【 日々の感謝 】

【日々の感謝】 それは当たり前のことだと思っている、日常生活の中に生まれるもの

『わが子であっても、親のものではない 神の授け者じゃ』

2012年02月23日 | 人生・生活

人は皆、神の子」ですから、大人や子供の区別なく、皆、神様の子です。

ですから、どなたのお子さんであっても、すべて神様の子なのです。

神様の御子なればこそ、神様のお手配が入ります

 

 

人は、わが子と言っても、それぞれの御霊を頂き、それぞれの役目を頂いています」ので、自分の子供であっても、自分のものとして扱ってはなりません

 

やはり、「神様からの授け者であり、お預かりしている大切な子供である」という認識を持つことです。

 

その神様の子として、大いなる愛情に包み、神様の意に添っているかどうかという思いを強く持ち子供を如何に育てるべきかと、日々を過ごすことが大事です。

 

 

神様の子に対して、親が自分の意のままに当たっていたのでは、異なります

 

毎日のことですから、お子さんのことで苛立つ事とか、心乱れることもあるかもしれません。

 

しかし、お母さんというのは、お子さんと違うところを一つ一つ捉えて、「何でまたやったの」と言って責めるのではなくて、むしろ大きく温かく包み、慈しんで育んでいってあげるものです。

 

 

自分の心の中に、神様の子としてのものを育てるだけの広く温かいものを目覚めさせることが、お母さんの役目ではないでしょうか。

 

(参照:藤原大士著作等)

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「藤原大士の一日一言」 タイトル一覧 1059話〜1089話

2012年02月22日 | タイトル一覧

2012131 ()  藤原大士の一日一言 1089話 高画質のテレビと、低レベルの番組

 

2012130 ()  藤原大士の一日一言 1088話 三種の神器

2012129 ()  藤原大士の一日一言 1087末端の冷え、体幹部の冷え

2012128 ()  藤原大士の一日一言 1086話 正しい日本語、友の会

2012127 ()  藤原大士の一日一言 1085話 人の値打ち、人類の真価

2012126 ()  藤原大士の一日一言 1084話 発展的な言葉を習慣に

2012125 ()  藤原大士の一日一言 1083話 消費税と春闘に一言

2012124 ()  藤原大士の一日一言 1082話 積み上げの工夫

2012123 ()  藤原大士の一日一言 1081話 一年、一年の積み上げに、力を得るには

2012122 ()  藤原大士の一日一言 1080話 のの字健康法

2012121 ()  藤原大士の一日一言 1079話 腹をくくって、乗り越えられること

2012120()  藤原大士の一日一言 1078話 不屈の精神で進む 

2012119 ()  藤原大士の一日一言 1077話 知識も消化し、栄養に

2012118 ()  藤原大士の一日一言 1076話 日本の強みと労働力

2012117 ()  藤原大士の一日一言 1075話 阪神大震災に思う

2012116 ()  藤原大士の一日一言 1074話 たくさんの知識を得た人よりも

2012115 ()  藤原大士の一日一言 1073話 半月ごとの見直し

2012114 ()  藤原大士の一日一言 1072話 天命の絞り込み

2012113 ()  藤原大士の一日一言 1071話 天命を知ること、果たすこと

2012112 ()  藤原大士の一日一言 1070話 本当に求めていることは 

2012111 ()  藤原大士の一日一言 1069話 コックピットの思想

2012110 ()  藤原大士の一日一言 1068話 小さな情報と、大きな影響

20121 9 ()  藤原大士の一日一言 1067話 気づきが、人生を変える

20121 8 ()  藤原大士の一日一言 1066話 自分を見つめ、育てる 

20121 7 ()  藤原大士の一日一言 1065話 七草がゆで、春の息吹を

20121 6 ()  藤原大士の一日一言 1064話 働けることに感謝

20121 5 ()  藤原大士の一日一言 1063話 およそ人と生まれなば・・ 

20121 4 ()  藤原大士の一日一言 1062話 自分自身に、喝を入れよう 

20121 3 ()  藤原大士の一日一言 1061話 三が日の教え 

20121 2 ()  藤原大士の一日一言 1060話 日本人としての復活

20121 1 ()  藤原大士の一日一言 1059話 初夢

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「神道へのいざないブログ」 タイトル一覧 第1話〜第25話

2012年02月21日 | タイトル一覧

2011926 () 第25話 鵜葺屋葺不合命(うがやふきあえずのみこと)様

2011919 () 第24話 山幸彦と海幸彦の話 その2

2011912 () 第23話 海幸彦、山幸彦の話

20119 5 () 第22話 人はなぜ生まれ、どう生きるべきか

2011829 () 第21話 世の中のお役に立てる人になれ

2011822 () 第20話 天命について

2011815 () 第19話 神の子、人

20118 8 () 第18話 本来の神様と人が祀りあげた神様

20118 1 () 第17話 田の神様、畑の神様のお話

 

2011725 () 第16話 山を削って、家を建てるのは大丈夫?

2011718 () 第15話 継ぎ足し二階が、なぜダメか

2011711 () 第14話 家を建て替えると、一家の主が倒れる?

20117 4 () 第13話 「敷居は踏むな」の意味、知っていましたか?

2011627 () 第12話 天命を知る年は、十五才

2011620 () 第11話 伝統には、深い意味がある

 

2011613 () 第10話 正式参拝とは
2011
6 6 () 第9話 神社参拝の仕方 その3 お賽銭と柏手
2011
530 () 第8話 神社参拝の仕方 その2 手水舎の使い方
2011523 () 第7話 神社参拝の仕方 その1

2011516 () 第6話 氏神様と産土神様の違い
2011
5 9 () 第5話 どの神社にお参りしたらよいのですか?
2011
5 2 () 第4話 神社とは  では神社とはどういうところでしょうか?

2011425 () 第3話 神社に、もっとお参りを

2011418 () 第2話 神様は、どこにいらっしゃるの?
2011
4
11 () 第1話 あなたにとって神様とは
2011
4 4 ()  ご挨拶 

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大神様からのお伝えと、日本人の役目

2012年02月19日 | 日本人

世界の現状を憂えて、何をなすべきかという時に、日本人にも責任の一端があるのではないかと思います。

 

日本人としての役目である、「神様からのお伝えを受け取り、それを世界に人々にお知らせする」という使命を果たしていれば、もっと違った展開になっていたかもしれません。

 

 

戦後、日本のものは全部駄目で、外国のものの方がよいのだという過信がありました。

 

基本は、「日本民族に脈々と流れてきたものを受け継ぎながら、外国の良い所を取り入れて、次の日本文化に発展させるということ」を忘れていたように思います。

 

戦後、自由、平等の名の下に、好き勝手をしているように見えますが、言論の自由にも限界はあり絶対に変えてはならないもの、絶対に触ってはいけないものがあります。

 

創造主であられます神様のお造り賜りましたものについて、その本質や原理を変えてはならないのです

 

 

神様は、私達を生み、育んで育てて下さいました、いわば人類にとっての共通のに当たるわけです。

その親に対して、私達はどれだけのご恩を返し、親孝行をしているでしょうか

 

人が人として尊いのは、神の子としてです。

子がその親であられます神様を疎んじ、無礼の数々をしてきていることはそっくり現在の人の世に現象として現れてきています

 

 

子供として、自分の父母に対して、どれだけの敬愛の情を持って接しているでしょうか。

どれだけの孝養を尽くしているでしょうか

 

神様をないがしろにしているのと同じように自分の父母に対してもないがしろにしていないでしょうか

 

すべては写し鏡の如くに、現世(うつしよ)に現れています

 

(参照:藤原大士著作等)

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戦後の、日本の素晴らしい復興の真因は

2012年02月18日 | 社会・政治・経済

世界の歴史を見てみますと、戦争に負けたために領土がなくなり、民族がバラバラに散って行ったということもあるようです。

日本が先の戦争で敗れた時、同じようなことが起こっていたら、現在の日本はありません。

 

戦後の経済大国としての素晴らしい日本の復興ぶりは、外国の方々の注目を引き、その真因はどこにあるのかといろいろと研究がなされたようです。

 

そして、日本の縦社会としての家族制度祖先崇拝その奥にある祖神を通しての神への道、神道にあるのではないかということになりました。

 

しかし、外国でどんなに研究をしても、鳥居とお鏡のことしか分からないのです。

 

そこで、アメリカやフランスでは、中学生に、「古事記」の「国生み」から「神武天皇の即位」までを教えているそうです。(「世界に生きる日本の心」 名越二荒之助著 展転社より)

 

 

現在、日本では「古事記」等は小学生、中学生に国語の教科書でも、歴史の教科書でも教えていません。

「古事記」を習われた外国の方から尋ねられても、日本の子供達は答えられないのではないでしょうか。

 

本家本元の日本人が学び、身に付けていかなければ、良きものも伝承されません。

 

日本の歴史ですから、本来は教科書で教えるべきですが、現実にそれが出来ていないのなら、親が共に学び教えることが必要ではないかと思います。

 

複雑な世の中では、親こそ、子供を守っていかなければと思います。

 

(参照:藤原大士著作等)

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「大阪維新の会というけれど」 藤原大士の一日一言 1102話 

2012年02月17日 | 社会・政治・経済

藤原大士先生のブログ、藤原大士の一日一言より、「大阪維新の会というけれど」を転載させて頂きたいと存じます。


2012213 () 藤原大士の一日一言 1102話 大阪維新の会というけれど

現在の日本の政治家を見て、安心、満足している人は、ほとんどいないはずだ。

このままでは、日本はどうなるのだこんな事をしていたら、日本はダメになると危惧しておられるのではないだろうか

 

大阪で橋下市長が、大阪維新の会の塾長として、塾生を募集したところ、四百人の定員に三千人を越える人の応募があったとか。

その面々には、現職の国会議員や地方議員、官僚までもいたようだ。

 

しかし、現職議員など一部を除いて人を絞ることもなく、ほとんど全員受け入れるようだが、果たしてそれでよいのだろうか。

 

人は、一度に大勢集めれば、良い方向に動くよりも、澱んだ方向に動きやすい。

 

まずは、この国をどのようにするつもりなのか、その目標と内容をはっきりとし

核を作り、盤石なものにしてから、その周りに、広げていくことが大切なはずだ。

船頭多くして、船山に登ることのないように 願いたいものだ。

 

※【 日々の感謝 】ブログの関連記事 ※

 

2009年12月01日 神様は、政治家には特にお厳しい・3

2009年11月30日 神様は、政治家には特にお厳しい・2

2009年11月29日 神様は、政治家には特にお厳しい・1

2009年11月28日 「祭政一致」と「政教分離」

2009年11月27日  「祭政一致」が、本来の政治

2009年11月26日 『祭事を知らぬ者が政治(まつりごと)を行う故、世の中が狂う』

2009年11月25日 日本の民主主義は、神代の時代から

2009年09月12日 政(まつりごと)

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「一年の祈願 祈年祭」 神道へのいざないブログ 第44話

2012年02月16日 | 年中行事・儀式

藤原大士先生のブログ、神道へのいざないブログより、「一年の祈願 祈年祭」を転載させて頂きたいと存じます。

 

 

2012213 () 第44話 一年の祈願 祈年祭

 

神様に、一年のお願い事をするのは初詣の時と思っておられる方が多いと思いますが、お正月は新年のご挨拶に止めて、一年の大切なご祈願は、二月に祈年祭(きねんさい あるいは、としごいのみまつり)と言って、一年の大事な祈願をする時があります。

 

伊勢神宮では、二月十七日に祈年祭をなさいますので、一般の神社でもそれに習って十七日にすることが多いようです。

 

私の所では、二月二十日から、月末までの良い日を選んでとお伝えを頂きましたので、その間の日曜日に執り行うようにしています。

 

 

祈年祭は、11月の新嘗祭(一般には、勤労感謝の日)と対になっています。

つまりお願いをしたら、そのご報告と感謝を申し上げる事が、大切ですので、祈年祭に出席して祈願をしたら、新嘗祭にも出席することが前提になります。

 

 

この年一年どんななことを叶えたいのか、はっきりしましたでしょうか。そしてその為のご計画は出来ましたでしょうか。

 

神様に、何をお願いしたいのかがはっきりせず、「何でもいいから、最高に幸せになりますように」では、神様もお困りになるはずです。

 

 

幸せの感じ方は、人それぞれに異なり、神様が「この人にとって、これが最高の幸せ」ともし与えて下さったとしても、それが成就するためには、それだけの鍛えが必要なことが少なくありません
ですから、その気持ちになっていない方にとっては苦痛なだけと言うことにもなりかねません。


たとえばオリンピックの選手でも、それに出たいと思う人だから、一日の大半を厳しい練習にも耐えることが出来るのです。

ですから「自分は、何を成就したいのか」「そのための計画は、こう」ということが、絶対に必要なのです。

さらに「願いが叶った後、どうするのか」ということが、神様が願いを聞き届けて下さる大事な決め手になります。

 

たとえば「病気が治りますように」「命が助かりますように」と願い出たときに「では健康になったら、あなたは、何をするつもりか」と神様から問われているはずです。


そのお言葉は、直接聞くことが出来ないかとは思いますが、その時に「泥棒をします」「振り込め詐欺をして、お年寄りからごっそりとお金をだまし取ります」と答えたらどうでしょうか。

「今年こそ、結婚が出来ますように」「良い人に巡り会えますように」と願い出たときも、「どんな結婚生活を築きたいのか」と必ず問われています。


その時に「女なら(男なら)誰でもいい」「タダで使える召使い代わりに」と答えたとしたら、「そんなことなら、神の預かるところに非ず。もっと家族になる人を大切にする心になってから、参るがよい。」と即座にご返答頂いているはずです。

皆さんは、ご祈願したら成就するまで分からないと思っておられると思いますが、本当は「ご祈願と同時に、神様からはご返事が出られている」のです。

 

即座にも叶う」場合と、
これこれを成し遂げたら、叶うであろう」とご回答が出られる場合と、
その願いは叶えるわけには、まいらぬ」あるいは「そなたにそれは不向きだから、別の進路(あるいは仕事など)を考えよ」と断られてしまう場合などに分かれます。

 

神様にお願いしても、それは単なる気休めと思ったら大間違いです

本当に神様はいらっしゃり真剣に願い出て、それが神様のご意図に叶うことであれば、成就の為のお力を加えて頂けるのです。

 

祈年祭をご存知の方は、まだ少ないかもしれませんが、今月はそうした大事な一年の祈願が出来るみ祭があるのです。

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人は、猿から進化したのではない

2012年02月14日 | 大自然

いろいろな歴史教科書の中に、人類の進化として、はじめは猿であったところから北京原人のようになり、そこから段々と進化して現在の人になったと書かれています。

 

進化論で、人が猿から進化したとかということは、有り得ないことです。

猿は、人に似て非なるものです。

 

試しに、何万年でも遺言に遺言を重ねて、猿を飼ってみたらどうでしょうか。

人も猿も何千世紀を経ても、猿から人は生まれはしません
絶対に有り得ないことです。

 

人は神の子であり、神様と人とは親子で、その間に猿が存在することはありません

 

人は、本来、霊止(ひと)であり、神様の分け御霊をとどめおかれています。

 

現在、と言っているのは、男性と女性がお互いに助け合い、支え合って行くようにという意味からです。

 

 

猿は、多少の頭脳は与えられていますが、霊魂をとどめおかれてはいません

 

ですから、霊魂を持たない人は、猿と同じだということになるのでしょうか。

 

尊き御霊を持っている人類と、御霊を持たない動物とを同列に考えるものではありません。

人の本体は、霊魂なのです。

 

(参照:藤原大士著作等)

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人は、万物の霊長

2012年02月13日 | 大自然

人が動物と異なるのは心や魂という神様・仏様と通い合うものがあればこそです。

 

 

神様から与えられた御霊を、自分の胸にしっかりと抱いている人は、人の姿よりオーラとして光を放っていますから、猛獣といえども襲わないものです。

百獣の王と言われるものも、霊長には手出しは出来ないのです。

 

 

ところが、今の人は、人でもなくて、人間になりさがっているので御霊は錆びつき、光は消え失せてしまい、動物達から見てさえ、人とは気づかぬように成り果ててしまっています。

 

 

人が人をいたわるのは勿論のこと、すべての生き物に慈しみといたわりの心を待たなければ、本来の人とは言えません

 

いかなる生き物も、すべて神様が手ずから作られたものです。

共に栄えることが大事です。

 

万物の霊長として人はすべての生き物との共存共栄をはかっていくことが役目であろうと思います。

 

(参照:藤原大士著作等)

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人は皆、神の子

2012年02月12日 | 大自然

人が動物と違うところは、神様から御霊を授かっているということです。

 

人は、霊止(ひと)と言って、分け御霊と言われます神様の御霊を分け入れて頂いています。

 

 

ですから、人は神の子であり、神様と人とは、親子で、その間に猿が存在することはありません

神様は人類の親であられ、人は皆、神様の子であるのです。

 

 

人は、神様が全霊を注いで生み出して下さった大傑作なのです。
ですから「出来ちゃった」ではなく、「さずかった」と受け止めて頂きたいと思います。

 

 

人に霊をとどめおかれたということには、重大な意味があるのです。

人は万物の霊長というのも、そこに意味があります。

 

 

人には人の役目があり、授かった霊魂を磨くことが、この世での修行になります。

大人や子供の区別なく人はすべて神様の子なのです。

 

(参照:藤原大士著作等)

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神様は、人類の親 ・ 大神様と言霊の神様

2012年02月11日 | 大自然

万物を創造されました大神様は、私達人類を造り出されました親であられます。

 

鋳型(いがた)で物を作るように、人の肉身は、大神様が霊成型(ひながた)によって作られたのです。

その肉身に、大神様のお側にいらっしゃいます四十八(よとや)の神々様が、それぞれの御霊を分け入れて下さったのです。

私達は、神様の御分霊を頂いているのです。

これらによって、神様と人とは、親子と言うのです。

 

本来は、一つの身体に一つの神様の御霊を分け入れて頂いたのです。

しかし、何千年、何万年と経つうちに、それぞれの男性と女性が結ばれますので、現在の人は、四十八の神様、すべての神様の御霊を持つようになっております

 

言霊の神様としての四十八の神様の御分霊は、私達の体内にいて下さいます。


その意味からも言霊は大切にさせて頂きたいものです。

言葉の乱れは、世の乱れ」とも言われます。

日本語の良さをもっと見直し、正しい日本語を使えるように、日本語教育に力を入れて、正しい日本語を身につけたいものと思います。

また、神様の分け御霊を頂いていますので、御霊を磨かせて頂くことも大事なことであると思います。

 

(参照:藤原大士著作等)

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「神武天皇と建国記念日 紀元節祭」 神道へのいざないブログ 第43話

2012年02月10日 | 年中行事・儀式

藤原大士先生のブログ、神道へのいざないブログより、「神武天皇と建国記念日 紀元節祭」を転載させて頂きたいと存じます。

 

20122 6 () 第43話 神武天皇と建国記念日 紀元節祭

 

二月十一日は、建国記念日です。

この日は、初代の天皇である神武天皇が橿原神宮の宮で即位をされた日と言われており、神道ではそれをお祝いして、この日は紀元節祭をします。

 

ニニギの尊様の時に、「天孫降臨がなされ、九州の高千穂に降り立たれましたが、何代か後の神武天皇様の時代にどこに行けばもっとよくこの国を治められるだろうかと話し合い、東に向うことになりました

 

神武天皇の東征と言われ、数々の歴史に残る戦いの中では、不思議な瑞兆が現われました。

その一つが、神武天皇の弓に留った金のトビです。

九州の日向の美々津から船出して、筑紫の国に向い、さらに吉備の国(岡山)を経て、現在の東大阪あたりまで来たときに、ナガスネヒコと名乗る者が、軍勢を用意して待ち構えておりその戦いの中でお兄さんの五瀬命(いつせのみこと)は、戦死してしまいます

これは、「日の御子なのに日に向かって戦うのはよくないことだ」と仰せになられて、大きく南の方向に回られ、さらに迂回して熊野村にお着きになられた。ここで荒ぶる神の化身の大熊の毒気に当たり、皇軍もみな気を失っているとき、

高倉下(たかくらじ)が布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)を持参し、これによって正気を取り戻したといわれています
この剣は、石上(いそのかみ)神宮におさめられています

 

その戦いの中で、金のトビが飛んできて、神武天皇の弓に留まったとされています。金のトビは光り輝き、ナガスネヒコの軍は眩惑されて戦うことが出来なくなりました

神武天皇の弓に金のトビが留った事は、絵画にも描かれています。

 

トビは、時代を開くもの」とも言われ、この時に日本の歴史にとっても大きな時代が開かれました

立春は、天の紀元」に対して「紀元節は、大地の紀元」とも言われます。

ところで年号を数えるときに、西暦、平成が一般的ですが、「皇紀という年号があるのをご存じでしょうか

西暦は、キリストの生誕の時からの年号です。
平成は、日本の現天皇様即位の時からの年号です。
それぞれの天皇様毎に個別の年号がつけられます。
明治、大正、昭和、平成と続いてきましたね。

 

皇紀とは、神武天皇がご即位の時からの年号を現わします

今年は、紀元二千六百七十二年です。

 

私達が子供の頃は、歴代の天皇様のお名前は全て暗記していました。

今でも言えます。神武(じんむ)、綏靖(すいぜい)、安寧(あんねい)、懿徳(いとく)・・   

そして現在の平成天皇様が百二十五代です。その間、二千六百七十二年。
世界中のどこを見渡しても、こんなに長く一つの歴史が続いている国はありません。
 

 

神武天皇が即位された橿原神宮は、奈良県の橿原市にあります

すぐ近くに神武天皇陵もあり、大和の国と呼ばれる日本の歴史に触れることが出来る素晴らしい所です。

日本の国の始まりとしての建国記念日紀元祭として大いに祝いましよう

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「真実は、目の前にある」 藤原大士の一日一言 1090話

2012年02月08日 | 大自然

藤原大士先生のブログ、藤原大士の一日一言より、「真実は、目の前にある」を転載させて頂きたいと存じます。

 

20122 1 () 藤原大士の一日一言 1090話 真実は、目の前にある

 

山は目の前にあるのに、その時々の天候によって、
澄み渡る空気の中で、くっきりと見える日もあれば、

ボンヤリとしか見えない日もあり、
時には、雲や霧が強く、全くその姿が見えなくなる日もある。

 

自分の心の状態如何によって、真実の見え方が、大きく異なることも、それとよく似てはいないだろうか。

 

真実は、目の前にあっても、それがくっきりと見えるときとぼやけて写るときと全く見えないときがある

 

真実がないのではなく、自分の心の状態に 曇りを生じているときには、見えにくくなる

 

自分の曇りを取ることによって人生の視界、経営の視野が、大きく広がのではなかろうか。

 

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2009年12月19日 道は、御霊(みち)なり

2009年10月06日 神々様が、人間の罪・科・穢れを祓って下さっていることに感謝する

2009年09月30日 ひとではなく、自分を省みる

2009年09月29日 『神訓(しんくん)』

2009年09月26日 「清明正直」に日々を過ごす

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「高画質のテレビと、低レベルの番組」 藤原大士の一日一言 1089話

2012年02月07日 | 社会・政治・経済

藤原大士先生のブログ、藤原大士の一日一言より、高画質のテレビと、低レベルの番組を転載させて頂きたいと存じます。


2012131 ()  藤原大士の一日一言 1089 高画質のテレビと、低レベルの番組

 

メーカーの技術の粋を集めて、美しい映像のテレビが次々に送り出され、今やハイビジョンは、当たり前のようになってきた。

 

しかし、残念ながらハイビジョンで 見たい番組がどれだけあるだろうか

その番組を心待ちにして、急いで帰宅したり、DVDなどに取ってでも見たいと思うような番組は、果たしてあるのだろうか。

 

今のような殺伐とした時代だからこそ、心和ませる番組や、胸打つドラマなど、家庭で簡単に楽しめるテレビ番組の果たす役目は大きいはずだが

 

テレビの技術は、美しく高画質になっていくのに

テレビ離れ」と言われているのは、どこに原因があるのか

 

そこを見落とすと、パナソニックもシャープも、思わぬ「テレビ離れ」に 見込み違いが起きる可能性がある。

作るだけでなく、それをどうしたら活かされるかに、目を向けるのも、大切ではなかろうか

 

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2009年12月18日 教育とは、魂を磨くこと」・天職・切磋琢磨

2009年11月24日 『仕事とは、われに仕える事』

2009年11月22日 「共働共食(きょうどうきょうしょく)」

2009年09月25日 与えられた役目は、全うすることが大事

2009年09月11日 仕事とは

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高天原(たかあまはら) ・ 精奇城(さごくしろ)

2012年02月05日 | 大自然

私達が住んでいる地球は、太陽を中心とする太陽系の中の星の一つです。

その太陽は、天の川銀河系の中心を巡っています。

 

太陽系・銀河系・銀河群・銀河団・更に遥かに超えて、奥の奥に神様の世界である「高天原(たかあまはら)」に辿り着きます。

 

ところが、そこに辿り着いた高天原は、そこに辿り着くまでよりも、もっと広いのです。

 

更に神様の奥の奥に「精奇城(さごくしろ)」というところがあって、そこに大神様はいらっしゃるのです。

 

夜空に見える多くの星々の世界を遥かに超えて、「高天原」があり、更に奥の奥に「精奇城」があります。

 

その奥に鎮座されておられますのが、神漏岐大神様・神漏美大神様とおっしゃいます大神様であられます。

 

大神様は、大宇宙の根源の神様として、いかに高くて遠くて素晴しい存在であられ、尊い神様であられるかということがお分かりいただけるのではないかと思います。

 

その精奇城の奥に鎮座なさられます大神様の、ご側近の四十八の神様御霊を、私達人類は分け御霊として賜っているのです。

 

(参照:藤原大士著作等)

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