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瀬戸内国際芸術祭 会期末

高松まで来たので瀬戸内海のミュージアムに行くことに。
瀬戸内国際芸術祭2010も今週一杯で終了だし少しでも見たい、
http://setouchi-artfest.jp/
と帰りの飛行機をずらして直島へ行くことにした。

昨日の高松港。まだ天気はもっているが雲行きが怪しい。

これは昨日の夕方5時半頃。
明日は早起きしてこのフェリーに乗って直島へ。


そして今朝。会期末なので混んでいる。なんとかフェリーに乗れた。

こうして海に島々が浮かぶ風景は普段見慣れないので
珍しい。日露戦争時に捕虜になったロシア兵が松山に
連行される時に瀬戸内海を見て”この川は何て名前だ?”と聞いたとか。

宮浦港についてとりあえず地中美術館へ。すぐには入れない。
12時の整理券をもらった。
そのまま今度は”家プロジェクト”へ。安藤忠雄設計のジェームズ・タレル
の南寺へ。

ここも整理券でなんと同じ12時。結局これを見たあとに地中美術館へ
急いだがそっちは見れなくなってしまた・・・(泣)。
12時まで他の家プロジェクトを廻る。

杉本博司の護王神社。これは拝殿と本殿を臨む玉砂利の
部分で撮影は可。石室の中は懐中電灯持って入って行った。


護王神社から垣間見える瀬戸内の風景。素晴らしい。

外国人の方がたくさん来ていた。古き良き日本の街並と風景、
そして現代アート。

続いて大竹伸朗のはいしゃ。

しかしオリエンテーリングのようで地図見て探したりなんだりで
時間がかかる。ゆっくり見て廻るのならそれも楽しいと
思うが時間に余裕のない自分はあせってしまって。
あせって美術作品を見るなと突っ込まれそうだが。

その他家プロジェクトは全て廻れた。
直島には土壁板塀が多く残っていて街の風景も
素晴らしい。


このあと南寺にもどりジェームズ・タレルを体感。
昔、水戸でやはりジェームズ.タレルの光のアートを
体感しに徹夜で並んだ時のことを思い出した。

急いでバスを乗り継いで地中美術館へ。12時半過ぎたら整理券は
無効だ。時間は12時38分。やはりダメだって。がっくり。
気を取り直してベネッセミュージアムへ。


ミュージアムから眺め。遠くに瀬戸大橋が見える。
ベネッセ敷地内にはアート作品が色々。
曇りだが気持ちがいい。晴れてりゃどんなによかったか。





この後から雨が降り出してしまった。
もっと見たかったが船と飛行機の時間が迫っていて
残念ながらでここまで。

今回は何も分からずに突発的に行ってしまったが
次回はよく下調べをして日にちに余裕を持って
行きたい。調べてきた人達でも色々迷うくらいなので。
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日々雑記5

今年のノーベル文学賞はラテン文学の巨匠、ペルーの
バルガス=リョサが受賞。ゴーギャンを描いた
『楽園への道』を以前読んだことがあったので、
http://www.amazon.co.jp/楽園への道-池澤夏樹-個人編集-世界文学全集-1-2/dp/4309709427/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1288136349&sr=8-1
現在行われているゴッホ展も一層楽しみになった。
アルルで二人の間にいったい何があったのか。
バルガス=リョサもそう語っているそうだが、
そういった流れに沿って見てみたい。
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曇り空の東京


『東京カレンダー』12月号 HONDA CR-Z
http://access-publishing.com/bookmall/itemview.php?ccd=001&icd=001&ocd=108
実際に少しだけ運転してみたが取り扱いがいたって
ノーマルでサイズがコンパクトなので運転しやすかった。
荷室は意外にもゴルフバックが入るほどある。
信号待ちなどでちょっとでも停まるとすぐエンジンが停止する
ハイブリッドシステム。スポーティだけどエコなクルマ。




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奄美の被害が心配

奄美大島での豪雨被害の復旧の様子がニュースでやっていた。
ようやく作業が始まったようだがライフラインが
島内各地で寸断されている模様。あまみエフエムでは
24時間体制で被害状況や連絡の取れない人に対しての
放送を続けているらしい。

奄美に初めていったのは2001年の10月。
ちょうど『我自由丸』の撮影を始めた時だ。
Touch-meの奄美大島ツアーに同行したのが最初だ。
その後再び奄美で撮影することになって加計呂麻島に
も行ったりした。
本州の人は奄美と沖縄の区別がつかない人も多いと思うが、
当たり前だが奄美大島は鹿児島県であって沖縄ではない。
基本的に大和の文化圏であって琉球文化とは違う。
言葉も音楽の音階も違うとのこと。
沖縄とは違う、もう少し近く感じるヤマトの文化に
南方の島の空気感が相まって独特の魅力を感じた。

以前タイのプーケットに行った時に現地の人が言っていたのだが、
津波の被害後、復興して通常通りに観光地としてまた動きだした後、
他の国の観光客はわりとすぐ戻ってくるが日本人観光客だけは
なかなか戻って来てくれないとこぼしていた。日本人の場合、災害に
あって死傷者まで出た場所で復興したからといってすぐに
観光に行くのは不謹慎のように感じてしまうのだろう。しかし観光地が
災害地になった場合に一番必要としているのは復興後にすぐ観光客が
戻ってくれる事だろう。
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一寸先は

海外の友人からNYタイムスの記事が送られて来た。
内容は、日本の経済に関するものでデフレに悩む
日本の姿をレポートした内容だった。バブルの頃に
パリやNYでブランドものを買っていた日本人は
現在ユニクロなどfast衣料に走る、ギリシャ、スペイン、
アイスランドがかつて通った道を日本は抜け出せない
ままで、デフレスパイラルと債務に苦しむ日本は表舞台から
このまま消えていく運命なのだろうか、大体こういった
内容である。
円高が進み製造業は海外に出て行き隣国の台頭に
不安を抱きながらも経済的に頼らざるをえない状況は、
欧米や他のアジア諸国から見ても危うい状況なのだろう。

ただ、ほんの20年前にはこのような状況は誰も想像しなかった
ようにまた20年、いや時代の流れの早さから来年すらもう状況が
ガラッと変わっていることもあるのでは。

リー・フリードランダーがニューオリンズの画廊で偶然見つけた
ガラス乾板のネガ。NYに戻った後もそれが気になっていたフ
リードランダーはわざわざニューオリンズまで戻って89枚を
購入したそうだ。プリントしてみると写っていたのは20世紀
初頭のニューオリンズの赤線地帯で撮られた娼婦のポートレートの数々。
その写真の芸術性の高さからNY近代美術館より出版され日の目をみたそうだ。
カメラマンはEJベロック。すでに亡くなっていたが生前を知る人によると
小人でかなり変わった顔をした、性格的にも閉鎖的で人付き合いがない人
だったとのこと。なぜそのようは人物が赤線地帯で娼婦の姿を写せたのか、
またその写真の芸術性の高さは何故なのかなど謎に包まれたままらしい。
もっともニューオリンズでくすぶって一生を終えたカメラマンの作品が
死後NYで注目されることになろうとは本人が一番驚いたことだろう。

http://www.atgetphotography.com/Japan/PhotographersJ/Bellocq.html
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女子高生の為のドラッガーとAKB48

女子高生のための進学情報誌の撮影。
もし野球部の女子マネージャがドラッガーだったら
といった本が売れているそうだが、
http://www.amazon.co.jp/もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら-岩崎-夏海/dp/4478012032/ref=cm_cr_pr_product_top
その女子マネージャーのモデルはこのAKB48の峰岸みなみさんだそうだ。
ということで中ページはその本を持ってもらって撮影。





『CAREER ×CAREER』
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待ったナシ

今年は色々な新しい事を始めたり新しいもの導入したりがとても多い年だった。
スムーズにいかないことばかりで手探りの一年(まだ終わってないけど)。
どこかで読んだのだがここ10年の技術進歩は産業革命以上の早さで、
人類始まって以来の速度なのだそうだ。
変わらぬものを追求していくか、常に自ら変化し続けるのか、
誰もが待ったナシのところまで来てる、ような気がする。





『広告』10月号/博報堂
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