ゾウさんと暮らす

78歳の 夫ゾウさんと 暮らす 
75歳の 妻が  それなり の 
元気を 綴っています。

⑨ 不携帯……人生は こんな もん 

2017年10月11日 09時45分15秒 | 仙台城址 見学紀行

…… 仙台城址 見学紀行 ⑨  不  携 帯 …… 人生はこんなもん  ……

行きは よいよい 帰りは 怖い

と いうが 今日は

行きも 帰りも こわ~~~い になった。

  a to de

そろそろ 帰宅の途。

バスを 降りた場所へ 向かう。

本丸 詰門跡 近くの 鳥居を 出る。

バスを使わずに 地下鉄の駅まで 歩くことにした。

(いつか 周囲をみながら 歩きたいと 思っていた)

 来た時に 撮った写真

さっき 説明を受けてきた 上から見た 石垣、

本丸北壁石垣を 道から 眺める。

沖縄の グスクの ようだ。 

奥の方に隠れている 政宗時代の 最初の

石垣を 想像する。

ゾウさんも 私も カメラが ないのと 同じだ から

高~~~い 石垣を 目にとどめる だけ。

ひたすら 下る。

中門 あと の 石積みの 違いを みる。

   写真撮りたい ナ。 

途中にある 木の長椅子にかけて 疲れをとる。

栄養剤を わたして 自分も 飲む。

再建された 脇 櫓 を 確かめた。

「ライトアップの装置がある」など 言っている。

カメラが使えない ゾウさんの足は ますます 早く

追いつけない。

もうすこし 足に故障がある人に あわせなさい。

大手門跡で 曲がると、 すっかりと 現代の 街並みになった。

右手に 五色沼。 カメラを 向けている女性がいた。

オシドリの つがいを 撮っていた。

道 渡って 国際センター前 

本丸跡 過ぎて 鳥居から ここまで 40分ほど。

xxxxxxxxxxx

裏側の 地下鉄の 建物に 入る。

ゾウさん 早速 紙 集め。

使いもしない チラシを 手にあまるほど 持っている。

もう 来るかな、 あ、また 見つけたようだ。

地下鉄の (切符を買うのでは なく) 

カードの 使い方を 説明しようと しているのだが

ケータイが ないから イライラ と 待つだけ。

あまりこないので 迎えに もどる。

改札のまえで 「切符 買え」と うるさい。

ここは いらないのだ、ということが 理解できない。

  やっと 改札を ぬける。

カードを 私に 返したかと思うと、挨拶もなく

チラシを 大事にかかえて 

さっさと エスカレーターで 下ってしまった。

ゾウさんは 難聴、補聴器があっても

後ろからの 「声」は 届かない。

私は 下りの エスカレーターは 倒れそうで 苦手。

( 何度も 話しているのだが、この人は おぼえようとしない )

エレベーターで 下ろう、と 箱に 入ったとき

電車が 上り 下り とも みえた。

xxxxxxxxx

着いたときには 上り・下り どっちの姿も 消えていた。

乗客は 誰も いない。

もちろん ゾウさんも いない。

ここは 田舎ではない。

そんなに 待たないで 次が 来るのに。

いや 次が 「すぐに来ない」でも 問題は 深刻になる。

こっちは もっと 不安。

ゾウさん 仙台駅行きに 乗った だろうか。もしも?

ケータイが ないから 確かめようが ない。

xxxxxxx 

念のために 集まってきた人 ひとりに「仙台駅」方向を 

確かめて 次のに 乗る。 

  ゾウさん 、、、、、 そこまで 愚か では ないよ な。

    いやいや 以前、、、反対へ 行ってしまったことがある、ゾ。

考えているうちに 地下鉄の 仙台駅に 着いた。

右を見る、 いない。 左を 見る。いない。 

なんどか 右左と 探しているうちに 壁の近くに

いた。 良かったぁーーーー。

カードを 渡す。

これがないと 改札 でられない、、、んですよ。

xxxxxx

次の 乗り換え駅でも 別の方向に 行く列車に 

乗ろうとする。 放って おこうか、と 思う。

そうもいかず、呼び止めるために 走る。

ばかばかしくなるが 乗られたら 困るので 走る。

4つ目の 箱の 乗降段に 足が かかる、ところで 止めた。

xxxx

こんなことがあっても 余裕でいられたのは

時間を タップリとっていたから だ。

ホント 良かった。

人生は 余裕 で いかなくちゃ。

xxxxx 帰宅。午後8時20分頃 

スケジュール 通りに 帰宅できた。胸をなでおろす。

ゾウさんの ケータイ電話は 見つかった。

今朝、探したとき 

私の ケータイから 電話を かければ 

音で わかったのだ、と。

カメラも ケータイで 撮ればよかったんです。

気がつくのが おそい ==。 

私は 13248歩。栄養剤 効いたかな。

これで 10月1日 の 仙台 珍 紀 行 終わる。

xxxxxxxxxxxxx

書き忘れたこと。(10月12日)

仙台市交通局の バスのこと。

案内の方、 わからないというので

仙台見聞館で「仙台城跡前」発車時間を 聴く。 

「出ていない。るーぷるバス か 地下鉄をつかう」を 

教えていただいた。 そのこともあって 

国際センター後方の 地下鉄の駅まで 歩いたのだった。 


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⑧ 裁かれたもの と 裁くところ

2017年10月10日 00時05分39秒 | 仙台城址 見学紀行

…… 仙台城址 見学 ⑧ 裁かれたもの と 裁くところ ……

荒城の月を うなって すっきりして から

清水寺の ような 懸造の 跡を見る。

多分 ここだろう。 要害なら ここだよ、

と 二人 決め込んで ゾウさんと 崖を 覗いていた。

ああでもない こうでもないと

いつものように(ものを)知らぬもの同士が しゃべくっていたら

男性ボランティアが 寄ってきてくださった。

ゾウさんと 同年代( ひいき目で ゾウさんの方が 若々しい、と思う )の方に

石垣のこと・大広間のことなど、質問攻めにして 

とどめは 歴史とは かかわりない

るーぷるバスではない「仙台市交通局?」の

仙台城跡のバス停のことを 聞いた。

すこし 時間がかかる、ようで 

詰所の女性に 断りを してきたようだ。

方向だけ教えていただければ 済むのだが 「行ってくださる」

そうなので 甘えた。

xxxxxxxxxxxxx

   書き忘れたこと。(10月12日に追加を書いている)

仙台市交通局の バスのこと。

案内の方は わからないというので

仙台見聞館で「仙台城跡前」発車時間を 聴く。 

「出ていない。るーぷるバス か 地下鉄をつかう」を 

教えていただいた。

 (そのこともあって 国際センター後方の 地下鉄の駅まで 歩いたのだった)

xxxxxxxxxxxxxxxxxx

バス停は 右手だよ、を 教わって もどる 途中

さっき 昼食をとったところの 前にある

城跡の 図形 を 観た。 

寛文 時代の 想像図 ? と あった(と思う)ので

ああ、寛文事件 原田 甲斐 ね、と 知ったかぶりをする。

ゾウさんは どっかへ いってしまった。

xxxxxxxxxxxxx 午前中に

駅から 乗ってきた るーぷるバス、

その 運転手さんの アナウンス。。

「裁判所は 以前 原田甲斐の 屋敷があったところ。

 裁かれた人が住んでいたところが 裁くところになった」と

みんなを 笑わせてくれた。

忘れていた 原田甲斐の屋敷のことを

思い出した ばかりであった。 不思議な 縁 ?

幕府と

「藩取り潰し 政策」の 餌食になるところ だった

仙台藩の 駆け引き、だと 私は 考えてきた。

xxxxxxxx

歌舞伎 「 伽羅先代萩 ( めいぼくせんだいはぎ ) 」は テレビでみている。

そのあと 山本周五郎の「樅ノ木は残った」を 読んだ。 

だいぶ前のこと。 え~~~と 驚くばかりだった。

そのことを 城跡案内の方に 話したが 

この方は 当然かもしれないが 

原田甲斐は 悪人に したいようだ。

よそ者の 私は どっちにも 関心がある。 

なんとも 言えず ごまかした。

xxxxxxx

帰宅して

仲代達也 主役 「樅ノ木は残った」の録画

が あったので、観ることにした。

原田甲斐役は 仲代達也さんが 一番 好きだ。

女性では 別の 作品だが

晩年の甲斐が 心を許した 若い女性・宇乃を 演じた

吉永小百合さんが 好もしい。 

若いけれど しっかりした 女性を演じて 心地良かった。

このとき 周五郎の「樅…」には ない役で 

栗原小巻さんが 出ていた、とある。

なんとなく 思い出してきた。

xxxxxxxxx こんなことを 調べていたら 

 神津 陽 ?「兎の耳―もう一つの伊達騒動」という 本を

見つけた。 読んでみよう!!  今日は ここまで 


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⑦ 本丸は 昭忠の塔と 同じ高さ

2017年10月09日 12時53分10秒 | 仙台城址 見学紀行

…… 仙台城址 見学 ⑦ 本丸は 塔の高さと同じだった ……      

xxxxxxxxxx

青葉城資料展示館では CGの 青葉城 復原映像を 見た。

伊達家 62万石の居城、仙台城(青葉城)。

青葉山にあるから 青葉の城、だと 聞いたことがある。

東と南に 断崖のある地形を利用して 天然の要害として築かれた。

標高は 約130m。 高い方ではない。

300m以上の城も あるから 決して 高くはないが

間違いなく  山城。 

徳川幕府を怖れて 天守閣は 設けなかったと いう。

城は 消失しているから、ホントのことは わからない、

と 私は 思いたい。 あっても なくとも 城は 城。

伊達政宗が 「千代」(せんだい)を、

「仙人の住む 高台」の 仙 臺 と 書き改めた、という

仙台出身の 土井晩翠が「仙台」の掛詞である「千代」を使い、

それを「ちよ」と 読みを替えたの は 当然であろう。

xxxxxxx 

さて、とんでもない数の土台石が 整然とある 

本丸跡へ移動する。

カメラを ゾウさんに 貸したら、

下の写真を バチバチ 撮って、 使えなくなった、と

電池が なくなった、という。  よって 土台石の 写真 撮れない。

これは 昭忠碑 西南戦争・日清戦争など戦没者慰霊の碑 M30年代

  

案内の方に 聞いたこと。

本丸御殿の 屋根の高さは 向こうにある 塔? 

(昭忠碑) の 高さ だった と。

そう 聞いたような 気がする ?  

鳶 (とび)が 以前のように 乗っかっていたら 

約20メートル とんでもない 高さだ。

それが 下の 写真。 

20年前 来たとき、鳶は 塔の前ではなく

このように 塔の上にあった、と 記憶する。

3・11の 地震で 落ちたので、 

そのあと 修理した。 

上には 戻さずに 前方に 設置しなおした、と。

xxxxxxxxx

この鳥 

鷹ではなくて 鳶(とび) だという。

鷹の方が 強い鳥だと思っていたので、理解できない。

碑のわきにあった 説明文には

ひらがなで 「とび」 と 書かれてある。

だから 間違いない。

10月1日の話は もうすぐ終わる。


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⑥ 荒城の月 栄枯盛衰

2017年10月08日 10時25分23秒 | 仙台城址 見学紀行

…… 仙台城址 見学 ⑥ 荒城の月 栄枯盛衰 (えいこせいすい) ……

政宗公の 雄姿、騎馬像をぐるりと 回ってから、

仙台市街を 眺めた。

着いたばかりのとき「荒城の月」が かすかに 聴こえた。

ちゃんと聴きたいと思っていた。 碑の前に行く。

30分ごとに 鳴る とある。 あと10分だ。

仙台ゆかりの 土井晩翠 その文学碑に 寄って 待つ。私が

土井晩翠 …… どいばんすい …… と 読んだ ら

ゾウさんが 「本当は つちい だよ」という。そういえば

そんな風に聞いたこともある が 

ここには 「どい」と ルビが ある。

一応 ふたり 落着した のだが、気になるのが 私の 常。

調べた。

昭和初期に、本人が 「どい と 変えた」

という 記事を 見つけてしまった。

ぞうさん 半分 「あたり」 です。 

xxxxx

土井晩翠は 仙台の北鍛冶町の質屋の息子として生まれた

と ここに 書かれてある。

  晩翠は、祖母の影響で、文学に 興味を持っていた。

  仙台の 第二高等中学校から 帝国大学に行く。

明治31年(1898年) 28歳の土井晩翠は 

東京音楽学校の求めに 応じて「荒城の月」を 作詞した。

 余談 ……

二高の 修学旅行で 会津を訪れた際に 

目にした 鶴ヶ城の 荒城の姿が 真先に浮かんだ、のだと。

故郷の 青葉城をはじめ、今まで訪れた城々も あっただろうが

彼の心を 最も動かしたのは、鶴ヶ城だった、らしい。

xxxxxxxxxx

作曲は 滝廉太郎・明治34年 (1901年)。

懸賞への 応募作品 だった、と。

 xxxxxxxxxx 

仙台ゆかりの 土井晩翠 その文学碑に 寄って 待つ。 私は

ソプラノだが この曲だけは アルトの音がとれる。

♪  春高楼の花の宴 巡る盃 影さして
   千代の松が枝 分け出でし 昔の光今いずこ

♪  秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて
   植うる剣に 照り沿ひし 昔の光今いずこ 

音楽は 2番までで おわってしまった。 物足りない。

3・4番は ひとり ソプラノにして  低い声で つぶやいた。

  ♪ 今 荒城の夜半の月  変わらぬ光 誰がためぞ
    垣に残るは ただ葛  松に歌うは ただ嵐

  ♪ 天上影は 変わらねど  栄枯は移る 世の姿
    映さんとてか 今も尚  ああ荒城の 夜半の月

私は 3番が いっとう 好きだ。

  石垣を伝う葛、その壁 を 想像し

  老松を ゆるく 強く  もっと 強く

  歌うように ゆすっていく風を みる 

お天気がよい城跡で 栄枯盛衰を 思った。    今日は ここまで  


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⑤ 芭蕉さん 城を眺めたに ちがいない

2017年10月07日 13時40分40秒 | 仙台城址 見学紀行

・・・・  仙台城址 見学 ⑤ ・・・・

ゾウさんは 自身の ブログに

仙台城址へ来たのは 「20年ほど前」と 書いている、が

ちがいます よ。

最近では 3年ぐらい前 公民館講座 研修旅行で きている。

3年しか 経っていない のに

ゾウさん 「俺は きていない」 だ と。

いっつも 私に くっついている んだから 私が

「来た」と いうからには 来たんです !!

xxxxxxxxxxx さて 仙台城址での 

サムライ姿のあとに 行脚装束にも出あった。

松尾芭蕉さん、だと いう。

青葉城に 芭蕉さん 曾良さん 来ている ?

「奥の細道」 宮城野 には なかった、と 思う、が

来ていたら 面白い。

まあ 調べて みましょ。 

先ず は 「奥の細道」 原文 。を。

「奥の細道」 宮城野 --- 

名取川を渡て仙台に入。あやめふく日也。

旅宿をもとめて、四、五日逗留す。爰に画工加右衛門

と云ものあり。聊心ある者と聞て、知る人になる。

この者、年比さだか ならぬ名どころを考置侍ればとて

一日案内す。

宮城野の萩茂りあひて、秋の気色思ひやらるゝ。

玉田・よこ野、つゝじが岡はあせび咲ころ也。

日影ももらぬ松の林に入て、爰を木の下と云とぞ。

昔もかく 露ふかければこそ、「みさぶらひみかさ」とはよみたれ。

薬師堂・天神の御社など拝て、其日はくれぬ。

猶、松島・塩がまの所々画に書て送る。

且、紺の染緒つけたる草鞋二足餞す。

さればこそ、風流のしれもの、爰に至りて其実を顕す。

    あやめ草足に結ん草鞋の緒 

xxxxxxxxxxxxx

ここには 「城」という言葉はない。

芭蕉の「奥の細道」は 紀行 そのままではない。 

それで 曾良 随行日記 も 調 べ た。 

xxxxxxxxxxx 

四日  雨少止。 …略…  若林川、長町ノ出口也。

此川一ツ隔テ仙台町入口也。 夕方仙台ニ着 

其夜、宿 国分町大崎庄左衛門 。 

 

五日  橋本善衛門殿ヘ之状、翁持参。

…… 其後、北野や加衛門(国分町ヨリ立町ヘ入、左ノ角ノ家の内)ニ逢、……。 

 

六日  天気能 。 亀が岡八幡ヘ詣城ノ追手より入

俄ニ雨降ル。茶室ヘ入、止テ帰ル。 

 

七日  快晴 。 加衛門(北野加之)同道ニ 而権現宮を拝。

玉田・横野を見、つゝじが岡ノ 天神へ詣、木の下へ行。

薬師堂、古へ国分尼寺之跡也。帰リ曇。 …… 。夜ニ降。 


八日  朝之内小雨ス。巳ノ尅 より晴ル。 仙台ヲ立 。

   十符菅・壷碑ヲ見ル。未ノ尅、塩竈ニ着、……

xxxxxxxxxxxxxxxxxxx 

と なっていた。日記としては 曾良さんに限る。 

曾良日記 六日には「亀が岡八幡ヘ詣城ノ追手より入」と あった。 

追手 = 大手門だ。 

       さらに調べた。

xxxxxxxxxxxxx」

「奥の細道と みちのく 文学の旅」金沢規雄 

   p・96

亀岡八幡宮の 話の続きに 

芭蕉は「城ノ追手ヨリ入」と あるので 

宿から 大町」経由、大橋を渡り 「追手」___

仙台城の大手門の前を北へ抜け、川内経由で 参詣している。

橋のたもとには 仙台城の 警固の番所があったが「参詣」は

許されていたので あろうか。

と 記されてあった。

xxxxxxxxxx  著者 金沢規雄さん が

大手門の前を北へ抜け、川内経由で 参詣している

と 決めつけている のは なぜか。

地図で 調べた。  現在なら 

追手の前を 通らなくとも 亀岡八幡宮に行くことが できる。

まあ 芭蕉の文章ではなくて 曾良さんの「日記」の文章を使って

書いてくださったこと は とても 嬉しい。

私は「奥の細道」の 道を たどっているうちに 

曾良さん ひいきに なってしまっている。

芭蕉・曾良さんが ついでに お城も 眺めた、

と 考えた。そう 思いたい。そうに違いない。

それなら とっても 面白い。

当時(江戸時代)が わからない から、これで 終りにする。    

今日は ここまで 


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④ この方 政宗さん じゃない な

2017年10月06日 13時13分56秒 | 仙台城址 見学紀行

 ・・・・  仙台城址 見学 ④ ・・・・

思いがけなくも すずめ踊りを見せてもらった。

青葉城資料展示館 方向へ 戻る。

日曜日 だから、だろう 大変な 人混み。

ぶつかられないように 杖を 強調して もぐる。

下の写真 本丸会館。入口。。

みやげ物やさん→ 展示館 → 

食べ物屋さん や レストランが ある。

調べてきたので 入館料 700円は 知っていた。

割引券(マイナス200円)を 印刷しなかったことを 

もう 遅いが 思い出した。 ×2 = 400円、 損したなぁ。 

以後 来ることはないだろう、から

エイ !! と 700円×2=1400円 払った。

CG シアターは その後の 見学に 大いに 役に立った。

  (500円だったら まあ 納得、かな) ここの

住所 …… 宮城県仙台市青葉区天守台青葉城址 となっていた。 

昼食をとって また 本丸大広間跡へ 戻るときに

であったのは 政宗さん、

と 思った。 が 「目」が 覆われていない。

今年は 政宗 生誕450年なので

武家装束だから、仙台だから、 

政宗と 思ってしまう。  愚かでした。

 

伊達武将隊の 方ですね。

パンプレットを いただいた。

写真撮らせてもらった。

後で 行脚装束の人にも 出あった。松尾芭蕉さん、だと。

青葉城に 芭蕉さんは きていない、んだ と 思うけれど。

でも 面白い。

次回は このことを 書く。  


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③ 石工衆が跳ね踊った・これがはじまり

2017年10月05日 17時30分27秒 | 仙台城址 見学紀行

・・・・  仙台城址 見学 ③ ・・・・

岩手は  サ~~ンサェ~ の さんさ 踊り(下)

仙台と いえば すずめ 踊りだ。(下)

見えてきた。

今日は 3団体が 踊るそうな。 xxxxx 

近づくうちに 第2組 めに 替わった。

           ↑ ピンクの扇子の女性

この中に 腰を 深く下ろし、そして

見事な 跳躍をする 女性を 見た。

40代 かな ?。

20代にも 見える 軽々した姿を 終わるまで 

目で追っていた。    たいしたもんです。

xxxxxxxxx 

2013年8月 花巻博物館の「浮世絵」? 展 

北斎漫画 を 見たときもだが、

xxxxxxxxxx それ以後 にも

仙台すずめ踊りの 歴史、調べたことがある。・・・・ 

仙台城の石垣、その石工として 

泉州・堺から 来ていた職人たちが、

1603年(慶長8年)

仙台城 移徒式(新築移転の儀式)の 祝いの席において、

浮かれて 跳ね踊ったのが 元になっている という。

  伊達政宗の前で 堺石工4人が踊った、という説もあるが、

  このことを示した文書は一切存在しない。

石工衆は その後 仙台城下町の石切町

( 現在の 青葉区八幡2丁目 )に 住み続け

即興であった この踊りを「はねこ踊り」として

伝承していった。  (『正調雀踊り』)

仙台藩 伊達家の家紋の一つ 「竹にすずめ」 から 

すずめ 踊り という 説もあるが、 ????

竹に雀の紋は 14世稙宗 (たねむね)が 

天文11年(1542)上杉家より 婿 引出物 として 贈られたもの。

15世 晴宗(はるむね)の代より 伊達家累代(るいだい)の定紋となった。

 xxxx だから 違う ヨ ね。

 総踊り。 

 雀踊り(すずめおどり)の始まりは、

19世紀頃に 流行したと言われる。

下の絵のとおり 奴踊りの一種

奴装束をして 笠をかぶり 三味線と歌に合せ 雀の動作を真似ている。

和歌山県 御坊市、小竹八幡宮に 奉納されている。

京より 指導者を招き 神に五穀豊穣を感謝するために

稲が実るまでの 農作業を踊りにしたもの

と 伝えられている。

xxxxxxxxxxxxx

北斎が 仙台へ来た。 そんなはずはないだろう な。

江戸で 見た ?

いや いや 和歌山縣へ 行ったのかも

想像が膨らむ。(今日は ここまで) 


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② バスは 手がしびれるもん か

2017年10月04日 14時00分45秒 | 仙台城址 見学紀行

・・・・  仙台城址 見学 ② ・・・・

格安の ホリデーパスを つかって、

車中 居眠りをしたり、本を読んだり して

無事 仙台駅に着いた。

駅前の バス停 

すでに、長い 行列。(今日は 日曜日だから?)

私たちが 並んだあたりで、この時間は 

「この辺まで」と バスの 関係者が 叫んでいる。

後ろの人たち 「私たち 15分後に なるかな」と。

乗った。 摑まるところも ないほどの込み合い。

次のにすればよかった、かな。

ゾウさんの 左腕に 摑まって。。。グラグラ 揺れる。

ゾウさんの 前にから 手を出して 棒につかまる。

それでも 容赦なく 揺れる。 手が痛い。しびれる。

25分ぐらいで「仙台城跡」前についた。

降りてすぐに 乗ってきた バスの 写真を撮る

( この写真 ゾウさん 自分のブログに 勝手に使った)

( この 左手の 説明板のまえで 私は おにぎりを 食べた … 朝食 )

ゾウさんは 鳥居をくぐって 登っていってしまった。

  もう~~~。ケータイを 持たない人は 勝手をしては いけません。

私が 登り切ったときには 姿が 見えなかった。

手洗いに 行ったそうな。

そうなら そう と 言ってください。

宮城縣護國神社

その左手の「泉」

青葉城資料展示館へ 入ろうとしたとき 太鼓の音。

すずめ踊り だった。  では また


 


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① 玄関先 で もう 疲れたぁ~~ …… 

2017年10月03日 19時16分50秒 | 仙台城址 見学紀行

・・・・  仙台城址 見学 ① ・・・・ 

突然「海が見たくなった」と いう 言葉

この世界 描いた人は 誰。

著名な 作家 ? どなた 。。。。 わからなかった。 

前の日 9月30日 の わたし。

急に「城跡を 見たくなった」。

一番先に 思いついたのは 青葉山城跡。

仙台は 遠いから 少し近いところ、 

探してみた が 浮かばない。

それしか 出てこない。

昔の 仙台藩に 住んでいるのから 

ちゃんと 見てこなくては、と思っていたのだから

行きましょう。

いつもどおり 「これが 最後」と 思うので、

時間は 余裕たっぷりに 計画した。

xxxxxxx 

2017・ 10月1日(日)早朝  xxxxxx

玄関先に出るのだけは いつも 早い、ゾウさん。

「行くぞ~~~」行くぞ と 騒いで、急がせる。 

そのくせ 私が 靴を履いたとたん、

ゾウさん 「あああ~~」。

いつもどおり 出がけに 騒ぎ始めた。

何?。 お茶 ? 自分で持ってきなさいよ。。。。

今日は ケータイが ない、だと。

〇〇 を 忘れた、と なるのは いつものことだが

ケータイは 困る。 困る。 ふたりで

あっち こっち 心当たりを 探す が ない。 

今日は 列車を使うのだ。 もう 時間がない。

仕 方 な い。

離れないでよ、と 言い聞かせて、、、出かける。

xxxxxxxxxxx 駅で ホリデーパス……。

ここで もう 書くのも 疲れてしまった。

今日は ここで……。 


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