今週お送りしている「まもなく見収めシリーズ」。
今日は今の「のぞみ」時代を最初に築いた車両・新幹線300系取り上げたいと思います。
新幹線300系は、まだ100系新幹線V編成の増備が続く中、1990年にデビューした新幹線。
これまで東海道・山陽新幹線では、100系V編成が山陽新幹線区間で230km/hをしていたのが最高。
それをこの300系では、営業運転で最高270km/h。東京〜新大阪間2時間30分で結ぶということで、その速さに期待される中デビューされた車両でした。
その際、270km/h運転する列車に対して名付けられた名前が「のぞみ」。
これまで、東海道・山陽新幹線は通過タイプが「ひかり」。各駅停車なのが「こだま」だったところ、更に上位の列車が登場しました。
1992年3月ダイヤ改正で、初めて「のぞみ」号のダイヤが設定。
当初は日中に「のぞみ」号として走れるダイヤの余裕もないため、朝晩1往復ずつ計2往復のみという設定で、あくまで東京〜大阪間のビジネス新幹線として登場しました。
その際、朝の下り始発となる「のぞみ301号」は、停車駅を新横浜のみとしたダイヤに。
開業時よりどの列車も停まる駅とされていた名古屋、京都を通過する新幹線として、当時マスコミに大きく取り上げられました。(→その後1997年秋で消滅)
その後、300系新幹線の増備と共に「のぞみ」号が増発され、次第に「ひかり」号より多く本数が設定されるように。
今では1時間あたり最大、「のぞみ」9本、「ひかり」2本、「こだま」2本と、「のぞみ」が中心となるダイヤへと進化しました。
この頃になると、300系新幹線も、後継となる700系、N700系と世代も移り、近年では臨時「のぞみ」と、「ひかり」「こだま」を中心の活躍をしていました。
最盛期にはJR東海が所有するJ編成が61編成、JR西日本が所有するF編成が9編成が在籍していましたが、廃車が進み今残るのはJ編成、F編成各3編成ずつに(2011年末時点)。
残る編成も2012/03/17ダイヤ改正で引退が決定。
初代「のぞみ」号として東海道・山陽新幹線を駆け巡ったこの新幹線も全廃となります。
この300系新幹線は、車内が独特の落ち着きがあり、窓もその後登場した700系、N700系新幹線に比べ大きく、くつろいで移動するには最高の車両。
モーターのユニット構成の都合から短編成化に向かない構造ゆえ、これまでの新幹線のように短編成化されることもなく、東海道新幹線で16両編成で登場時の姿のまま最後を迎えます。
私にとっては物心だいぶついてからの車両がもう引退とは、年齢を自覚するようで若干の切なさも。
最後の運転は3/16の新大阪10:52→博多13:28 のぞみ609号(9609A)と、東京10:47→新大阪13:23 のぞみ329号(9329A)。
いずれも300系新幹線らしく「のぞみ」号として270km/hの走りを存分に見せつけ最後の花道を迎えます。
今週は、まもなく見収めになる話題をいくつかまとめています。
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今日は今の「のぞみ」時代を最初に築いた車両・新幹線300系取り上げたいと思います。
新幹線300系は、まだ100系新幹線V編成の増備が続く中、1990年にデビューした新幹線。
これまで東海道・山陽新幹線では、100系V編成が山陽新幹線区間で230km/hをしていたのが最高。
それをこの300系では、営業運転で最高270km/h。東京〜新大阪間2時間30分で結ぶということで、その速さに期待される中デビューされた車両でした。
その際、270km/h運転する列車に対して名付けられた名前が「のぞみ」。
これまで、東海道・山陽新幹線は通過タイプが「ひかり」。各駅停車なのが「こだま」だったところ、更に上位の列車が登場しました。
1992年3月ダイヤ改正で、初めて「のぞみ」号のダイヤが設定。
当初は日中に「のぞみ」号として走れるダイヤの余裕もないため、朝晩1往復ずつ計2往復のみという設定で、あくまで東京〜大阪間のビジネス新幹線として登場しました。
その際、朝の下り始発となる「のぞみ301号」は、停車駅を新横浜のみとしたダイヤに。
開業時よりどの列車も停まる駅とされていた名古屋、京都を通過する新幹線として、当時マスコミに大きく取り上げられました。(→その後1997年秋で消滅)
その後、300系新幹線の増備と共に「のぞみ」号が増発され、次第に「ひかり」号より多く本数が設定されるように。
今では1時間あたり最大、「のぞみ」9本、「ひかり」2本、「こだま」2本と、「のぞみ」が中心となるダイヤへと進化しました。
この頃になると、300系新幹線も、後継となる700系、N700系と世代も移り、近年では臨時「のぞみ」と、「ひかり」「こだま」を中心の活躍をしていました。
最盛期にはJR東海が所有するJ編成が61編成、JR西日本が所有するF編成が9編成が在籍していましたが、廃車が進み今残るのはJ編成、F編成各3編成ずつに(2011年末時点)。
残る編成も2012/03/17ダイヤ改正で引退が決定。
初代「のぞみ」号として東海道・山陽新幹線を駆け巡ったこの新幹線も全廃となります。
この300系新幹線は、車内が独特の落ち着きがあり、窓もその後登場した700系、N700系新幹線に比べ大きく、くつろいで移動するには最高の車両。
モーターのユニット構成の都合から短編成化に向かない構造ゆえ、これまでの新幹線のように短編成化されることもなく、東海道新幹線で16両編成で登場時の姿のまま最後を迎えます。
私にとっては物心だいぶついてからの車両がもう引退とは、年齢を自覚するようで若干の切なさも。
最後の運転は3/16の新大阪10:52→博多13:28 のぞみ609号(9609A)と、東京10:47→新大阪13:23 のぞみ329号(9329A)。
いずれも300系新幹線らしく「のぞみ」号として270km/hの走りを存分に見せつけ最後の花道を迎えます。
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今週お送りしている「まもなく見収めシリーズ」。
今日は山陽新幹線で最後の活躍をしている新幹線100系取り上げたいと思います。
新幹線100系は、1985年にデビューした新幹線で初めて2階建車両を連結した車両。
食堂車・1〜4人用個室を連結したX編成、カフェテリアを連結したG編成、2階建車両を4両連結し、新幹線最後の食堂車を連結したV編成(グランドひかり)と3タイプがありました。
私が小さな頃は、東海道・山陽新幹線=0系、東北・上越新幹線=200系という時代。
そこに団子鼻をした0系に比べ、格段にシャープなデザインとなった100系は、当時の憧れ的な存在でした。
初めて乗せてもらったのはX編成。
2階建2Fに位置する食堂車で食べた食事した記憶は今でも鮮明に記憶しています。
当時目新しかったものとしては、車内の電光掲示板。
やはり新幹線も何度も乗ると車窓に飽きが来るのですが、その電光掲示板に流れる情報を見てるだけで飽きない。
そして車内専用FMも、この車両がはじまりです。
x編成:7編成、G編成:50編成、V編成:9編成が製造され、当時東海道・山陽新幹線では最速種別だった「ひかり」号の主力として活躍しました。
その後300系の躍進と共に廃車が進み、2003年に東海道新幹線が撤退。
現在活躍しているのは、V編成を短編成化したK編成3編成のみが、山陽新幹線の岡山以西で1日2.5往復(日曜日は1.5往復)で最後の活躍をしています。
その3編成も2012/03/17ダイヤ改正で引退が決定。
0系から続く伝統のフォルムをまとったこの新幹線も全廃となります。
この100系新幹線は、私の鉄道に一番目を輝かせていた時代を駆け抜けた車両。
そう思うと少し寂しい気持ちになります。
今週は、まもなく見収めになる話題をいくつかまとめています。
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今日は山陽新幹線で最後の活躍をしている新幹線100系取り上げたいと思います。
新幹線100系は、1985年にデビューした新幹線で初めて2階建車両を連結した車両。
食堂車・1〜4人用個室を連結したX編成、カフェテリアを連結したG編成、2階建車両を4両連結し、新幹線最後の食堂車を連結したV編成(グランドひかり)と3タイプがありました。
私が小さな頃は、東海道・山陽新幹線=0系、東北・上越新幹線=200系という時代。
そこに団子鼻をした0系に比べ、格段にシャープなデザインとなった100系は、当時の憧れ的な存在でした。
初めて乗せてもらったのはX編成。
2階建2Fに位置する食堂車で食べた食事した記憶は今でも鮮明に記憶しています。
当時目新しかったものとしては、車内の電光掲示板。
やはり新幹線も何度も乗ると車窓に飽きが来るのですが、その電光掲示板に流れる情報を見てるだけで飽きない。
そして車内専用FMも、この車両がはじまりです。
x編成:7編成、G編成:50編成、V編成:9編成が製造され、当時東海道・山陽新幹線では最速種別だった「ひかり」号の主力として活躍しました。
その後300系の躍進と共に廃車が進み、2003年に東海道新幹線が撤退。
現在活躍しているのは、V編成を短編成化したK編成3編成のみが、山陽新幹線の岡山以西で1日2.5往復(日曜日は1.5往復)で最後の活躍をしています。
その3編成も2012/03/17ダイヤ改正で引退が決定。
0系から続く伝統のフォルムをまとったこの新幹線も全廃となります。
この100系新幹線は、私の鉄道に一番目を輝かせていた時代を駆け抜けた車両。
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いつもご愛顧頂き誠にありがとうございます。
駅Tomar for Android 開発担当です。
Android版をご利用の方からインストールが失敗するというご連絡を頂きましたので、万一失敗してしまった場合の対処方法をお知らせいたします。
【原因】
インストールができない原因として、端末の空き領域不足が考えられます。
※駅Tomar for Androidは、初回起動時に駅データを端末上に展開します。
このため、一時的に端末の記憶領域を圧迫します。
大変お手数ではございますが、
20MB以上の空き領域をご用意頂き、
以下の手順をお試し頂けないでしょうか?
【対処手順】
1.駅Tomarのアンインストール
設定⇒アプリケーション⇒アプリケーションの管理
⇒駅Tomar⇒アンインストール
(※アプリケーションの管理に駅Tomarが無ければ、この手順は不要です)
2.駅Tomarの再ダウンロード
3.駅Tomarのインストール
【それでも解決しない場合】
駅Tomar for Androidでは、初回起動時にデータを処理する関係上、お使いのAndroid端末のメモリ使用量が一時的に増加します。
このため他のアプリケーションを多く起動していると、メモリ不足に陥りインストールが失敗してしまう可能性があります。
この場合は以下の手順をお試し下さい。
1.不要なアプリケーションの停止
設定⇒アプリケーション⇒アプリケーションの管理⇒実行中
※実行中のアプリケーションが表示されますので、不要なアプリケーションを選択して停止させて下さい。
2.駅Tomarの再インストール
ご迷惑お掛けしますが、何卒よろしくお願い致します。
駅Tomar for Android 開発担当です。
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このため、一時的に端末の記憶領域を圧迫します。
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【対処手順】
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【それでも解決しない場合】
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このため他のアプリケーションを多く起動していると、メモリ不足に陥りインストールが失敗してしまう可能性があります。
この場合は以下の手順をお試し下さい。
1.不要なアプリケーションの停止
設定⇒アプリケーション⇒アプリケーションの管理⇒実行中
※実行中のアプリケーションが表示されますので、不要なアプリケーションを選択して停止させて下さい。
2.駅Tomarの再インストール
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先週まで平日連載していた「スタッフJ所蔵の昔のアルバム」シリーズを一旦中断。
暫くの間、まもなく見収めシリーズということで、今日はJR西日本 小野田線・本山支線の午後の1往復について取り上げたいと思います。
山口県の宇部近く、瀬戸内海沿岸の居能〜小野田を結ぶ小野田線。
その途中、雀田から分岐して、長門本山までを結ぶ支線が本山支線です。
以前このブログでも乗りつぶしメモのシリーズでも取り上げましたが、この路線の特徴は何と言っても運転本数。
2012年2月時点のダイヤでは、雀田発6:59、7:25発で朝の運転は終了。
その次の列車は昼も過ぎて夕方になろうかという頃の16:31発。
その後、17:14、18:12発で運転終了。1日にたった5往復しか運転がありません。
それが来月3月のダイヤ改正で、午後最初の便が削減、1日4往復になるとか。
時刻は小野田線が、本数削減について沿線の猛反対にあい現在最終調整中とのことで、本数削減は決定としても時刻は変更の可能性があるとか。
いずれにしても、朝2往復、夕方2往復。
同じく朝晩しか走らない山陽線・和田岬支線や、鶴見線・大川支線と比べても、格段に乗りづらい路線には違いありません。
JR西日本は以前から極度の不採算路線について、撤退もあり得ると断言しているだけに、それが廃止に向けてのプロローグにならなければいいなと願うばかりですが。
今週は、まもなく見収めになる話題をいくつかまとめてみたいと思います。
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暫くの間、まもなく見収めシリーズということで、今日はJR西日本 小野田線・本山支線の午後の1往復について取り上げたいと思います。
山口県の宇部近く、瀬戸内海沿岸の居能〜小野田を結ぶ小野田線。
その途中、雀田から分岐して、長門本山までを結ぶ支線が本山支線です。
以前このブログでも乗りつぶしメモのシリーズでも取り上げましたが、この路線の特徴は何と言っても運転本数。
2012年2月時点のダイヤでは、雀田発6:59、7:25発で朝の運転は終了。
その次の列車は昼も過ぎて夕方になろうかという頃の16:31発。
その後、17:14、18:12発で運転終了。1日にたった5往復しか運転がありません。
それが来月3月のダイヤ改正で、午後最初の便が削減、1日4往復になるとか。
時刻は小野田線が、本数削減について沿線の猛反対にあい現在最終調整中とのことで、本数削減は決定としても時刻は変更の可能性があるとか。
いずれにしても、朝2往復、夕方2往復。
同じく朝晩しか走らない山陽線・和田岬支線や、鶴見線・大川支線と比べても、格段に乗りづらい路線には違いありません。
JR西日本は以前から極度の不採算路線について、撤退もあり得ると断言しているだけに、それが廃止に向けてのプロローグにならなければいいなと願うばかりですが。
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私スタッフJが今まで旅した中で、今となっては見られない昔のアルバムをご紹介している昔のアルバムシリーズ。
第11回の今日は、東急東横線・桜木町駅で撮影したスナップです。
この写真は2004/01/30に撮影したもの。
東横線・横浜〜桜木町最終日の最終電車に乗りに行った際に撮ったスナップです。
会社帰りに武蔵小杉から最終近い東横線に乗り桜木町へ。
東白楽を過ぎ、地下切り替え地点では、作業員の方が数百人と最終電車の通過を待ち構えている状況。
その周りには、地上の仮桁を取り外して地下に線路を振り分ける工事を見ようと、一般の人も多くいました。
横浜駅地上ホームでは、酔客がホームで寝ている様子も。
通常なら朝を普通に迎えるんでしょうが、今日ばかりは駅自体がなくなってしまうので、車内から思わず「起きて!」と念じてしまいたくなる感じでした(当然最後に警備の方が起こすんでしょうが)。
そこから大きく左へカーブし、横須賀線・東海道線の線路をオーバークロス。
おととい取り上げた狭いホームが特徴の高島町駅を通過し、終点・桜木町に到着。
折り返し下り最終となる列車だったため、着くと写真の通りホームいっぱいの観客が、最終電車を見届けようと構えていました。
先頭車両、最後部車両近くでは最終電車を見送るセレモニーも行われており、いよいよ最後という雰囲気が漂っています。
そして華々しく下り最終列車が出発。
その後、通常は桜木町駅留置となる上り列車が2本到着。
最後の上り最終列車が1時頃到着すると、駅は歓喜の渦となっていました。
ただ地下切り替え作業の時間がタイトなため、すぐ回送となって車両は引き上げていきます。
その最終列車を飾ったのが9001編成。
それから数年、廃駅となった駅舎が改装されギャラリーとして使われていたのですが(現在は閉鎖)、そのギャラリーがその最終列車にちなんで「9001」という名前がつけられていました。
そして2時前、最後の乗客が改札外に出て、80有余年の歴史に幕を下ろし、この区間は廃止されました。
それから夜更け前まで、駅前は最後を見届けた人たちで盛り上がっていました。
今週は東急東横線に関連したスナップを掘り起こしてみました。
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第11回の今日は、東急東横線・桜木町駅で撮影したスナップです。
この写真は2004/01/30に撮影したもの。
東横線・横浜〜桜木町最終日の最終電車に乗りに行った際に撮ったスナップです。
会社帰りに武蔵小杉から最終近い東横線に乗り桜木町へ。
東白楽を過ぎ、地下切り替え地点では、作業員の方が数百人と最終電車の通過を待ち構えている状況。
その周りには、地上の仮桁を取り外して地下に線路を振り分ける工事を見ようと、一般の人も多くいました。
横浜駅地上ホームでは、酔客がホームで寝ている様子も。
通常なら朝を普通に迎えるんでしょうが、今日ばかりは駅自体がなくなってしまうので、車内から思わず「起きて!」と念じてしまいたくなる感じでした(当然最後に警備の方が起こすんでしょうが)。
そこから大きく左へカーブし、横須賀線・東海道線の線路をオーバークロス。
おととい取り上げた狭いホームが特徴の高島町駅を通過し、終点・桜木町に到着。
折り返し下り最終となる列車だったため、着くと写真の通りホームいっぱいの観客が、最終電車を見届けようと構えていました。
先頭車両、最後部車両近くでは最終電車を見送るセレモニーも行われており、いよいよ最後という雰囲気が漂っています。
そして華々しく下り最終列車が出発。
その後、通常は桜木町駅留置となる上り列車が2本到着。
最後の上り最終列車が1時頃到着すると、駅は歓喜の渦となっていました。
ただ地下切り替え作業の時間がタイトなため、すぐ回送となって車両は引き上げていきます。
その最終列車を飾ったのが9001編成。
それから数年、廃駅となった駅舎が改装されギャラリーとして使われていたのですが(現在は閉鎖)、そのギャラリーがその最終列車にちなんで「9001」という名前がつけられていました。
そして2時前、最後の乗客が改札外に出て、80有余年の歴史に幕を下ろし、この区間は廃止されました。
それから夜更け前まで、駅前は最後を見届けた人たちで盛り上がっていました。
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私スタッフJが今まで旅した中で、今となっては見られない昔のアルバムをご紹介している昔のアルバムシリーズ。
第10回の今日は、みなとみらい線・元町・中華街駅で撮影したスナップです。
この写真は2006/03/26に撮影したもの。
長きに渡り東横線のエースとして君臨した8000形がいよいよ残りわずかという頃。
偶然デビュー以来の無塗装に戻した編成が駅に停まっていたので、慌てて撮影したのがこの写真です。
(なのでこのスナップとしては気に入った写真ではないのですが…)
1969年に大井町線でデビューした8000形。
日本で初めてブレーキとマスコン(力行装置)を一体化した"ワンハンドルマスコン"を採用した車両。
外観こそシンプルなデザインながら、当時としては新しい技術がいろいろ取り入られていました。
以来、東横線を中心に増備が進められ、東横線の各駅停車の代名詞として長年君臨した車両でした。
2004年に5050形がデビューすると、急速に代替が進み2008年に引退。
今ではハワイアンブルーの帯をまとい、伊豆急行で活躍しています。
高校当時、毎日この電車に揺られて通学していたので、当たり前に来る電車だったのですが、東急から引退した今、きちんと写真に収めておけばよかたなと後悔の念があります。
今週は東急東横線に関連したスナップを掘り起こしています。
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第10回の今日は、みなとみらい線・元町・中華街駅で撮影したスナップです。
この写真は2006/03/26に撮影したもの。
長きに渡り東横線のエースとして君臨した8000形がいよいよ残りわずかという頃。
偶然デビュー以来の無塗装に戻した編成が駅に停まっていたので、慌てて撮影したのがこの写真です。
(なのでこのスナップとしては気に入った写真ではないのですが…)
1969年に大井町線でデビューした8000形。
日本で初めてブレーキとマスコン(力行装置)を一体化した"ワンハンドルマスコン"を採用した車両。
外観こそシンプルなデザインながら、当時としては新しい技術がいろいろ取り入られていました。
以来、東横線を中心に増備が進められ、東横線の各駅停車の代名詞として長年君臨した車両でした。
2004年に5050形がデビューすると、急速に代替が進み2008年に引退。
今ではハワイアンブルーの帯をまとい、伊豆急行で活躍しています。
高校当時、毎日この電車に揺られて通学していたので、当たり前に来る電車だったのですが、東急から引退した今、きちんと写真に収めておけばよかたなと後悔の念があります。
今週は東急東横線に関連したスナップを掘り起こしています。
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私スタッフJが今まで旅した中で、今となっては見られない昔のアルバムをご紹介している昔のアルバムシリーズ。
第9回の今日は、東急東横線・高島町駅近くで撮影したスナップです。
この写真も、前回、前々回に続いて2003/12/07に撮影したもの。
この風景と言えば、昔よく東横線をきれいに収めるポイントとして有名だった場所。
タイミングが合えば、奥に根岸線、手前にダイナミックに京急が横切り、反対側の奥に東海道線、横須賀線、相鉄と、アングルを動かせば東急といろんな電車を絡めて撮れる名スポットでした。
この写真を撮った今、当時と比べるとここを行き交う電車も様変わりしました。
例えば…
・京急 700形、1000形全廃
・東急 路線がそもそも廃止に。8000形全廃、8590形は他線へ
・根岸線 209系は他線へ
・東海道線 113系全廃
・相鉄 新6000形全廃
8年も経つと、鉄道の世界ではかなりの勢いで世代交代が進んでしまいます。
そしてこのアングルも、数年で構図が大きく変わります。
正面奥のCIAL、東急ホテルのビルが、超高層ビルに生まれ変わるとか。
これからその両ビルの取り壊しがようやくはじまるという段階なので、完成はまだ数年先の話し。
そのビルが完成した頃、またこの場所で同じアングルで撮影して、当時の様子と比較してみたいと思います。
今週は東急東横線に関連したスナップを掘り起こしています。
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第9回の今日は、東急東横線・高島町駅近くで撮影したスナップです。
この写真も、前回、前々回に続いて2003/12/07に撮影したもの。
この風景と言えば、昔よく東横線をきれいに収めるポイントとして有名だった場所。
タイミングが合えば、奥に根岸線、手前にダイナミックに京急が横切り、反対側の奥に東海道線、横須賀線、相鉄と、アングルを動かせば東急といろんな電車を絡めて撮れる名スポットでした。
この写真を撮った今、当時と比べるとここを行き交う電車も様変わりしました。
例えば…
・京急 700形、1000形全廃
・東急 路線がそもそも廃止に。8000形全廃、8590形は他線へ
・根岸線 209系は他線へ
・東海道線 113系全廃
・相鉄 新6000形全廃
8年も経つと、鉄道の世界ではかなりの勢いで世代交代が進んでしまいます。
そしてこのアングルも、数年で構図が大きく変わります。
正面奥のCIAL、東急ホテルのビルが、超高層ビルに生まれ変わるとか。
これからその両ビルの取り壊しがようやくはじまるという段階なので、完成はまだ数年先の話し。
そのビルが完成した頃、またこの場所で同じアングルで撮影して、当時の様子と比較してみたいと思います。
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私スタッフJが今まで旅した中で、今となっては見られない昔のアルバムをご紹介している昔のアルバムシリーズ。
第8回の今日は、東急東横線・高島町駅近くで撮影したスナップです。
この写真は前回に続いて2003/12/07に撮影したもの。
今日は高島町駅の駅入り口を撮ったスナップです。
この駅は開業当時より、ホームの有効長が伸びた以外に、あまり駅自体に手が加えられておらず、細長いホーム、狭い階段、モダンだけど独特の薄暗さを持つ駅コンコース。味があると言えばいい言い方で、夜利用するには少し薄気味悪い駅でした。
今でこそ、高島町駅の横、根岸線の先もみなとみらいの街が広がっていますが、それは近年になって埋め立てられた姿。
この駅の歴史の大半は、その先は造船工場が立ち並び、その奥には貨物ヤード。今のように人が行き交う場所ではありませんでした。
その雰囲気を象徴したような場所で、小さな頃は根岸線から海寄りは出歩くなと母に厳しく言われた記憶があります。
この駅は昔ながらの様子を残しつつ、2004/01/30の路線廃止と共に廃駅となりました。
昨日の記事でも触れましたが、遊歩道として整備される計画が具体的に進んでいないため、今もフェンスで覆われた中にこの風景はそのまま残されているようです。
まるで今でも電車が来るかのように…。
今週は東急東横線に関連したスナップを掘り起こしています。
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第8回の今日は、東急東横線・高島町駅近くで撮影したスナップです。
この写真は前回に続いて2003/12/07に撮影したもの。
今日は高島町駅の駅入り口を撮ったスナップです。
この駅は開業当時より、ホームの有効長が伸びた以外に、あまり駅自体に手が加えられておらず、細長いホーム、狭い階段、モダンだけど独特の薄暗さを持つ駅コンコース。味があると言えばいい言い方で、夜利用するには少し薄気味悪い駅でした。
今でこそ、高島町駅の横、根岸線の先もみなとみらいの街が広がっていますが、それは近年になって埋め立てられた姿。
この駅の歴史の大半は、その先は造船工場が立ち並び、その奥には貨物ヤード。今のように人が行き交う場所ではありませんでした。
その雰囲気を象徴したような場所で、小さな頃は根岸線から海寄りは出歩くなと母に厳しく言われた記憶があります。
この駅は昔ながらの様子を残しつつ、2004/01/30の路線廃止と共に廃駅となりました。
昨日の記事でも触れましたが、遊歩道として整備される計画が具体的に進んでいないため、今もフェンスで覆われた中にこの風景はそのまま残されているようです。
まるで今でも電車が来るかのように…。
今週は東急東横線に関連したスナップを掘り起こしています。
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私スタッフJが今まで旅した中で、今となっては見られない昔のアルバムをご紹介している昔のアルバムシリーズ。
第7回の今日は、東急東横線・高島町駅近くで撮影したスナップです。
この写真は2003/12/07に撮影したもの。
翌年1月いっぱいで、東横線・桜木町〜横浜間が廃止になるということで、カメラを持って散策した際に撮った一枚です。
この区間は2004/01/30に、みなとみらい線開業に伴い廃止された区間。
それに伴い上記にもある通り、桜木町〜横浜間が廃止となり、横浜〜東白楽間が地下化。
横浜のシンボル・ランドマークタワーの前を行き交う東横線の電車というのも、今や過去のものになりました。
線路を走る8590形も、当時は東横線の急行運用(50番台運行とよく称されていた)を飾る名形式だったのですが、現在は大井町線・田園都市線へ移籍となり、現在は東横線でその姿を見ることはできません。
この高架下は昔は薄暗く歩くには恐い空間だったのですが、一時ナショナルアートギャラリー構想の一環として、ストリートアート(落書きアート)な空間として、賑やかなアート空間に生まれ変わり、歩くに楽しい空間でした。
しかし、東横線廃線と共にストリートアートの取り組みも終了となり、今では元の薄暗い空間に戻ってしまった感があります。
当初、この廃線跡を市民の憩いの散歩空間として整備するという計画でした。しかし、廃線から8年経った今も、一部の橋脚がそれらしいものに掛け替えられた以外は、具体的な整備は特段進んでおらず、そのままの状態で放置されているのが残念なところです。
今週は東急東横線に関連したスナップを掘り起こしてみたいと思います。
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第7回の今日は、東急東横線・高島町駅近くで撮影したスナップです。
この写真は2003/12/07に撮影したもの。
翌年1月いっぱいで、東横線・桜木町〜横浜間が廃止になるということで、カメラを持って散策した際に撮った一枚です。
この区間は2004/01/30に、みなとみらい線開業に伴い廃止された区間。
それに伴い上記にもある通り、桜木町〜横浜間が廃止となり、横浜〜東白楽間が地下化。
横浜のシンボル・ランドマークタワーの前を行き交う東横線の電車というのも、今や過去のものになりました。
線路を走る8590形も、当時は東横線の急行運用(50番台運行とよく称されていた)を飾る名形式だったのですが、現在は大井町線・田園都市線へ移籍となり、現在は東横線でその姿を見ることはできません。
この高架下は昔は薄暗く歩くには恐い空間だったのですが、一時ナショナルアートギャラリー構想の一環として、ストリートアート(落書きアート)な空間として、賑やかなアート空間に生まれ変わり、歩くに楽しい空間でした。
しかし、東横線廃線と共にストリートアートの取り組みも終了となり、今では元の薄暗い空間に戻ってしまった感があります。
当初、この廃線跡を市民の憩いの散歩空間として整備するという計画でした。しかし、廃線から8年経った今も、一部の橋脚がそれらしいものに掛け替えられた以外は、具体的な整備は特段進んでおらず、そのままの状態で放置されているのが残念なところです。
今週は東急東横線に関連したスナップを掘り起こしてみたいと思います。
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私スタッフJが今まで旅した中で、今となっては見られない昔のアルバムをご紹介している昔のアルバムシリーズ。
第6回の今日は、中央線・御茶ノ水駅で撮影したスナップです。
この写真は2006/09/10に撮影したもの。
私は大学時代、この駅で"通勤対策パート"と呼ばれる、いわばバイト駅員として働いていました。
バイト駅員は、階段整理や、ホームの安全監視、乗降確認など、ラッシュ時間帯の人出不足のお手伝いがお仕事でした。
この駅は、総武線各駅停車と中央線快速電車の乗り換え駅。
一日を通して、ホームに電車が着くと、乗り換えの人で駅は賑わいます。
私が働いていた朝のラッシュ時間帯は、中央線快速電車が1分50秒間隔、総武線は2分20秒間隔。
なのでひっきりなしにホームに電車が出入りしていました。
その中で、人をうまく捌き、電車を時間通り発車させるのは一苦労だった記憶があります。
そんな賑やかな駅ですが、よく見ると、ホームすぐ横には神田川。
意匠のある御茶ノ水橋、聖橋が駅の両端にかかり、その下にはメトロ丸ノ内線が走り、風景豊かな駅です。
今の仕事に就職して辞めて3年、ふと懐かしくなり訪れ撮ったのがこのスナップでした。
当時は当たり前だった中央線201系は、それから暫くして新型E233系と交代し、一面オレンジの車両は過去のものに。
車両は変われど、豊かな川を通した風景は、今もこの駅に憩いを提供してくれています。
近くこの駅が大きく生まれ変わるとのこと。
現在ホームが狭く、エスカレーター・エレベーターがないのてすが、現在のホームを覆うように駅舎を拡張。
そこにエスカレーター、エレベーターを建設。バリアフリーな駅に生まれ変わるとか。
バイト駅員当時、バリアフリー設備がないので、車いすのお客様は大人4人で車いすを担ぎ、改札階まで運ぶお手伝いもしていました。
これによりバリアフリー設備ができれば、そんな力仕事も不要に。
でもこの豊かな風景にマッチした駅舎になるといいな…と、昔働いていた当時を回想しながら思ったのでした。
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第6回の今日は、中央線・御茶ノ水駅で撮影したスナップです。
この写真は2006/09/10に撮影したもの。
私は大学時代、この駅で"通勤対策パート"と呼ばれる、いわばバイト駅員として働いていました。
バイト駅員は、階段整理や、ホームの安全監視、乗降確認など、ラッシュ時間帯の人出不足のお手伝いがお仕事でした。
この駅は、総武線各駅停車と中央線快速電車の乗り換え駅。
一日を通して、ホームに電車が着くと、乗り換えの人で駅は賑わいます。
私が働いていた朝のラッシュ時間帯は、中央線快速電車が1分50秒間隔、総武線は2分20秒間隔。
なのでひっきりなしにホームに電車が出入りしていました。
その中で、人をうまく捌き、電車を時間通り発車させるのは一苦労だった記憶があります。
そんな賑やかな駅ですが、よく見ると、ホームすぐ横には神田川。
意匠のある御茶ノ水橋、聖橋が駅の両端にかかり、その下にはメトロ丸ノ内線が走り、風景豊かな駅です。
今の仕事に就職して辞めて3年、ふと懐かしくなり訪れ撮ったのがこのスナップでした。
当時は当たり前だった中央線201系は、それから暫くして新型E233系と交代し、一面オレンジの車両は過去のものに。
車両は変われど、豊かな川を通した風景は、今もこの駅に憩いを提供してくれています。
近くこの駅が大きく生まれ変わるとのこと。
現在ホームが狭く、エスカレーター・エレベーターがないのてすが、現在のホームを覆うように駅舎を拡張。
そこにエスカレーター、エレベーターを建設。バリアフリーな駅に生まれ変わるとか。
バイト駅員当時、バリアフリー設備がないので、車いすのお客様は大人4人で車いすを担ぎ、改札階まで運ぶお手伝いもしていました。
これによりバリアフリー設備ができれば、そんな力仕事も不要に。
でもこの豊かな風景にマッチした駅舎になるといいな…と、昔働いていた当時を回想しながら思ったのでした。
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