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チチハルからのメール

7月に行ったロシアのブリヤートの首都ウランウデで、色々と案内してくれた
イレーナから最近メールが届く。イレーナは大学生で現在、中国東北部の
チチハル(斉斉哈爾)に留学中。ということでチチハルやハルビンでの
楽しい留学生生活を画像付きで送ってくれるのだ。
“ファッションとかコンピュータとかDVDとかの新製品に関しては中国って
ちょっと遅れてる。それに食事のマナーとか交通ルールなんかもヒドイ”
などとフランクな意見なので読んでいて楽しい。プライベートな内容が
多分にあるのであまり紹介は出来ないが、ロシア人学生の中国に対する
見方が垣間見えて興味深い。差し障りのない範囲で紹介出来ればと思う。
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旅の話 2

おばあさんに話しかけたが全然通じないようで一旦奥に引っ込んで今度は小学生くらいの
男の子を連れて来た。おばあさんと男の子は電気の消えた廊下の奥の部屋へ僕を案内してくれた。
男の子は学校で英語を習っているとのこと。簡単な言葉なら分るようだ。電気のスイッチや
水道など丁寧に教えてくれる。
“おなかがすいた。食べる所はあるか?”と身振りを交えて伝えたらおばあさんが男の子に
“案内しておあげ”と言っているようで男の子は僕を近くのレストランへ案内してくれた。

食事を済ませホテルへ戻り自分の部屋にいると、コンコンとノックの音が。
扉を開けると薄暗い廊下におばあさんが立っていた。
大きなワインのボトルに熱湯をいれたものを熱過ぎないようにタオルでグルグルと巻いて
僕に手渡す。両手を合わせて顔の横に付けるしぐさをして“寒いからこれを抱いて寝なさい”と
言っているようだった。無言だったが温かい気遣いが感じられた。

翌朝、ホテルを出て海の方角を聞いて歩き出した。昨夜は暗くて何も見えなかった町は
光に溢れて市場や店など華やかだった。海岸沿いの通りはホテルやカフェなどが立ち並び
まさしくヨーロッパのリゾート地だった。
砂浜に降りて海に向かって歩くのだが行けども行けども海までたどり着かない。2月とは思えない
暖かさの中を汗かきながらひたすら歩いた。純白の砂が延々と続きまるで砂丘に迷い込んだようだった。
やっと大西洋にたどり着いて後ろを振り返ると海岸通りは遥かかなたにみえる。波が白砂に激しく打ち寄せる。
視界にあるのは空と波と砂だけでしばらくぼーっと見ていた。

結局、あの町がなんという町か思いだせない。かなりのリゾート地だったのだが。
その後はすぐリスボンに向かったのだがその間の記憶がすっぱりない。
タオルでグルグル巻きにしたワインボトルが温かかったのは今でもはっきりと憶えている。
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旅の話

学生の頃スペインとポルトガルを旅した時のこと。
スペインから列車でポルトガルに入りとりあえずナザレという漁村に行ってみようと思った。
乗り換えの駅の待合室で労働者風の気の良さそうなオヤジから話しかけられしばらく会話を交わしていた。
むこうは英語を全く話さないが言葉は通じなくてもなんとか会話は成立する。
僕がナザレに行くつもりだと言ったらオヤジはなんとかという町に行けとを勧めだした。
「ナザレより絶対いい。海がいい。俺が連れて行ってやるから」ニコニコと人懐っこい笑顔で言うもんだから
じゃあ、行ってみるかとそのオヤジに付いていくことにした。
車両の小さなローカル線に乗りそのなんとかという町に向かった。やや混んでる車内は
仕事が終わって帰路につく地元の乗客が大半だった。
お互い片言の言葉で夕陽が沈む風景を眺めながらなんとか会話をしていた。
いくつか駅に停まりその度に乗客は徐々に降りて行く。
“俺の時計はcasioだ”とか“スズキのバイクを持っている”だとかオヤジは僕を退屈にさせないように
話しかけてくるのだが、だんだん会話も途切れがちになった。なかなか着かないし陽は完全に沈み
外は真っ暗。乗客はほとんど降りてしまっているし、列車とはいえちょっと不安になって来た。
オヤジはその町に住んでいて家族がいるらしい。“ホテルはある”というがどんな町か全然分らないし
そもそもそこに連れて行ってその後オヤジは僕をどうするつもりなのかも分らない。
不安が高まって来た時にその町に着いた。列車を降りて駅を出て石畳の駅前広場にある電気が
ついていないホテルに連れて行かれた。オヤジがチャイムを押すと中からおばあさん出て来た。
オヤジはおばあさんに何ごとか話した後、「じゃ、いい旅を!」みたいなこと言ってあっさりと
どこかへ行ってしまった。


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映画が楽しみ

クリント・イーストウッドが監督をした太平洋戦争を舞台にした映画が
上映されるらしい。アメリカ側を主にした話と日本側を主にした
話の二本立てだそうだ。(公開日は別らしい)内容はまだ分らないが、戦争もので
逆の立場からも描くというのは今まで聞いた事がない。やはり9.11という出来事が
今までのハリウッド映画に多くみられる一方通行的描き方に影響を与えたのだろうか。

昔観た『ディア・ハンター』は衝撃的だった。
アメリカの田舎を謳歌する若者達。場面が突然変わってベトナムの極限化の
戦場。そして陥落寸前のサイゴンでの場面。壊れていくクリストファー・ウォーケンを
取り戻そうとするデ・ニーロ。遠いペンシルバニアで静かに待つメリル・ストリープ。
俳優の演技の確かさが強く印象に残ったアカデミー賞作品だった。。
(ちょっとそれるが、主人公達をロシア系アメリカ人としたところとロシアンルーレットは
何か関連あったのかな)
それでも後になってこの映画を“アメリカ側からの一方的なベトナム戦争の描き方”
という批判が多数あったと知った。言われてみればあくまで心に傷を負ったアメリカ人が
主人公で、戦場にされたベトナム人の悲哀はほとんど無視されている。

時は流れて、かつて敵として戦った相手の立場からも描くというのは、また
そういう映画を許し(?)上映出来るほどに成熟した社会にアメリカは一足早く
なったということだろうか。
もちろん太平洋戦争が終わって60年も過ぎれば個々の感情とは別に史実として捉えようという
考え方がだいぶ浸透してきているだろうからまだ記憶が生々しいベトナムや9.11と
同じには考えられない。
しかしながら同じ方法論で日本で制作されたものがあっただろうか。っていうかそういう
発想がそもそもあったろうか。今まで『戦メリ』とかでなんとなくごまかされてた気がする。

あまり期待してものすごくつまんなかったら・・・それはそれでいいか。映画だし。
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10gatu

10月に入りなにかと多忙でブログも更新していないが
毎日元気でやっております。
知花くららさんを2回ほど撮影したり北海道に行ったり
石井聰亙監督にお会いした時にM.J.QのCDをお渡したり
フットサル場で撮影したりエド君の作品展を観に行ったり
クレイジーケンバンドのコンサートに招待していただいたり、
そんなこんなで10月も半ばになってしまった。。。
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