美術の旅人 Voyageur sur l'art  

「美術」との多様な出会い。見たこと、感じたこと、思ったこと。

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第80回河北美術展 4/27~5/9 仙台市藤崎デパート

2017-05-05 16:26:34 | レビュー/感想
地元新聞社主催で80年も続いている展覧会だが、自分の評価とはだいぶ違う結果でいつもがっかりするので、今年は行くまいかと思っていたのだが、友人から招待券をもらった手前、いそいそと出かけて行った。会場は例年どおりデパートの催事場をうねうねと仕切った壁に作品が目一杯飾られている。ゴールデンウィーク期間中ということもあって通路には人がいっぱいで、正直とても一点一点静かに鑑賞する雰囲気ではない。展示環境のせいだけでなく疲れを覚えるのは、河北展に限らずどの公募展も一般的にそうなのだが、ほとんどの作品が下心満載で人に見せる顔を最初から作ってしまっているからなのだろう。ちょっときつい言葉で言えばほとんどが「嘘つき」の絵で、だからその公募展は「嘘比べ」となってしまう。実際目を引くよう意図的に作った顔が独創的な表現だと評価されている現実が入選作を見るとあるようだ。最近個展で見て力量を評価していた彫刻家なぞも正攻法ではだめだと思ったのだろうか、へんちくりんな台座をつけて作品本体の魅力を台なしにしている。
その一方で、相変わらずこれぞ絵だと思われている一般受けする題材とタッチ、色彩で描いたような作品が並ぶ。よくある題材を選んでも本当にそれが心から好きなものであれば、他の人も魅了するものになったかもしれない。また、一般的な観念に流されずに対象を見続けていれば、リアリティとともに不思議さが滲み出てくるものになるはずだ。当たり前のことだが、アイデアや細工に長けていても嘘があるところに他の人を感動させる独創性や個性は生まれない、と思うのだが。さて、生活や人格もさっぱり伝わってこない絵を描き続ける意味とは何なのだろうか、そんなことまで考えさせられる。クレヨンでかたちもタッチもなく無茶苦茶に描いた絵が入賞していたのは、精神的空虚を示すアイロニカルな表現として選ばれたのだろうか。他にも新奇性だけで選ばれたのではと思うような作品が何点かあった。審査員は、それぞれ習熟したスタイルを持っている画家の方々であろうが、必ずしも作品を見る目と心を持っているとは言えないようだ。
唯一心に残った作品は、入賞も何もしていなかったのだが「光の道」という日本画であった。暗い沼の横を走っているコケに覆われた道が光に向けて走っている。日本画でありながらドイツロマン派の絵のテーストがある。確かに沼の水の表現などに稚拙なところはあるかもしれない。でも流行とは関係なく先人の絵や自然にまっすぐに向かい合って精進している作家を評価してやらなければ、このような地方の公募展の意味はどこにあるのだろう。
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