中野笑理子のブログ

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読みたい本と読んだ本

2017年04月28日 | 日記
ゴールデンウィークに備えて、読みたい本が満載です。
しかし中にはAmazonでも取り扱いのない本があり、図書館に行くしかないのかなぁ。
古書店のHPで調べたら、あることはあったけれどお値段が……。

そして買って読んでしまったけれど、またきっとまた読みたくなるであろう、つまり手放したくない本が山積みなのです。
電子図書もダウンロードしているけれど、資料ならともかく読みたい本は紙がいいんです。
当たり前ですが、小説家の先生方のように天井まで届く本棚のある書斎とか、そんな部屋はありませんし、枕元のおやすみ文庫も「なんとかしろ」という苦情が出始めているのです。

本は増えるけれど、部屋は広がってくれはしない。
本のスペースを確保するためには、何かを手放して空間を作り出すほかありません。
この連休は読書の前に、とうとう断捨離(文字の字ヅラも響きもこわい)に挑戦しようと思っております。
その前に風邪も治さなければなりません。
毎年のごとく、あっという間なんだろうなぁ。
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薬食い

2017年04月27日 | 日記
獣肉を食べることが禁忌とされていた時代、鹿や猪の肉などを食べる時におおっぴらにできないため、薬食いと称して食べていたそうです。

ここ2、3日前から、夜になると寒気と喉の痛みがあり、昼間はそうでもないのですが朝と夜がつらかった。
会社内でも風邪だ、インフルエンザだと、休んでいる人もチラホラいたりします。
今朝は一段とつらく休もうかと思いましたが、お役所に行かなければいけない予定があったので、這うようにして出社しました。
会社でも悪寒がとまらず、早退したかったけれどそういう訳にもいかず、お役所へ行って出先で昼食となりました。
こんな時はうどんか何か温かいものを、と思って歩いているとカレーの香りが漂ってきて、香りを頼りに歩いて行くとカレー屋さんにたどり着きました。
鍋焼きスープカレーなるものがメニューにあったので、薬食いと称して食べてなんとか1日乗りきれました。

鍋のフチがまだグツグツいっております。
鹿や猪は入っておりませんが、ゴロゴロ野菜と鶏手羽のスパイシーな薬でありました。
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思い切った買い物

2017年04月26日 | 日記
清水の舞台から飛び降りたつもりで買っちゃった!
お高い買い物をしたときに言ったりしますが、あの高さでも足りないのでは? と思うほどのお値段にビックリする記事が夕刊に載っていました。

純金製ダース・ベイダーのマスク、お値段1億5400万円!!
シリーズの最初の作品が公開されてから今年で40年になるのを記念して、貴金属店が販売するそうです。
どこの金持ちが買うのだろうか。

無い所にはナイけれど、有るところにはアルのがお金。
しかし今はお金持ちとそうでない人の違いが、昔ほどハッキリしなくなってきたように思うのです。
お金持ちでもユニクロを着てたり、貧乏人が借金してブランドものを着ていたり。
貧乏でなくても貧乏くさい人はたくさんいるし、本当は貧乏なんだけど湯水のようにお金をバンバン使って羽振り良さげに見える人もいる。

ヒトサマノサイフヲシンパイスルマエニジブンノサイフノシンパイヲシロ!

失礼致しました。
ダース・ベイダーの純金製マスク、発売は5月4日だそうです。
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薄暮のやわらかさ

2017年04月25日 | 日記
春の終わりの今時分の日暮れ時は、なんだかやさしい。
寒くもなく暑くもない気温の中で周りが薄暗くなってゆく時、嬉しいことがあった日も、舌打ちしたいような気分の時も、ニコッと誰かに笑いかけられただけで泣き出してしまいそうな時でさえ、すべてを包んでくれるようなやわらかい何かが、そこにあるような気がするのです。
否定も肯定もせず、ただふんわりと受けとめてくれる、何かに見守られているような、ほっとする雰囲気。
あっという間に日は落ちて、夜が降りてくるまでのわずかな間だけれども、他の季節では、まったくそんな気持ちにはならないのに何故なのでしょう。
これは一体なんなのだろうと、この季節になるといつも思うのです。
何かはわからないけれど、そこに有るけれど無い、無いけれど有るもの。
春の終わりの薄暮はいつも、そんな不思議な時間なのです。
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難しい

2017年04月24日 | 日記
作家になって自分の作品で例え100万人の人を感動させたとしても、1人の人間を傷つけてはいけない。
今日放送の「やすらぎの郷」の中で石坂浩二演じる脚本家の菊村が言った言葉であります。
そうか、そうだよね。
人間誰しも、人に知られたくないことのひとつやふたつは必ずあるもの。
いや、もっとあるかもしれない。
過ぎ去った過去の出来事であっても、それが誰であるのか読者にはわからなくても、書かれた人が読んで傷つくようなことはイカンよな。
別に自分が特定の人のことを書いている訳ではないけれど、深く心に突き刺さったのであります。

心の痛む事件が多い昨今、その人のことや事件を書いたつもりでなくても、読んだ人が自分と重ね合わせて辛い思いをしてしまうこともあるかもしれない。
それでも自分の書きたいテーマがあって、それを書くということは覚悟を持つということ。
そう考えると、作家というのも因果な商売なのかもしれません。
会ったこともない人から、「私のことを書きましたね」なんて電話がかかってきたという作家さんの話を読んだことがあります。
自分の書いたものが世に出て、その責任を負うということはすごいことだと思います。
でも書かずにはいられないんですよね。
……難しい。
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