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クルマ

「Tokyo Motorsexual」シトロエンC5は早朝の
イタリアロケを敢行。


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自分のサイトが・・・

iPad2がすでに生活に欠かせない存在になりつつある。
朝にニュース見たりツイッターやfacebookその他チェックするのに
役立っている。使用はもっぱら家庭内だ。TV見ながら
iPad見ることが一番多い。
英会話の、あんまり難しくない自分にあったアプリが
見つかるといいのだが。

しかし、ひとつ難点が。。。
Flashが見れない。iPhoneもそうだが、
これまでのAppleとAdobeの論争を見ていると、
どうやらもうiPadでFlashは見れないようだ。
自力で出来ないことはないようだが、そこまでの
リスクを冒してまで、、、というか自分ひとり
見れてもしょうがない。
自分のサイトは全部Flashで作られているので
まったく表示されない。

そういえばグラフィックに力入れ過ぎみたいな、
やたら凝ったサイトもあまり見なくなった気がする。
世の中が実用主義になってきたのか。

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日々雑記24

先週発売の『otome continue』vol6.の
『妄想純文学』全7Pは染谷将太さん×「正義と微笑」(太宰治)。
フランク・ロイド・ライト設計の都内某所で撮影。

しかし今号で残念ながら休刊との事。
今月号も山岸凉子×萩尾望都の対談など、毎回読み応えある内容で
楽しみだったのに。誠に残念。


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日々雑記23

『100,000年後の安全』なのか『100,000年の安全』なのか
表記が分かれている映画を観た。(だいぶ意味合いが違ってくると思うが)
フィンランドで建設中の、原発から出た放射能廃棄物の最終処理場を
写したドキュメンタリー映画。
500メートルの地下に半永久的に閉じ込めようと現在掘削中の
処理施設だが、その爆破音が響く発破の場面で実際に地震が起こり
映画館が揺れた。タイミングが良すぎだ。

しかし原発から出た廃棄物が安全になるまで10万年かかるらしい。
10万年。どういう計算から出てきたのか分からないがもはや人類が
存在する事すら想像つかない。
映画自体は、ドキュメンタリーらしからぬ計算されたカメラワークで
まるでサイエンスフィクション映画のようだ。映画館で配られた解説の紙を
読むとフィンランドの状況が簡単に説明されていた。彼の国でも賛成反対
があるが徹底した情報公開によって国民は原発政策を容認しているらしい。
また高い教育制度と地政学的な理由から、考えうる問題から眼をそらさすに
徹底して予防する、という国民性とのこと。”隠蔽体質”と”想定外”、あげくの果てには
現職経済財政担当相が”神の仕業”と天に責任を押しつける我が国から見るとなんと
おとなの国なのだろう。(政治家は都合良く哲学者にもなるのかね)

プルトニウムの危険性を重く見て再処理せずにそのまま貯蔵する
フィンランドの考え方は、日本とは正反対。津波もテロも"想定外"の日本が
使用済み核燃料を再処理して莫大な量のプルトニウムを抱えている現状は
果たして容認されていていいものかどうか、考えさせられる。
加えて、この映画は放射能廃棄物の処理の仕方に疑問を呈しているのであって
原発の存在そのものを否定はしていない。捉え方は人それぞれでしょうけど。

映画『100,000年後の安全』


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日々雑記22

恵比寿でベッティナ・ランス展を観る。
見た事ある写真も多数あったが、あらためてこういった
人物と正面から向かいあったポートレートは久々に見た
感じがしてストレートに響くものがある。人物の存在感、というか
重量感というか。
その中でも特にモニカ・ベルッチの写真が一番印象的だった。
写真から発散される艶やかさ。どの写真も女性が堂々としていて
撮られる側も腹くくってやってる感がある。
ベッティナ・ランスの写真の魅力は強さと美しさを、
作品のベースに時折垣間みれる宗教性をバックに一貫して撮っているところ。
欲望や猥雑さを内にもった聖なる存在というべきか。
日本人のモデルのも飾られていたが普通になってしまっていた。
見えた見えないで騒ぐロリ社会日本をベースにしてる人には
成熟した大人の世界に並べられるのは不利な状況だろうか。
シャネルのも見たかったな。15日まで。
14日(土曜)からはクーデルカ




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