大神様が神々様を引き連れて、大宇宙にお出かけになられます際に、直接地球との交信をされますお方が必要でありましたので、大神様のお嬢様であられます比売大神(ひめのおおかみ)様には、大神様との交信をされるお役目をお与えになられました。
比売大神様は、お役目として、宇佐の地より、大神様にお伺いお尋ねし、ご祈願をなさられておられました。
古の神示が、多く宇佐より成された意味もお分かりでしょう。
道鏡事件の際、和気清麻呂公が受けられましたご神託、
『わが国家は開闢より以来君臣定まれり。臣をもって君となすこと、未だこれあらざるなり。天つ日嗣は必ず皇緒を立てよ。無道の人はよろしく早く掃い除くべし』
は、よく知られたお話です。
また、比売大神様に御子様を授けられ、八幡大神(やはたのおおかみ)様と申し上げ、霊の元つ国をはじめ地球をお守らせになられました。
八幡大神様は、手向山八幡に移座され、都が平城から平安に遷ると、再び男山(石清水八幡宮)に移座され、国家鎮護のお役目もなさられておられるのです。
大分県の宇佐神宮の「宇佐」とは、宇宙の神様を補佐する役目という意味で、「宇佐」と称させられたのです。
宇佐(八幡)神宮は、全国4万あまりの八幡宮の総本山であり、一の殿、二の殿、三の殿とありますが、それぞれ切妻造りの屋根が二つ造りになっています。
何故、前後二つの御社があるのでしょうか。
現在、宇佐神宮の御祭神は、一の殿は八幡大神(はちまんおおかみ)として応神天皇様のご神霊とし、二の殿は比売大神として多岐津姫様、市杵島姫様、多紀理姫様の宗像三比売様とし、三の殿は応仁天皇様の母・神功皇后(息長帯姫)様とされております。
正しくは次の通りです。
一の殿、二の殿、三の殿の前の御社にも、後の御社にも、それぞれ御祭神が御鎮座なさられております。
前の御社の正しい御祭神は、
一の殿は応神天皇様です。
二の殿は応仁天皇様の奥様であられます、高木之入日売(たかきのいりひめ)様、中日売(なかつひめ)様、弟日売(おとひめ)様です。
三の殿は神功皇后様です。
それでは、後の御社に御鎮座なさられます神様は何と仰られるのでしょうか。
一の殿の御祭神は、神漏岐大神(かむろぎのおおかみ)様・神漏美大神(かむろみのおおかみ)様であられます。
二の殿の御祭神は、比売大神(ひめのおおかみ)様であられます。
三の殿の御祭神は、八幡大神(やはたのおおかみ)様であられます。
大神様はじめ神々様が大宇宙にお出かけになられましたので、比売大神様と八幡大神様をお残しになられたのです。
またこのことを秘しておかれましたので、前後二つ屋根造りとなっていることが分からなかったと言えます。
比売大神様も八幡大神様も、大神様の御鎮座なさられます場所として、古より前後二つ屋根造りとなして、神々様のご帰還を心より待ち望んでおられたのです。
石清水八幡宮や伊豫の国・湯月八幡宮も、同じ八幡造りになっております。
しかし、このような八幡造りを成していない全国の八幡神社も、
現在は、それぞれの殿に、同じように正しい御祭神が御鎮座なさられておりますので、神漏岐大神様・神漏美大神様、比売大神様、八幡大神様も共におられるものと思って、心して御社前に立たせて頂きたいものと思います。











私も、宇佐八幡神宮には特別の思い入れがあります。私が、神社に特別の関心を持つ切っ掛けとなったのは、小泉政権下の女系天皇容認論議からでした。
郵政解散選挙で大勝した直後、何かのブログで初めて『有識者会議』なるものを知り、そこで父親を天皇に持たない天皇(女系天皇)を容認する動きがある事を初めて知りました。
只、知識足らずの私は、そして子供の頃から盲目的に皇太子を仰ぎ見て生きて来た私は、次の次は普通に愛子様が女帝になられるのであろうなと考えていました。
天皇の系図(皇統)から、女帝が産んだ子供が天皇になっていない事は知っていたのですが、皇統が男系で統一されていると意識した事も又無かったです。しかし、改めて男系主義天皇制の重要性を認識し、私も必死になってネット活動をした記憶があります。
当時2chネラが懸命に、女系天皇の有り得無さを説いていました。がしかし、今から思い返してもあの時の女系天皇容認論議は、先ず愛子様ありきであったとな考えられます。
主に自民党議員で構成された『男系主義を推進する会(正式名忘れました)』には、平沼赳夫、城内実、古屋圭二、藤井隆夫等‥、郵政造反議員で占められていました。
小泉に謀られた。心底思ったものです。
靖国参拝至上原理主義者の私は今も、小泉純一郎の信奉者ではありますが、それは6割。残りの4割は、女系天皇容認推者の逆賊小泉純一郎許すまじと今も思っています。
ネットによる、女系天皇容認皇室典範改正案反対活動を通じて、天皇と神社信仰の関係の深さを知り、若い頃から大好きで良く通っていた伊勢神宮と天皇とも、私の中で結び付いて行きました。勿論、伊勢神宮の御祭神が天皇家の祖先、天照大神であらせられる事も、陛下が神社信仰の祭祀長であらせられる事も知っていた私でしたが、それまでは別個に捉えていました。
小泉が、時の自民党幹事長武部勤に対して、女系天皇容認皇室典範改正案党議拘束を掛ける旨を、下命した瞬間の衝撃を今も忘れる事が出来ません。
日本史史上、初めての事が起こる。
その頃には、皇太子妃雅子が創価でる事も、小和田恒の父親(祖父だったかしら?)が朝鮮人である事も知っていた私は、恐怖で足がすくみました。自分が死ぬ頃には、朝鮮人の血を引く天皇が現れるのか?と。
党議拘束が掛けられた直後、控えめながら反対の意を示したのが、今は亡き中川昭一。その又直後、秋篠宮紀子様の御懐妊が報じられ、女系天皇論議は一気に終息しました。
紀子様が、体と命を張って日本を救って下さいました。
帝王切開でお生まれになった、悠仁親王殿下。お生まれ時は、秋篠宮様の御意思で決められた筈でした。
9月6日。
この日は、皇位簒奪と言う道鏡の野望に逆らい、九州へと流罪になっていた和気清麻呂を、「あの」桓武天皇が名誉回復を為された日だそうです(但し、旧暦)。
悠仁様がお生まれになった日、歓びに湧く2chスレッドの中で、2chネラの一人が教えてくれました。ちょっとした豆知識です。
何処の神社の境内を見ても、ゴミ一つ落ちていない事に気が付いた時から、一気に神社そのものに関心を持つ様になりました。当時は、その神社に誰がお祭りされているかは、余り関心が無かったです。
神社は神社。それは、伊勢神宮であろうと、人気(ひとけ)の無い山間(やまあい)にひっそり建つ無人の神社であろうと何ら変わらない。その思いは、今もあります。
しかし、神社によっては鳥居を潜る瞬間、或いは一定距離本殿に近付いた瞬間、背筋がゾクゾクっとしたりする事に気が付きました。神社名を見ると大抵、八幡神社です。
御祭神は誰だろう?と確かめると、ヤマトタケルの孫で、仁徳天皇の父親の「あの」応神天皇でした。自分が持っていた日本史の知識と神社が結び付いた瞬間でした。
私にとっては、八幡神社は特別な存在です。只の錯覚か気休めなのかも知れませんが、本殿に向かう間の緊張感や、参拝を終えてくるっときびすを返した瞬間のさっぱり感は、他の神社と違う気がして仕方が無いです。
やっぱり、八幡神社はいいなぁ〜w。と、つい思ってしまいます。
いつか、宇佐八幡神宮に参拝に行って御朱印を頂きたい。それが私のささやかな夢の一つでもあります。
作禮而去。
コメントを有難うございました。
生良様は、いろいろな神社にお参りされ、ご祭神と感応されておられます。
どういうきっかけであろうと、まず実践することから始められていますから、段々とご自分の身に付いて行かれるのだと思います。
口でいくら言っても、これは体験されたお方でないとお分かりにならないことだと思われます。
お近くの八幡神社に、年中行事と共に、節目ごとに参拝されると良いと思います。
ご家族の誕生日、結婚記念日、厄年、受験、就職、ご結婚、病気等の折に、ご家族で正式参拝をされるのも良いでしょう。
御神殿の奥にありますお鏡に合わせ、真心を込めて素直な気持ちでご祈願をされますと、「相応の理」が働きます。
八幡神社には、大宇宙創造神であられます大神様がご鎮座なさられていますことを思いますと、日本に生まれるということは、本当に有難いことだと感じます。
その大神様の正しき霊統と血統を受け継いでおられますのが、現世の天皇家であられます。
本来は、人類は皆、神の子ですから、感謝の思いで、尊皇の気持ちで過ごさせて頂くのが基本です。
特に日本人は、世界の人にこのことをお伝えする使命を授かっているのですから、まず日本人が自ら目覚め、本来の魂を蘇らせることが大切だと思います。
森羅万象すべて、空気も太陽も水も風も大地も、大神様より与えられております人類が、この世で尊皇の精神で、大自然の法理に従って生かさせて頂くことが、本来の生き方であり、それが天の意でもあるのです。
何事も、思い立ったが吉日ですから、まず、自分で出来ることからはじめて見ること、継続してみることにより、自ら得られるものがあると思います。
日本人は、信心深いので、どこでも手を合わしますが、山間の祠など、よく管理されていないところは、動物霊等に憑かられてもいけませんので避けられた方が良いでしょう。
神主さんのおられる神社にお参りされることをお勧めいたします。
八幡神社だけでなく、それぞれのお方に御縁のある神社に参拝されると良いと思います。
誠に有難うございました。