うちに 下の絵を 見つけてしまった。 

 

「曽慶村熊谷佐十郎宅地にて器物奇石掘出之図」

う~~ん  ↑ 

この 道具、 見たことがない。

古墳時代から ある 釿 (ちょうな)に 似ているが 

これは 先が とがっているから 違 う ?

鉞(まさかり)?  鉄斧 ?  カッチャ ?

この鋭角の 道具の 名前 

「大工道具物語」の 絵図 には ない。

サイトも 探したが 見つからなかった。

まあ なんでも いいや。

蓑虫さま は 考古学が お好きだった ようだ。

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肝心の 土偶は 展示室、まんなか 辺

「保呂羽の出土品を 描く」に あった。

 

縄文晩期前半の 土偶だった。

保呂羽村 は 藤沢。 行ってみたくなった。

さて 変わった風体の この方が 蓑虫山人さま。

13歳から 48年間にわたり 全国各地を放浪した人。

一関を含む 各地の風景や 風俗を描き残した。

岐阜出身の 絵師。

明治10(1877)年に 初めて東北を訪れた。

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一関市東山町の猊鼻(げいび)渓の 舟下り

は 「獅子ケ巌探勝ノ図」に。

猊鼻渓の名称が付く前に 来ている。

『(大分県の)耶馬渓(やばけい)にも 勝る』と語った、と。

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絵の中に描かれた人の そばには 名前が 記載されている。

女性は 特に 嬉しかっただろうな、と 思った。

訪れた場所の人々から「歓迎された」ことが 良くわかる。

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6月11日 午後1時30分からの

「描かれた明治の東磐井・蓑虫山人がみたもの」

盛岡大学の熊谷さまの おはなし。そして 

副館長 相馬さんの 解説会。どっちも 聞いたので

明治時代の 東磐井地区の 人々・地域の様子が

わかった気になっている。

xxxxxxxxxxxxxx あら。

展示 最後の 6月25日 午前10時30分 からも

解説会が あるんだわ。

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