日常の何気ない生活が
青みを帯びた透明な世界にとけ
月光にぬれた緑葉樹の梢を
あるかなきかの微風がわたっていた
僕の中にそっとかくれているものを
君が僕に教えてくれた
僕のこころのヴィオロンの絃にふれた
君は夜風のささやきだった
ある夏の日
僕等は日暮れの道を
何処までもいっしょに歩いた
高い木々の梢がそよ風に吹かれ
ほのかな匂いと夕闇と不安が
どこからか僕等をつつんでいった
薄暗くなった道に沿うて
夕映えの空をうつす静かな池の水だけが
憧れの鏡のように並木の向こうに
柔らかな明るさを湛えていた
僕は何故か淋しくなって
君の服の裾を掴んだ
君はだまってそのまま歩いた
日暮れ時のかすかな風のそよぎと
瞬きはじめた星のひかりに
そのままずっと何処までも歩いて行けると思った
その日 僕等は急ぎ足で
日のぱっとあたっている雨上がりの道を歩いていた
母のパラソルに身を隠し
秘密の話をするように
そっと身をすりよせ
また腕を組み合って
でも 口はあんまりきかなかった
ただ心臓がどきどき鳴っていた
顔が火照って赤いのは
照り返すパラソルの色だと思っていた
「今にきっと虹が・・・」
僕はなんだか黙っているのが苦しくなって
言葉にだして言ってみた
日曜日の午下がり
大きな菩提樹の根元に座って
お喋りをしたりお伽噺を読んだ
ちょうど向かいの協会から
日曜学校のオルガンの音が聞こえてきた
僕等はオルガンに合わせて
でたらめな歌詞をつけて歌った
君の声はとても綺麗で
僕はいつまでも聴いていたいと思った
君が僕の耳元で囁いた
「また 明日」
そっと頬に別れのキスをくれた
僕はひとりバスにのり
バスは程なくその場をはなれた
なんだかくすぐったくて
口元はいつまでも
幸せの微笑が浮かんでいた
「また 明日」
細い白い柔らかな雲が
青い空を漂っていた
またある日
僕等は君の家に続く最後の街角を曲がって行った
君は口元に微かな笑みを浮かべながら
先程森でつんだ綺麗な黄色い花を
すばやく僕に差し出した
「ありがとう」
僕は君から差し出されたその花が
宝石のように輝いて見えた
「さようなら」
君は僕にそういうと家の方に駈けていった
僕はその花に そっと唇を押しあてた
花は甘い香りがした
・・・・・・・・・・・・・・・
君を見送った 街角
僕は走っていった
その家に着いたとき
ずっと昔から知っていたはずなのに
なんだか知らない家に思えた
君は何処?
僕等はそこに立って ほら 君が
僕に花をくれたじゃない?
君は何処?
そう あれが最後だった
僕等が子供のように喜んだのは
嬉しかった日悲しかった日の
余韻が寄せては返し 幾度となく胸によみがえる
喜びや苦しみの波間を
もう僕は なにも知らない子供ではいられない
彼と歩いた池の畔の美しい木立や
あんなにも胸躍った小鳥のさえずりも
もう僕は 楽しくない
かつて僕が持っていたかけがえのないもの
僕はそれが忘れられず
心は苦しいばかりだ
池に流れ込む川の流れのよに
さらさらと谷を流れればいい
やすみなく
とどまることなく
流れて 流れて さらさらと
いつか僕の調べとなってささやけばいい
胸の奥に ひとり
忘れ得ぬ君をいだく
そうして その君と
誰にも気づかれず ひそかに
心の迷宮の中 行きつ戻りつする
僕の魂は
ゆるやかにつばさをはり
しじまの国を
翔せゆく
彼のもと いつか届くように