ベンガルのうた 

内山眞理子の「ベンガルのうた」にようこそ。
ここは、エクタラ(一弦琴)のひびく庭です。
どうぞ遊びにきてください。

ベンガルの村を旅してみれば

2017-05-24 | Weblog

 

 

ベンガルの村を旅してみれば


 

『ヨーガとヒンドゥー神秘主義』(せりか書房刊、スレーンドラナート・ダスグプタ著、高島淳訳)という本があります。

その最終章にはバウルの歌「見知らぬ鳥」が引用され、ベンガルの村のこと、ベンガルの人びとのことがしるされています。

ベンガルの精神を数行で言い表わすとしたら、まさにここにある通り(下記に太字で引用)。この文面には「歌を歌っている」としか書いていないけれど、バウル歌あるいはその周辺に位置づけられる神秘主義の歌でしょう、まちがいなく。

バウル歌はベンガル固有の文化ですが、ベンガルの村を象徴する文化でもあり、この意味でベンガルのエッセンスでもありますね。

 

 

ベンガルの村を旅してみれば、あるいは

ベンガルの田舎の内陸部の川を航行する蒸気船に乗ってみれば、

中年か老年のイスラム教徒かヒンドゥー教徒の男が、

クリシュナとラーダーの愛について、あるいは

チャイタニヤの出家遁世についての

神秘的、哲学的、あるいは神話的な歌を歌っているのを

聞くことができるだろう。

歌い手のまわりには多くの人びとがあつまり、

敬虔な態度で、感動しつつ聴きほれている。

歌い手は、この世が

マーヤーの蜃気楼あるいは幻影の見世物にすぎないと歌ったり、

自らの「自己」との友情をうしなってしまえば、

この世の生活も無益でつまらないものになる

と歌っているかもしれない。

 

 

*バウル歌「見知らぬ鳥」は、詩人ラビンドラナート・タゴールが好んだバウル歌の一つ。

歌詩がすばらしいので次回再度ご紹介します。

 

*スレーンドラナート・ダスグプタ(1885-1952)の主著は全5巻の『インド哲学史』で、ほかに『パタンジャリ研究』『哲学と宗教としてのヨーガ』『サンスクリット文学史』など。

ダスグプタは、詩人のマイトレイ・デヴィ (1914-1989) のお父さんです。マイトレイといえば、宗教学者ミルチャ・エリアーデ(1907‐1986)の小説『マイトレイ』La Nuit Bengali (Bengal Nights) を思い出しますが、若き日のエリアーデの、この自伝的小説を映画化したのが『ベンガルの夜』 The Bengali Night (1988) です。小説も映画も、わずかに状況を変えてインドを訪れた英国青年アランとインドの富豪の娘ガーヤトリーとの悲恋物語という設定に。ガーヤトリーは12歳の時から全身全霊で、タゴールの詩に魅了されているうら若き女性として登場します。

じっさい宗教学者エリアーデは、スレーンドラナート・ダスグプタの最も優秀な学生であり、1930年にカルカッタ近郊のダスグプタの家で、エリアーデとマイトレイが初めて出あったといいますから、そのときエリアーデは23歳、マイトレイは16歳だったわけですね。

映画では主人公アランをヒュー・グラントが演じています。ガーヤトリーの母である富豪夫人役はシャバーナー・アーズミーで、アーズミーの気品ある美しさに圧倒されます。なおこの映画は全編を Youtube で観ることができます。カルカッタの夜の喧騒にまじって、街角でうたうバウルの歌が途切れとぎれにきこえてくるのが、なんともいい感じです。

 

 



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