わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

スラム街に住む肝っ玉かあさんの受難「ローサは密告された」

2017-07-17 14:16:14 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 いま、フィリピン映画が隆盛だそうです。“第3黄金期”といわれる現在を牽引するのが、異才ブリランテ・メンドーサ監督。彼の新作が、麻薬問題と警察の腐敗に挑んだ「ローサは密告された」(7月29日公開)。同監督作品としては、実話に基づいた「囚われ人/パラワン島観光客21人誘拐事件」(2012)が日本公開され、その演出力のダイナミズムに引き込まれた。今回は、第16代大統領ロドリゴ・ドゥテルテによる施策――麻薬に関わる者は超法規的に殺害されるという麻薬撲滅戦争を背景に、マニラのスラム街に住む主婦ローサと一家の受難にスポットを当てる。小型の手持ちカメラがスラムの狭い路地を走り回り、どんよりとして猥雑な街並みをとらえ、庶民の苦渋を通して、その生活ぶりや人情を活写します。
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 ローサ(ジャクリン・ホセ)は、マニラのスラム街の片隅でサリサリストア(雑貨店)を夫ネストール(フリオ・ディアス)と経営している。そこでは、密接して暮らす人々のつながりは深い。ネストールは常にダラダラしているが、気は悪くない。店を切り盛りするのはローサ。彼女には4人の子供がいて、彼らは家計のため本業に加えて少量の麻薬を扱っている。ある日、密告されてローサ夫婦は逮捕される。引っ張って行かれた警察では、売人の密告、高額な保釈金を要求され、まるで恐喝まがいだ。フィリピンで、法は誰のことも守ってくれない。ローサたち家族は、したたかに自分たちのやり方で腐敗した警察に立ち向かう。
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 2015年現在のフィリピンの貧困率は約22パーセント、その多くがひしめき合ってスラムで暮らしている。そこでは犯罪が絶えず、薬物常用者や密売人も多い。だが警察は、押収した麻薬の横流しや、密売人への恐喝など“捜査”の名のもとに私腹を肥やし、悪事がバレそうになると暴力も殺人もいとわないという。この警察の腐敗ぶりが凄まじい。ローサ夫婦は、分署の中心からはずれた部屋で取り調べを受け、調書の記録はなく、正式な事件として処理されていないようだ。警官たちは売人を売るように強要し、逮捕した売人から押収した金を山分けする。さらに警官は「麻薬の取引は終身刑だ」と脅し、「金を払えば助けてやる」とのたまう。ローサの子供たちは、親しくもない知人や友人をあたって金を借りる。あげくに次男は、同性のビジネスマンの恋人と寝たあとで金をせびる。このあたりの描写が無常だ。
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 ローサを警察に密告したのは、息子同然に面倒を見ている青年。彼は、兄の釈放と引き換えに、ローサとネストールを売ったという。家族のために、誰かが誰かを密告する。麻薬の取引が日常になっているスラム。人々のどん底生活と貧困。そこにつけこむ警官たち。彼らは、貧しい庶民から金を搾り上げる。メンドーサ監督は、容赦ない警官たちの姿を暴き、冷徹に見つめる。庶民のやり場のない、どうしようもない絶望感。警官の命令に抵抗できない人々を見ていると、限りない怒りを覚える。「両親がどうなるか分かってるか? 金を払うまでは帰せない」と、巡査部長がローサの子供たちに言う。そこで、子供たちが金集めに駆け回るくだりに、家族の絆の固さと人情の機微が浮かび上がる。カメラは、街の雑踏、車のクラクションの音、暴風、スコールまでをとらえながら、巧みにスラムの情況を映し出す。
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「私の映画は、どれも貧しいフィリピン人を描いたもの」とメンドーサ監督は言う。そして、視聴覚の両面にわたる混沌のなかから、フィリピン社会の断面を浮かび上がらせる。強烈なリアリズムを持たせるために用いられるドキュメンタリーのような撮影方法。出演者にはシナリオを渡さず、撮影現場で与える指示のみで動いてもらったとか。そして、俳優の個人的な本能から生まれたセリフは自然なものになったという。「俳優たちは、撮影が進むにつれ、自分の演じる人物の置かれた苦境を感じていくことになる」と監督は語る。気のいい肝っ玉かあさん、ローサを演じたジャクリン・ホセは、第69回カンヌ国際映画祭でフィリピン初の主演女優賞を獲得。ラスト、彼女が屋台で買った串刺しのキキアム(魚のすり身を揚げたもの)を食べながら涙するくだりが、なんともいえず哀しい。(★★★★+★半分)

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