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東劇と近代美術館とエプソンギャラリー

東銀座の東劇で現在公開中のシネマ歌舞伎、
坂東玉三郎の日高川入相花王と鷺娘を観た。
ハイビジョンカメラで細部まで撮られた画像は
鮮明で音質もいい。時間の経過と共に照明やセットが
鮮やかに変化していく。
雪が舞い散る中でひとり踊る玉三郎の鷺娘は美しく日本の古典の
総合芸術の素晴らしさを再認識した。30分が2本で千円だった。
入門編としてお得だと思う。次は歌舞伎座で一幕ものに挑戦してみよう。

新宿エプソンギャラリーで上田義彦の家族の写真展を
観る。上田さんはかつてPARCOの広告などでデビット・シルビアンの
昔の奥さんのイングリッド・シャヴェイス親子を撮ったり
やはり広告でまだ無名のヒクソン・グレイシーを親子でブラジルで撮影
したりと広告の分野ではあったがファミリーの素晴らしい写真を
撮っていた。
ライカということは銀塩で最初撮ってプリントをスキャンしたのだろうか。
通常のメリハリが効いた写真ならいいのだが、ここまでのレベルの写真、
中から低域のギリギリで持ってきてる写真だとまだインクジェットじゃ
きつそうだ。


竹橋の近代美術館で藤田嗣治展を観た。TVで何度か番組が放送されたようで
すごい人の数だった。戦前のパリ時代の乳白色の作品は日本の墨絵をヒントに
したらしく白~乳白色の微妙な中で肉体が表現されていた。中南米時代の
色彩豊かな時代や日本帰国後の戦争画の壮絶さ、時代の移り変わりによって
変化してきた絵が再びパリに戻ってからの晩年の宗教画や子供の画に
全てが集約されていたように感じた。
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写真展めぐり

『ル・コルビュジェのインド』という写真展を見に行った。
インドの地方都市にル・コルビュジェが晩年に制作した
公共の建築物を写真家独自の視点で撮影したものだった。
雑多で混沌としたインドの街とその大地に根ざし静寂さえ
感じさせる静謐としたコンクリートの建築物をとらえた
作品だった。
同日、日本橋のギャラリーで上田義彦の写真展も見た。
同じ構図、同じライティングで裸の女性を撮ったもの。
なぜこういう手法でこれらのモチーフを撮ったか、という
ところまでは理解できるのだが、なぜこれを今・・までは
分からなかった。
新宿のエプソンギャラリーでのはまだ見ていない。

最近自分の家族を撮った私的な写真が色んな雑誌で出ている。
自分の子供を撮影したものが発表されていたり。
プロの写真家がその力で自分の子供という最も親密な
存在を撮ればそれは素晴らしいものになるだろうが
どんなに素晴らしくてもそこにはなぜか居心地の悪さを
感じてしまう。幸せな一家だんらんにひとり紛れ込んで
しまったような気まずさを感じるのは自分だけか。
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寄席で撮影

きのうは日本橋の“お江戸日本橋亭”で春風亭昇太さんを撮影。
口座の舞台の上で実際に、即興で、スタッフ相手に一席やって
いただきながら撮影した。スティールの撮影現場という空気に
合わせて噺をしていただいたのだが素晴らしい‘撮影落語’だった。
舞台全体に大光量を当てるのでストロボ数台がチャージされると
一斉に‘ピピピピピッー!’と音がするのだが確かに
‘寂しげなヒグラシの声’のようである。
撮影っていうと噺家さんは下町の‘行ったこともない町’に
連れて行かれる云々。駄文で表しては申し訳ないので
これ以上書かないが付録にメイキング・オヴのCDが(たぶん)付くと
思うので4月末売の『Mac Fan』は乞うご期待です。

来週は林家いっ平さん撮影の予定。なぜ落語家さんが続くかというと
まったくの偶然である。過去12年間にひとりしか撮ったことなかったのに。

一昨日はオダギリジョー主演の映画『BIG RIVER』のプロモーションで
来日中の映画監督の舩橋淳さんを撮影。事前にビデオで見せてもらったが
日本人アメリカ人パキスタン人の組み合わせによるアメリカ西部の
ロードムービー。9.11を体験した人達は常にこれでいいのかという
逡巡の中で表現しているように思う。
しかし『ブルータス』誌でのインタビュー撮影は10年振りである。
次はまた10年後だったり。想像もつかない。
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