自転車に乗ろう♪

自転車のこと、ロードレースのこと、庭のこと、日々の暮らしのことなど。    HN:Emmy(えむえむ)

オバマ氏の広島訪問と米国政府のビビリ過ぎ

2016年05月25日 | 社会、読書
いよいよ伊勢志摩サミットが目前となった。
サミット終了後の5月27日にオバマ米国大統領が
被爆地広島を訪問する。
訪問するというなら構わないのだが
これに関連するアメリカ政府の動きが、とても見苦しい。

スーザンライスが「謝罪なんかしないからねっ!」
とわざわざ記者会見で発言した。
ことさら強調するようなことだろうか?
品位を疑った。

ところがさらに呆れたことに
アメリカ政府の要請で米元軍人(捕虜経験者)が同行することになった。

産経新聞 5月22日
元米捕虜も同行へ、被爆者と対面も 米政府の打診受け、「前向きなステップ」
 元米兵捕虜らでつくる退役軍人団体「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会」のトンプソン会長は21日、米テキサス州サンアントニオで、オバマ米大統領の広島訪問に同会の元捕虜の一人が同行すると明らかにした。米政府から打診を受けたという。
 トンプソン氏によると、同行するのはコネティカット州のダニエル・クローリーさん(94)。会長は21日に同団体が行った記者会見で、元捕虜と広島の被爆者が会う可能性を念頭に「(戦争の)犠牲者同士が対面する必要がある」とし、「前向きなステップと捉えている」と評価した。
 米政府は元捕虜を同行させることで、犠牲者は日本だけではないということを内外に強調する狙いもあるとみられる。(共同)
ーーーーーーーーー

元捕虜は軍人であり、やるかやられるかの戦闘行為の中で捕虜となった。
これに対して、広島で被爆した女性や子供や老人といった民間人(非戦闘員)は
無抵抗無警戒の状況で一方的にやられたのであり
明らかな戦争犯罪(国際法違反)の犠牲者である。
「どちらも戦争の犠牲者」だと、同列に扱うなどとんでもないことだ。
更に言わせてもらうと、米軍の中には「捕虜を取らない」方針の部隊もあったという。
捕虜を取らない、つまり投降した日本兵をその場で殺してしまったということ。
言うまでもなく、これもまた国際法違反である。
捕虜にしてもらって90歳以上まで長生きできていて、どこが犠牲者だ。


一連のアメリカ政府の動きは、何かに怯えているとしか思えない。
米国内の世論に配慮してとの解説もあるが、それだけではない。
はっきり言えば「日本人の復讐」にビビッている。

米国は全く言い訳のできない非人道的なことをした。
逆の立場であれば、自分達なら何があっても復讐心に燃えるだろう。
だからどんなに正当化してみても、内心ではその罪を自覚している。

世界のほとんどの国では
謝罪=賠償である。
謝罪するということは「自分が悪かった」と認めることであり
それは「物質的に」償わなければならない。
0か100か、白か黒か、の世界である。

これに対して、日本人の感覚では謝罪は許しとセットであり
賠償に直結するものではない。
程度の差があっても双方に悪かった部分があるとして
精神的な和解を実現しようと努める。
白黒をはっきりつけずに争いを水に流すのである。

「謝らない、謝らないからね!」
「こっちだって酷い目にあったんだぞ!」
(謝ったら次は賠償を要求されるのでは)

そうビビりまくるアメリカは、まだ日本が分かっていないのだろう。
少なくとも現アメリカ政権中枢が日本を理解できていないことは明らかだ。
彼らの「猜疑心」が完全に払拭されることはないだろう。
誰でも自分の価値観を基準に他者を判断するし
民族や国の歴史によって形作られた精神性はそうそう変わるものでは無いからだ。

ただ、自分達とは異なる価値観の国・民族があり
そこに見習うべきことが多々あるのだと
いい加減に気付いても良い頃だと思うのだが。
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Yさんとプチオフ会

2016年05月24日 | ガーデニング・花
昨日は薔薇友達のYさんのお庭訪問&ランチの約束だった。

前日の夜になって帯状疱疹の疑い(というか確信)を抱いたとき
皮膚科受診を先に済ませるか、午後からにするか考えた。
抗ウィルス薬を飲み始めるとしたら、少しでも早い方がよい。
それで8:45診察開始の15分前、8:30に病院に入った。

待合室から、Yさんに「行くのはお昼前になりそう」とメール連絡したら
「了解しました.何かありましたら言ってください」
と折り返しの返信があった。

診察の結果、やはり帯状疱疹だった。

Yさん宅までは約5kmで、後半は緩い上り坂になる。
自転車で行くつもりだったのだが
お医者様に「できるだけ安静に」と言われたし
湿疹が出ているのに気温28℃の中自転車で汗をかくのも良くないだろうし。

一瞬迷ったけれどYさんに甘えることにした。
10:52 電話で事情を話し、家まで迎えに来てとお願いした。
快く引き受けてくれて
11:20に病院から帰宅するのとYさんが到着するのと、同時だった。

我が庭を一周見ていただき、イタリアンのお店でランチ。
それからYさん宅へ。


コンスタンス・スプレイが可憐だ♪


紫玉のアーチ


ホスタ フランシスウイリアムズ

直径130センチくらいで抜群の存在感だ。
大型のホスタのことを「座布団ホスタ」なんて言うけれど
これは座布団4枚分。

Yさんの薔薇は「ちょっと切りすぎたかも」とのことで
例年に比べると花数は少なめだったけれど
宿根草を上手に咲かせていて心が和むお庭だ。

手作りのジンジャーエールをご馳走になってから
家まで送っていただいた。

Yさんにはわがままを聞いていただいて、本当にありがたかった。
「持つべきものは友」である♪

どうもお世話になりました!!
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帯状疱疹ですって

2016年05月23日 | 暮らし、その他
昨日の夕方、右脇前に赤い湿疹があることに気付いた。
鏡で確かめると腕の裏側もぽつぽつと赤い。

気付かずに毒ケムシに触ったかな?
でも、それなら手首から上に向かって湿疹が出るはず。
何よりもほとんど痒みがないから、ケムシではないだろう。

そういえば金曜日の午後、右の脇下がチクチクしたが
その時は見た目に異常がなく、そのまま忘れていた。

すぐにネットで調べ、おそらく帯状疱疹だろうと推測した。
3年ほど前に次男が帯状疱疹を発症したことがあり
その時の経過とほぼ一致したからだ。

チクチクした痛みがあってその後に赤い湿疹が出てくる。
湿疹は身体の右か左かどちらかだけに出る。
早期に薬を飲めば重症化せずに治る。

今朝一番に皮膚科を受診した。
月曜日とあって病院は混雑していて1時間半強の待ち時間。
診断は思った通り帯状疱疹で、飲み薬と塗り薬を処方された。
加齢、疲労やストレスで発症するとのことで
「ゆっくり身体を休めて下さいね。」
と先生に言われた。

湿疹の他には
肩胛骨周りから肩に掛けて筋肉痛のような鈍い痛みがある。

当面はゆっくり休養しよう。
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ドイツ世論の変化

2016年05月21日 | 社会、読書
各種の調査で
世界の多くの国が親日的、
つまり「日本が好き」とか「日本は世界によい影響を与えている」といった結果が出る中で
ドイツの日本への好感度が低いことが気になっていた。

そんな時に見つけたのが
川口マーン惠美氏の「シュトゥットガルト通信」だった。
ドイツ在住の川口氏が自分で見聞きしたドイツ事情を分析していて
例えばドイツのメディアが偏向しており
日本に関する報道では常にチャイナの主張に沿っているとの解説もあった。


極右政党って何?で我が国メディアの「レッテル貼り」を指摘したが
ドイツでも同様であるという。
それにもかかわらず、ドイツで右派愛国政党が支持を大きく伸ばしていることについて
5月6日の「シュトゥットガルト通信」で解説されている。

ドイツの愛国政党AfDの特徴は
「反ユーロ、反難民、そして反イスラムだ。その代わりに、ドイツらしさやドイツ文化を尊重しましょう、伝統や家庭を大切にし、あまり中絶をせず、もう少し子供を産みましょう、というようなことを主張し、党大会で国歌を斉唱する、ドイツでは珍しい党。」
だという。
ドイツでは珍しいにしても、至極真っ当なことを言っている。

最近の地方選挙でAfDが躍進した。すると
「この躍進のあと、政治家とメディアのAfD攻撃はさらに激しくなった。彼らに言わせれば、AfDは排他主義で、軍国主義で、難民問題を利用して国民の不安を煽る悪辣な政党だった。このままでは民主主義が破壊される云々。」

安倍政権に対するサヨクの非難とあまりにもそっくりなので
思わず笑ってしまった。
理性的に議論をしたら負ける時には、
レッテル貼りと印象操作で相手を攻撃するという常套手段だ。
逆に言えば、事実に基づいてしっかり議論したら負けると自覚しているということ。
我が国の国会でも民進党(偽)がレッテル貼りに走っていることは
既に多くの国民に知られている。

掲載する写真の選択などでの印象操作も日本のメディアと一緒だ。
メディアは決して中立ではなく、
意図を持って世論誘導を画策しているかもしれないことを
常に忘れずにいたい。

以下、川口氏の記事を転載する。赤字は私が施した。

5月6日 シュトゥットガルト通信
反ユーロ、反難民、そして反イスラム……ドイツで「極右」政党が急激に支持を広げている
もう手遅れ!? 価値観の大転換が始まった


ドイツのためのもう一つの選択
ドイツの新党AfDは、フランスのマリーヌ・ル・ペン氏率いる「国民戦線」の、まさしくドイツ版といった政党だ。"Altanative für Deutschland"の略で、直訳すると、「ドイツのためのもう一つの選択」。2013年2月にベルリンで結成された。
ドイツの前回の総選挙(2013年9月)では、生まれてまもないAfDの得票率は4.7%だった。ドイツには5%条項があるので、議席を取るには及ばなかったが、まだ海のものとも山のものともわからぬ新党としては、他党を警戒させるに十分な得票率だったといえる。
そのAfDが今、思いもかけぬ大発展を遂げている。
AfDの特徴は、反ユーロ、反難民、そして反イスラムだ。その代わりに、ドイツらしさやドイツ文化を尊重しましょう、伝統や家庭を大切にし、あまり中絶をせず、もう少し子供を産みましょう、というようなことを主張している。党大会で国歌を斉唱する、ドイツでは珍しい党だ。
ただ、この党は、誕生以来今まで、他のすべての政党とメディアから、ひどい扱いを受けている。ニュースでは、必ず党名の前に「右派ポピュリストの」という枕詞が付くし、全方向からの攻撃とネガティブキャンペーンにさらされ続けているのである。
しかし、そんな不遇にもめげず、着実に支持者を増やしてきたのが特長といえば特長。
今年3月、そのAfDの人気の高まりが、突然、可視化された。バーデン・ヴュルテンベルク州、ラインランド・プファルツ州、そして、旧東独のザクセン・アンハルト州で州議会選挙が行われ、3州すべてでAfDが躍進したのだ。
ドイツには16の州(うち3つは特別市)があり、それぞれが州政府を持ち、州の首相と大臣がいて、かなりの自治権を行使している。国政(連邦政治)に対する影響力もそれなりに大きい。

AfDを選んだ有権者はどうなるのか
この躍進のあと、政治家とメディアのAfD攻撃はさらに激しくなった。彼らに言わせれば、AfDは排他主義で、軍国主義で、難民問題を利用して国民の不安を煽る悪辣な政党だった。このままでは民主主義が破壊される云々。
しかし、だとすると、AfDを選んだ有権者は、反民主主義者か、あるいは、極右に誘導された愚かな人々のどちらかということになる。

ちなみにザクセン・アンハルト州では、AfDの得票率は24.3%で、1位のCDU(29.8%)に肉薄した。投票率も61.1%と悪くない。堂々4分の1近い票を得た政党を、反民主主義のポピュリストと悪口雑言で片付けるのは無理がある。しかしメディアはその無理を押し通した。AfDに票を投じた人々は、バカにされたと感じたのではないだろうか。
この州の選挙結果がことのほか興味深かったので、ちょっと触れたい。
1位がCDUで2位がAfD ということまでは述べたが、複雑なのは、3位に左派党が入っていたことだ。これまで国民政党と言われていたCDUとSPD(社民党)は、両党とも極端に票を減らし、SPDに至っては4位で、いっそ退場したほうがよいほどの大敗だった。
CDUは州の政権を取るために連立相手が必要だが、2位のAfDは極右だからイヤ、3位の左派党は極左だからイヤ。残るは残兵SPDだが、これだけでは過半数に届かない。そこで、今や瀕死の緑の党まで引っ張ってきて、3党連立とした。
考えてもみてほしい。CDUとSPDと緑の党の連立政権を! この3党が連立できるなら、政党にはもう意味がない
そもそもここの州民は、少なくともSPDと緑の党には、きっぱりと引導を渡したのである。しかし、出来上がった州政府は、州民の意思を無視したものであった。これは変則民主主義なのか?
一つだけ確かなことは、AfDが民主主義であろうが、反民主主義であろうが、連立してくれる党は絶対に現れないだろうということ。一党で過半数を取らない限り与党にはなれない党である

「メーデー行進」の混乱のなかで
さて、そのAfDが、4月30日と5月1日の2日間、シュトゥットガルトにおいて初めての全国党大会を開いた。党要綱を編むのが目的だ。
実は5月1日というのは、ベルリンとハンブルクで暴動の起きる日だ。暴動の起きる日というのは変な言い方だが、「メーデー行進」と称した極右や極左のグループがかならず大混乱を起こすのが、ここ30年の伝統行事のようになっている。敷石をはがして投石し、危険な花火で敵を狙い、車に火をつけ、タイヤを燃やし、店を略奪する。デモ隊にも警官にも怪我人が出る。
政治的な意味はなく、ただ暴れたいだけの愚連隊がドイツ中、いや、ヨーロッパ中から集結する。デモの中心地になる地域では、商店は前日にショーウインドーに板を打ち付け、警察は厳重な警戒態勢に入る。当日は他の州の機動隊も応援に駆けつけて、千人単位の出動となる。
なぜ、これを禁止できないのか理解に苦しむが、民主主義は「集会の自由」を保証しているのである
その愚連隊が、今年はAfDがいるのでシュトゥットガルトも面白そうだと思ったらしく、ここで暴れることに決めた。集まった数1500人。AfDへの抗議などというのはただの口実で、いつもどおりの投石、放火、器物損壊。普段は穏やかな私のドイツの故郷、シュトゥットガルトが、あわやベルリンのようになりかけた。
しかし、当地の機動隊は、ベルリンやハンブルクほど寛大ではない。あっという間に600人を拘束したというから、愚連隊もさぞびっくりしただろう。いずれにしても、こんな騒ぎの中で、AfDの党大会は開催されたのである。
大きなテーマはいくつかあるが、一つは左傾化したドイツ社会の是正だとか。党代表の言によれば、「左派、赤(SPDを意味する)、緑に汚染された68年世代のドイツからの脱却」。68年世代というのは、日本でいう全共闘世代のことだ。今でもすぐにデモに行きたがるドイツ版「団塊の世代」である。
もう一つは、イスラムに対する態度を決断すること。2010年、ドイツの統一記念日のスピーチで、当時のヴルフ大統領が「イスラムはドイツの一部だ」と言い出し、物議を醸した。それから5年後、昨年の難民騒ぎのあと、メルケル首相が窮地に陥り、結局、トルコの助けを求めることになったとき、彼女は、ヴルフ大統領の言葉を引っ張り出して、「イスラムはドイツの一部」説に賛同した。
今回、AfDはそれを否定し、「イスラムはドイツには属していない」と明言した。彼らの要綱には、回教寺院における尖塔の建設の禁止(これはスイスでも禁止された)、また、外国人イマームが反ドイツ的な説教をしている回教寺院への助成金のカット、女性の顔全体を覆うベールの禁止などが盛り込まれたようだ。
また、直接民主主義の推進、難民受け入れの停止、反グローバリズム、そして、貧乏人の救済なども強調されている。

確実に価値観の転換が起こっている
翌5月2日のそれについての各メディアの報道は、常にも増して独善的だった。「めちゃくちゃ」「混乱」「無意味」とバカにするものから、「プロパガンダ党大会」と罵るものまで多種。
使っている写真は、なるべくおバカそうな党員が写っているものを選んでいるらしく、多くが見苦しい。ドイツ国民がヒトラーのプロパガンダにのめり込んでいった当時の熱狂写真との類似点を醸し出したいのではないかと、私には見えた。
私は、別にAfDにシンパシーを感じているわけではないが、メディアの報道は公平ではないと思う。政党がAfDの悪口を言うのはライバルだから仕方がないとしても、メディアはもう少し中立に報道すべきではないか。
そんななかで、Spiegel誌のオンライン版に載っていたコラムは、少し毛色が違っていた。
ジャーナリスト、ヤコブ・アウグスタインは、「国民のあいだで価値観の転換が起こり始めている」と指摘する。SPDと緑の党が弱者の感情を無視して、金持ちのための党になってしまっていることにも責任があるという。AfDはすでに成長の軌道に乗っているというのが要旨だ。今頃、気付いてももう遅い。タイトルはズバリ“too late”。
ただし誤解のないように言っておくと、この記事はAfDを擁護したものではない。まさにその反対であるが、少なくとも、情勢を冷静に分析しようと試みている。こういう記事なら、読者も独自に考えを巡らせ、判断をすることができるだろう。悪口雑言の記事はもう飽き飽きだ
先日、音楽会で舞台のはねた後、ちょうどその日に演奏していたオーケストラのメンバーと、ひょんなことから話し込んでしまった。州選挙の前だったので、話が政治のことになり、彼いわく、「私はメルケルのファンだったが、彼女の最近の政策には怒りを感じる。次の選挙ではもうCDUには投票しない」とのこと。
そこで私が、「どこに投票するか聞いても良いか」と問うと、一瞬躊躇して、「今より左に触れることはない。CDUはすでに左すぎる」と言った。それ以上は聞なくてもわかる。答えはAfDだ。とは言え、この音楽家が極右だとも、AfDのプロパガンダに騙された頭の悪い人だとも思えない。
そのとき、「そうか、AfDは、メディアの作戦が功を奏し、支持者が大きな声で支持を表明できない党になってしまったのだ」と気が付いた。


SPDの元政治家、ティロ・ザラツィンが新刊を出した。タイトルは『ヨーロッパ、通貨、教育、移住――なぜ政治はこれほどしばしば失敗するのか』。
ザラツィン氏は2010年まではドイツ連邦銀行の理事を務めていた。ところが、2010年に空前のベストセラーになった『ドイツが消える』で、イスラムからの移民がドイツを弱体化させると主張したため、大変な騒ぎになり、連銀の理事の職もクビになったし、SPDからも除名されそうになった。
しかし、彼はその後も意見を変えず、今回の本でも同様のことを主張しているのだが、今はもう誰も騒がない。それどころか、同書はまたベストセラーだ。ドイツでは本当に価値観の転換が起こっているのかもしれない。
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長女のリクエスト作品♪

2016年05月20日 | 暮らし、その他
5月11日の記事
長女から春夏用の小物をリクエストされたことを書いた。


それがこちら。マーガレットというものだ。

本体を格子編みにして


モチーフをつなげたものを袖のように取り付けた。

モチーフ編みを全部で54枚。
編むのは楽しいのだが、糸の始末は面倒くさくて嫌いっ^^;;;


おまけのチャームはバッグに付ける用。


黒は5玉、白とベージュは各1玉。 5号かぎ針使用。

火曜日に発送して、今日長女から届いたとの電話があった。
サイズもちょうど良かったと、とても喜んでくれた♪
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薔薇の季節 今日の庭

2016年05月16日 | ガーデニング・花

フェンスのペネロープが満開。左奥の赤はロジャーランぺリン


マルメゾン。後方のプロスペリティも咲き始めている。


ゼフィリーヌ・ドルーアン。棘が全く無いので狭い通路にもお勧め。


スイート・ジュリエットとバリエガタ・デ・ボローニャ


ボローニャは過去最高の花数♪


西側フェンスのマダム・イザーム・ペレール
テッポウムシで小さくなったキャスリンハロップの代わりに、頑張ってくれている。


このところ気温が高くて、どんどん咲き進んでいく。
今週と来週は留守がちなのが、残念無念。
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地区の「親睦スポーツ大会」

2016年05月15日 | 暮らし、その他
昨年は役員として働いた、地区の「親睦スポーツ大会」
役員としては参加人数が少ないと悲しい(困る)ことが分かったので
ささやかな協力の気持ちで、ウォーキングに参加した。

7:00 起床。準備をして
8:20 小学校へ。
受付でゼッケンと地図とスポーツドリンクを受け取る。
昨年の仲間で今年も引き続き役員をしている人達に
「参加してくれてありがとう〜」と言われた^^

開会式と準備体操を済ませて
9:05 S湖に向けて出発。

歩き始めて10分、信号を渡ると林道(生活道路)が始まる。
次男がヒルクライムの練習コースにしていた道だ。


9:22

往きは上りのみで、前半が特に急で何度もカーブしながら高度を稼ぐ。


9:38 快晴だが道はずっと木陰になっているので快適。
それでも直に汗が出てきた。


藤が満開。あちらこちらでよい香りを漂わせていた。


9:58 目的地のS湖にとうちゃこ〜 S湖は5年ぶりくらい。

おしゃべりをしながら休憩。
50年前は、冬になるとここまで小学校から皆で歩いてきてスケートをしたそうだ。
朝早く授業の前に、だという。
S湖が全面結氷してスケートを滑れたというのが想像できないし
小学生が毎朝ここを往復していたというのも凄い話だ。

それで思い出したのは小学校6年生の日帰り太郎山登山。
長女の時は学校から歩いて登山口まで行き
登山をして学校に戻るまで、全行程を歩いた。
さすが信州だと感心した。
3年後の長男の時にはバスを利用するようになった。
次男の時は登山口までの往復はバスを利用して
登山のみが徒歩になっていた。
長女から9年間で、
子供を鍛えるという意識が下がったのか
はたまた子供の体力が落ちて全行程徒歩が現実問題として不可能になったのか。
いずれにしてもよい傾向とは思えない。

10:06 復路へ。


S湖近くの山里の風景。心が和む。


下り始めは楽ちんだったが、後半の急勾配に入ると膝にかすかな負担を感じた。
すぐにペースを落とす。
歩幅を小さくして、
アウト−アウトとできるだけ勾配が緩くなるルートを選びながら
慎重に下った。

10:40 小学校に帰着
ゼッケンを返して、お弁当とお茶を受け取って

10:50 帰宅。
すぐにシャワーを浴びて汗を流した。

12333歩(9.24km)
よく歩いた。
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驕れる白人と闘うための日本近代史

2016年05月14日 | 社会、読書

驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子著 田中敏訳 文春文庫

この本を知ったのは川口マーン恵美氏の著書でだった。
「奴隷(slave)の語源はスラブ人(Slav)で、中世に多くのスラブ人が奴隷にされたことからだ」
と紹介されていて、衝撃と興味を持った。

私を含めて日本人には白人コンプレックスが根強い。
大東亜戦争で敗北したこと、
それ以前に明治維新では西洋に追いつけ追い越せと富国強兵に励んだことなど
西洋は昔からずっと、
私達よりも進んだ高度な文明国で有り続けたのだと思い込んでいた。

しかし、中世までのヨーロッパは寒くて貧しい地域だった。
いわれてみれば、温暖で食べ物に困らない地域が豊かであり
その豊かさが文明を育むのは当たり前のこと。
しかし歴史を知らなければ
現在の力関係がずっと前から続いている絶対的なものだと思ってしまう。

私達が白人に劣等感を抱くのと同じ理由で
白人は有色人種に対する絶対的な優越感を抱いている。。
本書では、そのような劣等感や優越感がばかげていることを
我が国の歴史の中の事実によって指摘してくれる。

江戸時代の日本は、平穏で清潔で格差の小さい豊かな国だった。
平和で豊かであったから、高度な文化が花開いていたし
飛脚や両替商など、明治期の郵便制度や銀行の下地となるシステムが
既に整っていた。
そのような潜在能力があったからこそ、列強による植民地支配を免れ
速やかな近代化を成し遂げることができた。

一方、北の貧しい国々が大航海時代に南方へと進出して何をしたか?
貧しさ故に貪欲になり残虐になり、その背景にはキリスト教があった。

本書で唯一不満な点は
大東亜戦争に対する贖罪意識が垣間見えること。
著者は「南京大虐殺」と記述している。
しかし「南京大虐殺」がチャイナの捏造プロパガンダであると
一般にも知られるようになったのは
ここ10年ほどのこと。
本書が書かれた時点で「南京大虐殺」が事実と思っていたとしても
著者を責めることはできないと思う。

「日本人の誇り」と同様に
ブックオフで仕入れて、数名の方に差し上げた^^





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コンラッドが満開

2016年05月13日 | ガーデニング・花
コンラッド・フェルディナンド・マイヤーが早くも満開となった。


足下のセラスチウムも満開で、コントラストが美しい。


香りも素晴らしい♪


フェンスのペネロープ


西側のアーチ。レーヌ・デ・ビオレットが三分咲き。



ズベニール・ド・ラマルメゾン。近年まれに見る蕾の多さだ。

初冬に株元を堆肥で被い、
春になってから化学肥料を多めに施して上から堆肥で被う。
後は、新芽が展開してきたらベニカスプレーを一回。
蕾が上がってきたらもう一回ベニカ。

昨シーズンと今シーズンは、だいたいこんな感じでやっている。
結果を見れば、このやり方で正解と言えそうだ♪
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未だブームは去らず^^;;

2016年05月11日 | 暮らし、その他
1月にマフラーを編んだところから、20年ぶりに再開した編み物。
マフラーを二枚、ベストを三枚編んだ。

マフラー  水色のマフラー   模様編みのベスト  襟付きのベスト   ベスト三枚目 


三枚目のベストを編みながら
「ところでネット通販ではどんな毛糸があるのかな?」
と思って調べてみたら、良さそうな糸がセールになっていた。
あまりの安さについついまとめ買い。

すると届いた荷物に編み物の本がおまけで入っていた。
春夏用の小物類の本で、特に編みたい作品は無かった。

4月9日に長女が帰省したときに、何気なくその本を見せたら
「こんなの欲しいわ〜〜♪」と予想外にリクエストされた(汗)。

「じゃあ、約束はできないけれど気が向いたら編むかも。」

改めて同じ通販のお店を覗くと
コットンやコットンシルクの春夏糸が格安で並んでいた。
通常の三分の一とか四分の一の値段に吊られて数種類の糸を購入。

糸が届くまでにネットで編み図を探しておいて
自分用に春用のショートベストを編んだ。


使用した糸はひと玉108円。8玉弱(約230g) 5号かぎ針で。


五日くらいで編み上がった。仕上げにボタンを一つか二つ付ける予定。


その昔編み物をしていた頃も、冬の毛糸だけで春夏用は編んだことがなかった。

編み物はすっかり「マイブーム」となり
まだしばらくは終息する気配無し(笑)。
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