美術の旅人 Voyageur sur l'art  

「美術」との多様な出会い。見たこと、感じたこと、思ったこと。

いわての和菓子屋

2011-05-14 05:56:43 | レビュー/感想
陶芸家の本間さんが藤沢の山中から展示会の打ち合わせで仙台のギャラリーをときどき訪ねてくる。たいていは手みやげに地元の和菓子を持って来られるが、これがどこかとても懐かしい、甘みと食感を持っている。要するにおふくろの味がする和菓子とでも言おうか。今風にデザインされてない包装紙を見ると岩手の内陸の小都市の和菓子屋さんの名前が載っている。単店舗でその周辺だけに知られた超ローカルなお菓子屋さんなのであろう。岩手は盛岡という大きな都市はあるが、宮城県のように仙台一極集中ではなく、小集落的な町がリアス式の海岸や内陸高地の山々の中に散在している。しかし、一応町の体裁は整っていてその中だけで日常の用は足りるようになっている。むろん、和菓子屋さんだってあるのである。こういった和菓子屋さんはご近所の変わらぬ顔ぶれを相手にして、次々と目新しいものを出し続けていく必要はない。また、ほとんどがただ一人の老齢化した菓子職人なのでそれはできない相談だ。だから、おそらく何代か前に大都市のどこかの老舗和菓子屋で修行して身につけ、町の人になじみとなった味が永遠の定番となって奇跡的に残ることになる。和菓子の本場で伝統が重んじられる京都であっても、和菓子の味はその時々のトレンドに合わせてマーケットされ、不特定多数の開発チームが関わり、人工に人工を重ね、変化に変化を続け昔とはまるで違ったものになってしまっているのに違いない。その中で、しばらくは物珍しいがやがて飽きてしまう味があふれ、売り文句を見つけがたい微妙な自然な味わいは失われていく。それを考えるとこれは岩手だからありえたことなのだろう。菓子だけではない。衣食住から芸能に至る様々な分野、そして人々の感性や魂においても、その奥深い自然の中に隠されて、日本の都会では失われずにはいない古い宝が今なお生きて存在している場所が、「いわて」なのだと思う。
津波で壊滅的な被害を受けた三陸の町を合理的に再編し改造しようという案は当然これから出てくるだろう。しかし、それがこれまでもあった「都市模倣化」の動きを加速させ、頭がよくトレンディーな人たちが好む、妙に明るく、平準化され奥行きのない今風デザインの建物や生活様式を持ってくるだけだとしたら残念だ。
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