
テン泊用道具満載状態で、その中身をあまり使う事無く旅は続いた。初日に使って、結局北海道まで運ぶも天候不良で使えず最終夜にやっとキャンプらしいスタイルでのテン泊となった。
空いててポツン状態の私は虫の騒音と一緒に朝を迎える、午前6時頃。
サイトは↑こんな感じで微妙に傾斜がついてる所が多い。そして森林サイトと芝生が選べ、バイクはエンジン停止なら入場出来る。
最低限の設備しかないが、バイク1台人間1人ならばこんなので充分、水道とトイレがあればいい。芝だからなおさらいい。温泉も歩ける距離にあるし申し分ない。
そして場所を選んで設営すれば

でかい岩手山が目の前に臨めるロケーション。今朝は残念な天候。
芝サイトのちょうどトイメンに同じ感じのバイクとスタイルのおにいちゃんがいたので洗顔ついでに話しかけてみる。
やはり北海道からの帰り道だそうだ。福島からの旅の途中だそうで、あの大雨のなかもテンパクにこだわって頑張って旅をしていたそうだ。ちょっと見習う部分があるかもしれない。私は甘え過ぎていたかも……でもね……大雨はイヤだよ、屋根がないと。
利用許可証を国際交流村の玄関わきに返却し、さぁ出発。・・・・とその前にオイルレベルを確認。やはり大喰らいだ、このエンジン。2度目の補充をする。15w-50という“カタイ”オイルを使用してもこれだから、標準の10w-40を使ってるともっと早く消費しそうでこわい。
東京を出発前に、オイルは携行するかどうか悩んだ。荷物が増えるのがイヤだし、でも壊れるのもイヤだし、イチイチバイク屋さん探すのもイヤだ。 でも、一応念のために1ℓほど持って来て正解だった。残り200cc程しか無い。
昨日燃料を入れておくの忘れてた事に気づき、一度大更まで降りる。これから八幡平を越えて田沢湖方面に向かうが、しばらくガソリンショップは無いだろう。だけどオイルは大喰らいだけどガソリンはそれほど喰わないジェベル君なら行けそうな気もする。多分結果大丈夫なんだが、保険として町まで降りる。
再び同じ道を戻って来て、いかにもな名称の「パノラマライン」を走ってみる

こりゃ〜気持ちいい!! 交通量もほとんどゼロに近い。でも霞がかって“パノラマ”を満喫は出来ず。
さほど長くはないがオススメ爽快ロードである。が、そもそも焼走りと東八幡平を結ぶこんな立派な道路って要らなくないか?
今年の正月に四苦八苦した八幡平ロイヤルホテル脇を通り、この先どうするか悩む。
松川温泉経由で登るツーリングマップで言うところの「大自然の中を豪快に」「存分に楽しめるワインディングルート」か、もしくは「スリル満点のコーナー」「八幡平の自然を満喫」の八幡平スキー場コースに別れる。
悩む事2〜3秒、「スリル満点」コースにする。 実は見てみて見たいものが2つあるから。
「スリル満点のコーナー連続」と数カ所のスノーシェードをくぐると、ある場所に着く。冬には何度と無く訪れた事がある場所なんだが、いつも気になってた。

東洋一の硫黄鉱山と言われた「松尾鉱山跡地」

今ではただの廃墟群だが、かつては人口13500人余の鉱山町が形成されていたと思うと不思議でならない。
標高900メートル前後の無人の山間に開かれた大鉱山は、必然的に鉱山町の形成を伴った。鉱山地域の人口は1920年に1132人、1935年(昭和10年)に4145人、1940年(昭和15年)に8152人、最盛期の1960年(昭和35年)には1万3594人に達した[4]。太平洋戦争中には1940年から朝鮮人労働者が投入された[5]。
戦後は労働者の確保を図るために家族も含めた福利厚生施設の充実は急務とされた。このため公団住宅が一般化する前から、水洗トイレ・セントラルヒーティング完備の鉄筋コンクリートによる集合住宅や小・中学校、病院、活躍している芸能人を招いて公演を催す会館など、当時の日本における最先端の施設を備えた近代的な都市が形成され、「雲上の楽園」とも呼ばれた。閉山後、木造の建物は焼却され、鉄筋コンクリートの建物だけが残された。
Wikipediaより抜粋
冬の自然環境厳しいそんな雲上の楽園もこれか……


硫黄の中和施設は今でも稼働中。この周りにはイロイロな危険が潜んでいるようで、立ち入り禁止である。
ただ廃墟群にしか見えないので小串鉱山跡ほどのインパクトはなかった。
なんだかまた鉱山跡地に来てしまった。
続いてすぐお隣の閉鎖してしまったスキー場を見てみた。
あれ………


旧八幡平観光ホテル(八幡平ロッヂ)とみどりの湯が全くの更地。
あれま。
八幡平スキー場が経営破綻による閉鎖と同時に?閉館したのは知っていたが、なんだか何も無くなるのは残念で仕方が無い。思い出の記憶が一つ消え去ったようだ。
過去にはこんな感じであった


そして、奥の赤い屋根のユースホステルは、スキー場の閉鎖でも何とか夏だけ継続していたが、先の震災で破損箇所がたくさん見つかり、営業の目処が立たなくなり7月に閉館が決まったそうだ。
さらにこのスキー場はどうなった?である。
未舗装路にめっぽう強いコイツと見に行って見る

搬器の残骸がまるで珊瑚礁の様に絡まり、なぜかリフト支柱が撤去されたのにロープが残るという不思議な景色。
振り向けば

私のウエアの尻の部分を焼いたあの昭和食堂が解体中。
八幡平スキー場周辺は、松尾鉱山も含めて一帯が廃墟と成ってしまうようである。
残るは道路脇のきれいなトイレだけだ。
気がつけば、私はこんな廃墟ばかり見て回ってる。 昭和遺産好き、乗り物好き、ダム好き、どうやら廃墟も好きなようである。
この先は冬期通行止めだったので初めての通行。標高を上げると、何となく茶臼岳など冬に見た景色とリンクするところがある。こんなのが結構楽しかったりする

天候は残念であるが、多分スゴく景色の良いところだと思う。
………ってか 寒い。
見返り峠付近の茶屋を通り過ぎると再び

秋田県
“元”有料道路だけあって、走りやすく爽快なツーリングルート。なんとなく志賀草津道路に似ている。
そんな道の秋田県側をバスの後ろに張り付いてのんびり下る
旅人はここ押っぺしてこのブログを応援してください











このホテルでの宴会で、お酒を覚えた気がします!
勿論、オーナーがパンツを焦がした事も鮮明に覚えてます(笑)
八幡平観光ホテルの宴会も数々のドラマがありましたね。