Scramble

そんな事があって、さすがにベッドにもつれ込む余裕は無く、少し早めに未沙の部屋を出た。
泊り込んで周りに下手なこと言われたら、また総司令の怒りは増すばかりだろう。
地球にいる時は「仲良くやってる」とだけ聞いていて、未沙がちょくちょく輝の家に泊まりに来ていた事をグローバルは知らない。
嫁入り前の娘にあーんな事やこーんな事をしていたなんて知れたら…ああ、恐ろしい。
自室に戻っても動物園のゴリラのごとく、あっちにうろうろこっちにうろうろと腕を組み、そわそわするのであった。
「う～ん。なんて言えばいいんだ？」
「えっと…誤解があって泣かせてしまいましたが、俺には未沙しかいません」
「って、なんか違うような気がするし…」
「カラダ目当てで求婚したというような誤解が生じて…って、余計怒られるな…」
「娘さんを僕にください！」
「…いや、実の娘じゃないしなぁ」
腕を組み、ぶつぶつと総司令への言い訳を考えながら落ち着かない夜を過ごした。

一夜明け、いつものように士官室へと出勤するも、まだぶつぶつと考え込んでいてイワンとビアージョが訓練のスケジュールを報告していても何も聞いていないようだった。
「隊長どうしたんだろ？」
廊下に出たビアージョがイワンに問いかけた。
「プロポーズの言葉でも考えてんじゃね？」
「え？！じゃあ、艦長と仲直りしたのか？！」
「ああ、オペレーターの子が一昨日の晩に艦長が戻って来たって言ってたし、昨日は隊長、なんだかデレデレした顔で訓練に来てただろ？」
「イワン、お前…」
ビアージョはじと目になってイワンを睨んだ。
「ん？」
「食ったな？」
「据え膳食わぬは男の恥でしょーが」
イワンは胸を張って堂々と言い切った。

そして戻って来たのは未沙だけではなく、ルーシーの元気も戻って来た。
「えへへへ！やっぱり隊長は笑顔が一番ステキですよねっ！ねっ！」
「……そーね」
実戦訓練で２度もルーシーにロックオンされた雅持は落ち込み気味である。
ルーシーのそれを「単純」と人は言う。

夕刻になって一機のシャトルがアポロに到着した。
グローバルを乗せた軍用シャトルだ。
アポロ在中のお偉方達の挨拶も程ほどに、輝の士官室へずんずんと足を運んで行く。
そんな事は露知らず、輝はビアージョと中隊長達６名の飛行訓練から帰ってきた。
「よーし！各員機体チェックした後、報告書提出！それから解散だ！いいな！」
６名の内４名はへばっていてまともに返事が出来ずにいる。
「３時間飛んだくらいでなんだその様は！」
輝が一喝するとビアージョがフォローを入れに寄ってきた。
「隊長の３時間と奴らの３時間じゃ密度が違うんですよ」
「情けないなぁ。最近の若い奴らは」
じゃあもうすぐ２３になる俺はジジイか？と、輝に突っ込みを入れたくなった。
『そういえば…』
艦長は２２になったばかりだという事に気が付く。
『その影響かな…隊長が時々年寄りくさい事言うの…』
多少なりそれはあるだろうが、自分の乗る艦の艦長を年寄り扱いする失礼さは「この上司にこの部下あり」という所だろうか。
自分の機体もチェックを終え、各員の報告書を受け取ると輝はビアージョと一緒に士官室へと戻った。
「レフは横の動きに甘いようだな」
「そうですね。ガウォークへのチェンジも遅れる時がありますし、後で扱いてやらないとダメですね」
「その時は声を掛けてくれ。俺も付き合うよ」
溜息まじりに輝が言った。
「しっかりさせておかないと余計許して貰えなくなりそうだからな…」
ぼそっとこぼしたその言葉の意味は、ビアージョにはわからない。
「…？わかりました、では私も今日はこれで失礼します」
「ああ、お疲れ様」
ビアージョは士官室を出て食堂へ向かう。その途中、前から髭を生やしたおっさんが歩いて来た。
『見掛けないおっさんだな』
新しく来たアポロの士官か何かかな？とぼんやり思っていた。
『…？！って、総司令？！』
あと数メートルと言う所でようやっと軍のトップであるグローバルの顔を思い出し、急いで敬礼を掲げる。
『何で総司令がここにいんだよっ？！』
グローバルはビアージョにも気づかず、通り過ぎ、そして輝の士官室のドアをノックする。


次回「Get set」へと続きます