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トゥバ共和国の音楽

昨日 J-WAVEでトゥバ共和国の音楽が紹介された
らしい。う~む聞きたかった。
僕がトゥバで出会った音楽家はセルゲイさんとカラカットさん
という二人だったのだが、エニセイ川沿いのユルトの中で
素晴らしい音楽を聴かせてくれたのを思い出した。
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チェキで撮影

週末はチェキでアイドルグループの撮影をしていた。
昼間は子供の運動会でNikonD3 に望遠付けてガシガシ撮って、
夜は手ぶらでスタジオ入りして用意してもらったチェキで
お尻やらなんやら寄って撮る。どっちが仕事でどっちが趣味だか。
チェキだと適当に撮ってるように思われるかもしれないが、
自分で言うがそこはプロ。自然光や外部フラッシュとのミックス、
接写レンズなどを随所にいれて微妙に変えて撮っている。
デジカメ全盛だが一方でトイカメラも見直されている昨今、
チェキでこれだけ撮れるとなると遊び方も広がるのでは。
仕事ではもういいけど。

ところで朝起きるとすでに右手が筋肉痛だ。依然としてマウスが
合わない。元の有線のApple純正のに変えたのに・・・。
偏頭痛や極度の肩こり、腱鞘炎に悩まされている人が
キーボードを変えたらたちどころに治ったと聞いた事が
あるのだが、どなたかいいマウス知ってたら教えて欲しい。



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さいたままであと8日

さいたまスーパーアリーナまであと8日。
こうなったら国際フォーラムも行きたいところだが
どうしよう。
everythi~ng ,が頭の中で鳴りだしてきたか。
Let Downという曲が一番好きなのだがやるかな。

ところで明日はチェキで撮影。チェキか。
自分は常日頃あまり理解できないものは
とりあえずやってみるように心がけている。
いいとか悪いとか好きとか嫌いとかはしょせん
風の中の風車でしかないし。



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主題が死なら

死の写真と言えば色々あるがリチャード・アベドンが
父親を撮った写真が思い浮かぶ。
実の父がガンに侵されだんだんとやせ細ってゆく姿を
まるで観測写真のように撮っていった作品だ。
当時、死にゆく親を撮った写真は倫理的に批判されたりもして、
アベドンもきっとコンストラクティッドフォト的な手法が
人の死に関わった時の反響の大きさを改めて認識したのか、
のちにあれは父ではなく役者を使った写真だというような供述して
煙に巻いている。ポートレートが生の痕跡であるなら皆だれでも老いるし
やがて死ぬのだからそれは死への記録に他ならない。
そういった部分で撮影した行動に対しての賛否は個々の倫理観に
よって変わるだろう。戦場で、目の前で負傷した人を助けるか、
写真に撮って世界に発っして世論の厭戦を高める方が得策だと考えるかは
人によって意見が割れるところだ。
ただ、撮影するという行動と完成した一枚の写真は本質的にすでに違う。
肉親の死を撮った=勇気ある行動だ=素晴らしい写真だ、という
三段論法だと勇気ある行動の結果得られた写真はすべて名作だと
いうことになってしまう。かならず白バックという自分のホームで、
戦術は観測で、試合をしてきた‘写真の天才’アベドンは、結果が名作なら
そのモチベーションを変えてしまう方が個々の倫理観などというやっかいな
ものに関わらなくて済むと考えたかどうだか。

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嫁入り写真

同じ二十代半ばの頃だったと思うが、やはり懇意にしていたカメラマンの人から
‘撮影の話があるんだけど、お前やるか’と誘われたことがあった。
とある女性が近々結婚式を挙げるという。その女性の望みが
“自分がお嫁に行く日の一日を撮って欲しい”というものだった。
式も披露宴も正式なカメラマンは頼んであるのであくまでも私的な
写真としてお願いしたい、という依頼だった。
まとまった金額の謝礼とドキュメンタリー的なおもしろさにひかれて引き受けた。
事前にお会いしたその女性はとても美しく国際的に活躍されているキャリアウーマンで、
子供に頃に見た外国の“花嫁と父”のモノクロ写真にずっと憧れていた事、
小さい時に父上を亡くされてからずっと二人だったのでお母さんと過ごす最後の
写真でもあることなどを伺った。写真はすべてモノクロで撮ることにした。
式当日、夜明け前にお宅に伺うとお手伝いの人やらなにやらですでに大忙しである。
自分はカメラもってぱちぱちとその様子を撮っていた。
二階の六畳間に上がって、仏壇に新婦が合掌している時にそっとお母さんが後ろに
座った。自分は仏壇の横に座ってカメラを構えていた。
すると突然新婦が振り向いて涙をぽろぽろと流しながら
「お母さん、今までありがとうございました!」と言うとお母さんもすでに号泣していて
「そんなことは言わなくていいの!」と怒るように言ったあとは二人でただ抱き合うのみだった。
突然の大きな展開に一瞬慌てたがとにかく自分はシャッターを押し続けた。
この場に他人の自分がいることがなんだか申し訳ない気持ちになったが、このために来ているのだし、
寄ったり引いたりアングル変えたり泣いてる二人の周りをグルグル周りながら色々撮った。
二人の嗚咽とシャッター音だけが夜明け前の六畳間に響いていた。
当時はまだ若くて人生のなんたるかも全く理解してない自分だったが、それでも“本物の迫力”を
目の当たりにしていたく感激してしまった。
外に待たしていたハイヤーに慌ただしく乗って出発した後ろを自分の車で追った。途中、
夜明けの多摩川の風景などもハンドル片手に撮ったりした。
後日プリントして渡すと「これが自分が望んでいたもの」と言ってすごく喜んでくれて、
自分が撮ったもので誰かが喜んでくれるということがあることを初めて実感した。



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最後のとその写真

昔の事だがまだアシスタントをしていた頃に
葬儀の写真を撮ったことがあった。
縁があった先輩カメラマンの師匠の奥さんが亡くなられた時に
事情があり自分が記録係として撮る事になった。
おおよその式の流れを聞いていたのだが、当日その師匠からは、
全部撮ってくれと言われたので葬儀中ずっと撮る事になった。
とにかく最後の姿を撮ってくれということだった。
周りに配慮してちょっとでも撮らないと撮るように促されるので
参列者の鋭い視線を感じながらも棺桶の中までカメラ突っ込んで撮った。
「おまえ、きれいにとってもらえ」と言ってオイオイ泣いていると思ったら
突然振り返って「絞り、大丈夫か?」と聞いてくるので気が抜けなかった。
部屋の中の人たちを移動させて「こっちからも撮ってくれ」という感じだった。
火葬場に移動するバスの中で「あんなに撮らなくてもいいじゃないの」
なんて参列者に聞こえよがしに言われたりしたが、到着した先でも
師匠は相変わらず撮れ撮れで、ついに荼毘に付す直前までイスに登って撮りまくった。
前日にはその師匠自らジナーの4×5を使って死化粧された姿をちゃんと
ライティングして撮影されたと聞いた。
純粋に愛する人のその姿もこれが最後という思いから
何か形として残せるものと考えた時に自分の専門分野が浮かんだのか。
その写真は撮影したのは僕だが師匠自らの写真に他ならない。
その人の死生観が見えたような、でも深過ぎて理解するのは周りの人間には
容易ではないと感じた。










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PCの掃除をしていると、いつどこで撮ったのか
全く記憶にない写真がよく出てくる。
HDダンジョンをどんどん奥まで進んでいったら
偶然見つけた視覚のかけら。




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年末にむけて加速・・・

もうすっかり秋で、
こうなると年末まであっという間だ。
時間がどんどん加速してゆく。

おとといのブログで「いよいよフィルムも・・・」
なんて書いたが、どうも様子が違うらしい。
作品的な写真は銀塩で残す、という考えが
一般ユーザーにも浸透してきているらしくフィルムカメラも、
いいカメラは依然として人気があるらしい。
中古市場はネットも含めて活況を呈しているし
蛇腹式のレンジファインダーの中判が某大手メーカーから
新発売されるとかの話もある。
銀塩でしか出せない色合いは確実にあって
その良さにこだわる人が着実にいる。
現像してみないとわからないあの不安と楽しみは
いつまでも変わらない。



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新しいデジカメを買おうと思って

壊れたまま引き出しに入れっぱなしのフジのコンデジを
あきらめて、この際何か買おうと量販店に行ったのだが、
種類がありすぎて迷ってしまった。

うちではもう十年来、コンタックスのT2がいつもリビングに
置いてある。なにかあったらすぐ一枚撮るようにしている。
このカメラ、AFの精度が悪くてピンぼけばかりなのだが
そのかわり写りはすごくいい。いつも安物フィルムで
撮って近所の酒屋のDPEに出すのだがそれでも上がりは
きれいだ。酒屋のおばさんにもきれいだといわれる。

仕事柄たまに「どんなカメラ買ったらいいですか?」と相談
されることがある。カメラの種類にあまり詳しくないので
いつもうまく答えられないのだが、それでも主に何を撮るかで
機種もおのずと決まってくるのではという話をする。今回は、
撮影の仕事で使うわけではないし資料とかロケハンとか私用とか
汎用性が必要で、ようするに主に何を撮るのか決まっていない。

コンデジ買ってもT2は使うつもりだが、近い将来、フィルムよりも
カメラよりもDPEを受け付ける店が近所になくなる方が早いだろう。
コンビニでフィルムの現像の取り扱い止めたらいよいよ終わりかな。



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メイクの書籍が新発売

この前撮影を担当したメイクの書籍がついに発売に。
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_gw?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%81u%8E%E1%82%B3%81v%82%CC%90%E0%96%BE%8F%91&x=16&y=13


今回の本はJPEGで撮ってそのまま印刷にまわしている。なのでかづき先生が
半顔だけ血流マッサージを施した写真は本当にそのままだ。メイクルームから
モデルさんが出てくると目元や口元がきゅっと上がってた。
かづき先生のリハビリメイクが世間で話題に上りだした頃に雑誌の取材で撮らせて
いただいたことがあったのだが、先生は十年前と全然お変わりなくパワフルでお奇麗でした。
タイトルと表紙の写真が結構インパクト強いがデザインがかわいらしいので
書店で手に取りやすそう。

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