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グルスキー展を鑑賞

新国立美術館で開催中のアンドレアス・グルスキー展
鑑賞して来た。
グルスキーの作品は写実的で、撮影された高精細な画像を集めて
CGで構成、実際にあり得るような写実的風景として再構築された
作品だ。その克明さは、産業構造物や植物などそのものを写真で記録するという
ドイツに伝統として受け継がれている手法を発展させたもので、
CGを使って再構築された作品は、リアルでありながらも、周りの環境から
そのものだけに注目するようにしている為にどこか絵画的な構成が感じられて、
画像構成の不自然すらリアルに感じられ、写真を絵に近づけたスーパー
リアリズムにむしろ近いのでは、と感じた。
会場内はまだすいていたので観やすく、群衆や壮大な自然の風景を抽象化した
写真は、大きな展示作品として存在感を出していた。
作品の流れの中で転機となったとされる東京証券取引所の写真は、
その発展時の最初ということで後の完成度の高さからみると
技術的にはまだ開花前という印象を受けたが、ただその発想の
分岐点だったという事は理解出来た。証券取引所という社会的な
公の場が群衆によって成り立っている場面を観て、その中に
ソーシャル・ランドスケープを見て取った発送は、後の作品の礎と
なる予感を感じさせられた。
数年前、竹橋の国立近代美術館で行われたドイツ現代写真展の時に
展示された作品の数々でドイツの現代写真家のクオリティの高さを
感じた、”壁”が取り払われ東西がひとつになった'89年以降のドイツの
写真の流れはベッヒャー派とやらの大きな流れの中で確実に発展して
グルスキーのライン川の写真はもはや写真ではなく現代アートの市場で
大きく評価される程になっている。
蛇足だけど、タイの汚ない河に反射する一筋の光を写した写真は、
遠目から観ると墨絵のようで美しかったが、近くで観るとなぜか
日本の情報誌が浮いているのが見えて、グルスキーはそれは日本の関西の
風俗情報誌だって知っていたのだろうかと(笑)疑問に感じた。
社会に対するシニカルさを細部に内包しているソーシャル・ランドスケープ
ということでジョエル・スタンフェルドの写真を少し想起させられたが、
いかに。
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アントン・コービンの映画

下高井戸シネマでレイトショーで上映中のアントン・コービンの
ドキュメンタリー映画
を観て来た。
様々なロックミュージシャンや俳優のポートレートを長年撮り続けて
来たフォトグラファーはどういう人なのか、昔から興味があり
今回興味深く鑑賞した。
アントン・コービンというと、モノクロでクラシカル、構図に重きを
おくシンプルなポートレートが特徴だ。自分が高校生の頃だからもう30年も
前になるが、ミュージックライフだかロッキンオンだかに掲載されていた
1Pタテ位置裁ち落としの、黒バックで下の方に頬づえついた
エルビス・コステロの写真を、切り抜いて下敷きに入れてたのを思い出した。
下の方に小さく掲載されていたクレジット名、photo by Anton corbijnの文字を
今でもはっきりと思い出す。あの時代、もっと前からずっと第一線で活躍して、
しかも作風が変わらないのがスゴい。
U2やルーリードとの撮影シーンはとても興味深かった。アントンはもっと
”走る”タイプだと思っていたのだが、ポラロイドを何度も切りそれをメンバーに
そのつど見せて意見を聞きながら進めていく、とても”気配り”タイプのカメラマンで、
ルーリードとメタリカのメンバーがセレクトするためホテルにやってくる前に、
アントンの少し緊張しながら、いろんな所を片づけながら(笑)そわそわして
待っている場面など、人間性がよく表れて良い場面だった。
聖職者だった家庭の環境など、きっとすごく真面目で誠実な人なのだと
思われるが、母親も言ってた通りきっと様々なワガママに付き合ってきたりも
したのだろう。ハリウッド映画の撮影場面より、イギリスのあの荒涼たる
草原で鉛色の空の下、ひとりロケハンを繰り返すその姿の方が合っていると感じた。
明日まで。
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