やっさんのぶろぐ(映画、趣味、日記など)

個人日記、忘備録、反朝鮮人、島国に引っ越しました。

あぶない地方の公立大学の特長

2017-06-28 08:29:41 | Weblog
危ない田舎のくそ大学に勤務してしまい、防衛研究をする教員は学長以下、文科省天下り危機管理教員(博士、修士なしの特任教授)の監視下にさらされることになった(危機管理教員が文科省の天下りで文科省の幹部で天下った教員リストとして新聞に載せられるくらいなので「おまえが一番の危機なんだよ」と言いたくなる。ところで文科省の天下り問題は新聞は全く載せなくなったが内部で朝日新聞と文科省の密約か取引があったのであろうか)

私は過去に防衛研究を申請した本大学で唯一の教員で第1の監視下にあることが予測される。たぶんメール等を全て大学は閲覧していると考える。危ない大学の特長としては教員のなかにスパイを配置していることである。また学生に対してもインタビューと称して教員の動きを逐次監視して学科長はそれを危機管理教員に報告している。まるで共産党国家の軍隊の政治将校である。このような危ない大学の特長としてターゲットとしてこの体制を脅かしかねない教員は徹底した監視下におかれ、あらゆる手段を用いてその教員の弱点や攻撃場所をみつけようと必死になる。研究業績がほとんどないのに学科長や管理的な仕事に就いている人はほとんどスパイとして生きてきた人達である。

たまに来客があるとスパイや学科長が来客を見る目はスパイそのものでぞっとさせられる。

もう少し早く解っていれば私も対処できたが、正直今回の防衛研究禁止の際の大学の管理者の動きを見るまでは気付いていなかった。これらの大学の特長として教員が大学に出勤している間は静かにしていて、教員が出張したすきをねらって攻撃や監視を強める。したがって出張時は特に注意が必要である。自分達も力関係で平の教員が結束してたてついてこないか必死である。

このような大学に奉公してしまった限りはひたすらスパイの監視下から逃れてにこにこして自分は危険人物ではないフリをするか、他大学で仕事をさがすしか2つしかない。
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5年ぶりの防衛大学校訪問

2017-06-11 14:40:20 | Weblog
防衛大学校のある先生に会いに5年ぶりに大学研究室を訪問した。お世話になった先生は授業が終わったばかりでクーラーの効かない部屋の中でネクタイとスーツ姿で仕事をしておられた。やはり防衛大学校の教官は他の国公立大学とはその姿勢や物腰が全く異なることを実感した。幸いにも私もネクタイとスーツを着ていたが、普段は半袖で作業員のような格好で授業や仕事をしている。クールビズもよいが余りにだらしのない格好は大学でも受け入れないように思う。このような大学で研究ができる学生達は幸せであると思った。初心に返り一学徒として学びの姿勢を忘れたときが研究者としての終わりの時である。
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日本学術会議 大学での軍事研究禁止の矛盾

2017-06-11 13:32:10 | Weblog
日本学術会議での大学での軍事研究禁止を3月に発表「新声明案は、防衛と民生の両方に応用可能な技術を研究する大学などの研究機関に、防衛省が研究費を公募助成する制度について、同省が研究の進捗(しんちょく)を管理することで政府の介入が強まる懸念があり、問題が多い」との内容である。

政府の介入が強まるという文言には抵抗がある。すなわち政府は国民の代表である議員の所属する政党の党首がなるので、政府の介入はすなわち大多数国民の意見である。この理屈が通のであれば防衛省も政府の介入すなわちシビリアンコントロールも不要といっていることと同じである。

大学も文科省からの運営費交付金や省庁の外部資金により教員の給料や大学設備費が支払われており、政府すなわち文部科学大臣のもとで政府の介入を受け入れているはずではないのか?なぜ防衛省に対してだけ政府の介入となるのか矛盾している。文科省やJSTの外部資金の多くは科研費を除いて全て政府の介入に基づき文科省が発展が必要な分野を決めて公募している。これに応募することは政府の介入になるのではないのか。

そもそも国家の税金で大学が運営されている以上、政府、文科省の介入があるのは当然であるのでそれができないのであれば国家の税金を一円も受け入れず、完全な私立として運営すべきである。

日本学術会議の言葉には「政府の介入」が悪いことであるという意味を含んでいる。日本の軍事力を高めるために行う研究がなぜ悪いことなのかも不明である。それとも日本学術会議は中国や北朝鮮のの軍事力を高めるための大学研究であれば認めるのであろうか。むしろ中国や北朝鮮の軍事力強化に加担する日本の大学の研究を制限すべきなのではないかと考える。

戦前大学の研究者が政府の意向で軍事研究をしたがそれは日本が勝つために良い事であったはずである。日本学術会議の述べる「日本が勝つために行った大学の軍事研究がわるいこと」であるという前提自体が間違っている。

日本学術会議は日本人からの見方ではなく敵国からの目線で大学の軍事研究を見ており、これはすなわちGHQの意図に従った考え方であると推測する。戦前の日本を全て否定するGHQ史観に基づき日本学術会議は意志決定がなされている。これは日本学術会議だけでなく他の多くの民間団体やキリスト教会も同様である。

戦前本当に大学の研究が軍事に役立ったのかも疑問である。MITの研究により進んだアメリカより高性能のレーダ開発や原子力爆弾を日本の大学が開発できたのであれば大口とたたいてもよいがそのような高度の研究を戦前の日本は行っていなかった。すなわち何の役にも立たない軍事研究しかしてこなかった大学が戦後も軍事研究をしないと言ってもそこまで言うのであれば役に立つような研究を日本の大学がやってからいって欲しいと考える。

http://www.sankei.com/life/news/170307/lif1703070038-n1.html
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文科省が田舎に大学を建てる理由

2017-06-11 07:16:11 | Weblog
文科省は地域活性化と称して地方に多くの私立大学設立を許可し、少子化の現在でも全国で大学が毎年増えている。また私立から公立にするのが文科省が積極的に行ってきた政策である。

少子化なのになぜ大学が増える必要があるのか?また産業がない地方に大学を作っても学生はその地域に就職できるはずもなく、都市部に就職する。大学が地域と共同研究を使用としても元来産業がない地域で大学と共同研究できるレベルの企業もない。要するに地方活性化と称して私立や公立に文科省の天下りを出したいだけなのではないか。少子化で大学が増えれば当然低レベルの大学の学生の質は低下する。ゆとり教育と大学乱立で大卒という意味も今後は変えて行かないとだめであろう。中学校の数学や理科ができないで工学部卒業は何の意味もない。

マスコミは文科省の天下りを思い出したように言い始めたが、現在ではその張本人の前川前文科省事務次官を擁護している。

朝日新聞は本来追求すべき文科省の天下りや乱立する大学をとめるためにはどうしたらよいかを提示すべきではないか?現在の増え方で大学が乱立すればそれに要する費用は私立であろうが公立であろうが国税支出増加である。全ての大学無償化などできるはずもなく、そのような費用は税金の無駄である。
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田舎のくそ大学から軍事研究禁止と教員監視の連絡

2017-06-08 08:37:12 | Weblog
ある田舎のくそ大学から学長と研究部長のお達しにより軍事研究禁止が連絡されてきた。その中には次の文言があった。
まるで中核派や革マル派のリーダが内部で自分達のいうことを聞かない人間がいないか監視してその結果リンチ殺人したりするようなモチベーションである。学長も取り巻きも65歳前後で左翼活動家がまわりに多数いた時代である。「監視」するという言葉を何の躊躇もなく教員に配布する学長の頭を疑う。多少紳士的な感じがしていたが彼等の行動で見方が一変した。

100歩譲って「防衛省の研究公募への応募を禁止する」は理解できる。しかし憲法第23条で認められた「大学の学問の自由」を無視してこのような中核派のリーダーのような気分で文章を大学に流す人間達の頭を疑う。この大学はくそ大学であることがわかった。この大学で防衛省の公募へ応募したが応募締め切り前日にいったん決裁された書類を学長がよこやりをいれて破棄させられた。それで次の文章である。この大学では監視するのが学長や文科省天下り研究部長の仕事と思って居るようで、とくのこの研究部長は教員の揚げ足をとってそこをつくことで自分が評価されると思って居る役人である。文科省の役人の中でもくそ官僚を大学の要職に天下りさせるのもいい加減文科省も責任をとったらどうか?教員を監視する前に自分達の天下り規制や大学の研究レベル低下をどうするかを考えるべきなのではないのか?少なくともくそ大学の研究者の中で軍事に役立つほどのレベルの高い研究をやっている教員は一人もいない。むしろ「いい加減レベルの専門学校の先生のような研究をやっている教員を監視」すべきではないのか?

また学術会議では日本の国防に関する研究を禁止すると述べているが、北朝鮮を利するような研究をしてきた教員や国家公安委員会から出頭させられるような教員の研究規制には何も述べていない。

「科学研究を推進したうえで、その展開途上で、軍事研究へ向かう兆しが見えたときには、その方向の
研究を止めるべく、監視する。」
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女性宮家の創設に自民党が譲歩結果 反天皇制勢力の復活

2017-06-04 12:45:36 | Weblog
自民党の女性宮家創設に譲歩したとたんそれに応じるかのように反天皇勢力がデモを始めだした。そのうちデモの先頭に民進党のレンホウがでてくるのではないかと考える。二重国籍者にとって天皇制はどうでもよくむしろ無くなったほうが良いであろう。天皇制反対=日本死ね=民進党=共産党

韓国の慰安婦問題でも自民党が社会党に譲歩した結果が現在の状況である。自分達の権力を維持するために反日や反天皇を政党とは安易に妥協して欲しくなかった。女性宮家創出の議論と共に日本人にとっての天皇制は不要と考える勢力が強くなり、あと100年後には天皇の子孫がたくさんいても天皇制は滅びるであろうことは容易に予測できる。その時だれも生きてはいないので自民党、国民だれもそれを真剣には考えない。民進党や共産党の主張するような天皇制の最終的な廃止をとめることはできないようである。そのうち女性宮家と結婚し反日勢力や共産党(民進党は既に無くなっているであろう)と手を組んで自分が天皇になると言い出す男も出てくるであろう。私も日本人でいる必要もなくなった。

GHQの意図したように日本人が日本人の手で天皇制を廃止する100年殺しか完成する。

http://www.sankei.com/affairs/news/170603/afr1706030016-n1.html
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北朝鮮に対する包囲網 "Go Ahead. Make my day.”

2017-06-03 18:15:40 | Weblog
中国とロシアを含む全会一致で安全保障理事会での制裁が成立した。後はもっと北朝鮮を締め付けて敵に一手を出させるのを待つのみとなった。いっそのこと韓国も北朝鮮と合併して北朝鮮の手下になってくれればやりやすい。日本がABCD包囲網で真珠湾攻撃に出たように北朝鮮も滅亡への一歩を歩み出した。金の知能レベルは知らないが自分が死ぬことは好まないので口先以外何もできない。やったら自分も死ぬし北朝鮮全土が全て焼かれる。北朝鮮の核ミサイルがアメリカにとどくようになった時が金の最後である。朝鮮戦争の時と今とでは戦力は格段に違うし、朝鮮戦争の時は北朝鮮は核兵器をもっていなかった。現在とは大きく状況が異なる。クイントイーストウッドの西部劇でGo Ahead. make my day. 先に撃て。後は俺の日にしてやる。北朝鮮が核弾頭をミサイルに搭載できようができまいがアメリカにとっては何の関係もなく、北朝鮮の核を理由にいつでも北朝鮮を攻撃できるという事実だけが存在する。
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学術振興会主催での研究者の集まり

2017-05-31 17:09:40 | Weblog
学術振興会ある研究に関する検討で東京に集められた。その際には各分科会が複数設置され私は1つの分科会で議論を行った。その際には京大の副学長や東大、京大などその分野で権威と言われる人6人がが集められていた。各研究者はそれぞれ詳細に研究内容を調べており私自身反省すべき点が数多くあったことを認識させられた。今まで日本の大学でいい加減な研究者しか周りにいなかったので自分もいつの間にかいい加減なことをしていたことに気付かされた。日本にはまだまだすばらしい研究者が存在しており、彼等は日々研究に多くの時間を費やしている。私自身一学徒として初心に戻ろうと思った。
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天皇制終わりの始まり。「日本死ね」を大きく宣伝するような民進党や共産党が主張する女性宮家

2017-05-31 08:24:33 | Weblog
日本が滅びればよいと考えている民進党や共産党が主張する女性宮家の創設に自民党が譲歩した。天皇制度終わりの始まりであり、新しい天皇制と言えば聞こえは良いが、その後に行く着くところは日本の伝統の破壊、天皇制度廃止である。天皇制廃止を訴える政党ほど女性宮家に熱心であることからもかれらの意図がわかる。

社会党の村山党首が首相になったときは自衛官でいることに疑問を持ったが、現在は私が日本人であることにも疑問を持っている。この国家は本当に民進党がいう「日本死ね」の通りになろうとしている。

http://www.sankei.com/column/news/170531/clm1705310002-n1.html
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通学路の暴走自動車

2017-05-28 08:59:55 | Weblog
小中学校前の細い通学路をクラクションを鳴らしながら暴走する車の運転手が殺人未遂で逮捕された。彼等は動画を投稿しなければ逮捕もされなかったはずである。四国や中国地方ではこのような暴走自動車を毎日見ているが逮捕されないし、クラクションもならさない。このような日常的な暴走行為はこの20年で非常に多くなったように思う。たぶん自動車教習所での指導が甘くなっているのではないかと推測する。アメリカでは人が歩く道と車が通る道が明確に分かれているのでこのようなことは希である。日本人は譲り合いもなく車だけでなく人と人同士でもぶつかるように突っ込んでくる。譲り合いの精神が日本に現れるとはとても思えない。中国よりましな程度ではないのかと思うし、暴走運転者を逮捕する前に道徳教育や自動車運転教育を徹底することが必要では無いか?

http://www.asahi.com/articles/ASK5V3DV5K5VPTIL007.html
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