わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

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2019-07-15 12:43:39 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

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シネマパラダイスより


青春ゾンビ・ミュージカル♪♪…「アナと世界の終わり」

2019-06-05 14:12:04 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

  イギリスの新鋭ジョン・マクフェール監督の「アナと世界の終わり」(5月31日公開)は、アイデア抜群の作品です。キャッチフレーズは“青春ゾンビ・ミュージカル”。元になったのは、故ライアン・マクフェンリー監督の、2010年英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)で受賞した短編映画「Zombie Musical」。彼の意志を引き継いだ形で長編映画化されたのが、本作だそうです。結果、アメリカの“ファンタスティック・フェスト”で行われたワールドプレミア上映をきっかけに、世界各地のファンタスティック映画祭で上映された。スペインの“シッチェス・カタロニア国際映画祭”ミッドナイト・エクストリーム部門で最優秀作品賞を受賞。イギリスはもとより、オランダ、韓国などでも上映されて、ファンを熱狂させたとか。海外の批評家からは、「ショーン・オブ・ザ・デッド」と「ラ・ラ・ランド」との出会いと評され、ゾンビ×ミュージカルという2ジャンルの融合に成功した異色作になった。                     

  イギリスの田舎町リトル・ヘブン。高校生アナ(エラ・ハント)は、幼い頃に母を亡くし、父トニー(マーク・ベントン)とふたり暮らし。クラスメイトは、ダサい幼なじみのジョン(マルコム・カミング)、ラブラブ・カップルのクリス&リサ、嫌がらせが止まらない元カレ・ニック、SNSでソウルメイトを探し続けるステフなど、くだらない連中ばかり。このパッとしない生活から抜け出したいアナは、大学に進学せず世界を旅することを計画していた。そして、そのチケット代を稼ぐためジョンとバイトに励んでいる。あるクリスマスの日、旅行計画がバレてしまい、アナと父は大喧嘩。夢も希望もない町にうんざりしていたアナは、バイトの帰りにジョンに励まされ、少し元気を取り戻す。翌朝、気持ちを切り替えたアナは、ジョンと学校に向かう。途中、スノーマンの着ぐるみを着た血だらけの男が突如現れ、ジョンに襲いかかる。その瞬間、アナは公園にあったシーソーで男の頭を吹き飛ばす。なんと、男の正体はゾンビだったのだ! そして、アナと仲間たちは、日頃の鬱屈した思いを発散するかのように、高らかな歌声と軽快なリズムにのってゾンビ軍団に立ち向う…。                     

 演出は軽快。劇画チックでクレイジー。サウンド(音楽)も快適。たとえば、墓地でのミュージカル・シーンなどが笑わせます。青春―自由への憧れ、反権力、連帯…。そうした若者のエネルギーが、ゾンビどもとの戦いに凝縮される。ヒロイン、アナ役のエラ・ハントがチャーミング。彼女は言います―「アナは、ブレない、真っすぐな人間。この映画には、明確なメッセージがある。プロデューサーたちはジョン・マクフェールが監督に決まる前から、この物語をリアルに近いものにして、感情もリアルにしようとしていたんだと思う。そこが、他の典型的な青春ミュージカルとは違うの。若者たちは、みんな保守的な歯車の外に夢や希望を持っていて、ゾンビが現れたことにより、両親から離れて自分たちで戦い、成長していくの」と。彼女は、イングランド・デヴォン出身の19歳。自ら歌も歌うし、作曲もし、ミュージカルも大好き、だとか。今回は、撮影よりも先にレコーディングしたという。                     

 そして、若者たちを襲うゾンビどもの姿に、タイトル通りに“世界の終わり”という意味もこめられる。マクフェール監督は語る―「この作品には、いくつもの感動的なシーンがある。それは、あるテーマが根底にあるから。“子供たちが成長して死と向き合う”というのが大きなテーマだ。そして、われわれは、子供たちに何を残すべきか? 次の世代は、どこへ向かうのか? これは、子供たちが成長し、高校を卒業して人生に責任を持つようになることと、同時に親の世代が残した社会に、どう向き合うかということを問う映画だ」と。同監督は、作品作りのために、昔のミュージカルを見て勉強したという。「この映画を撮るまで、ハイスクール・ミュージカルを見たことがなかった。それまでのお気に入りは『サウスパーク/無修正映画版』だった。そして、『ウィキッド』を見に行き、ありとあらゆるミュージカルのDVDを見た。いまは『ウエスト・サイド物語』が好きだ。この映画のなかに少し、その影響も入っている」。まさに、単なるゾンビ・コメディーではないってことですね。                     

 もともとイギリス映画には、リアリズム作法とブラック・ユーモアの精神が息づいています。マクフェール監督も、そんな伝統を引き継いでいるのでしょう。彼は、撮影部門で6年働いたのち、2013年に初の短編「Notes」を撮り、エディンバラのブートレッグ映画祭で最高スコットランド映画賞を受賞。同作品はイギリス全土と北米で上映され、かずかずの賞を受賞した。同年、短編「V for Visa」と「Just Say Hi」を撮影。前者は、ニューヨークのトライベッカ・フィルム・センターで開催されたブートレッグ映画祭で監督賞を受賞。後者はヴァージン・メディア・ショーツ・コンペティションに参加、3つのうち2つの賞を受賞。複数の賞を取った監督は史上初だった。また、クラウドファンドで製作した長編映画「Where Do We Go From Here?」は、オーストラリアのシドニー・インディー映画祭でワールドプレミア上映され、作品・音楽・助演女優部門で受賞。今回が長編2作目となる。                     

 ところで、ぼくたちも電車に乗ると、ゾンビ軍団に取り囲まれ、なんだか気持ちが悪くなりますね。そんな時は、こんな風に考えます。「I Have Not Smartphone、Because I Am Not Zombie!」。「アナと世界の終わり」の採点は―★★★★ でした。


現代アメリカ史の暗黒面を衝く!「バイス」

2019-04-20 13:19:42 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 “バイス”とは、“Vice-President”(副大統領)のことで、更に“悪徳・邪悪”という意味もあるそうです。アダム・マッケイ監督・脚本の「バイス」(4月5日公開)は、現代米国政治史において最も謎に包まれた人物、第46代副大統領ディック・チェイニーにスポットを当てた異色作である。2001年9月11日に起こった同時多発テロ事件では、大統領ジョージ・W・ブッシュを差し置いて、イラク戦争へと国を導いた陰の立役者になった。彼は、ニクソン政権から始まり、ジェラルド・フォード政権のもと、史上最年少の34歳で大統領首席補佐官となり、議員を5期務めた後、1989年にジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)の国務長官に選ばれる。そして、ハリバートン社のCEOを2000年に辞し、ジョージ・W・ブッシュの副大統領となった(2001~2009年)。彼は、大統領を操って強大な権力をふるい、アメリカをイラク戦争へと導く。このアメリカ史上最強で最凶の副大統領は、誰も気づかないうちにアメリカと世界の運命を最悪のものに変えてしまったといわれる。                     

  1960年代なかば、酒癖が悪く、ろくでなしの青年ディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)は、のちに妻となる恋人リン(エイミー・アダムス)に尻を叩かれ、政界への道を志す。型破りな下院議員ドナルド・ラムズフェルド(スティーヴ・カレル)のもとで政治の表と裏を学んだチェイニーは、次第に魔力的な権力の虜になっていく。大統領首席補佐官、国務長官の職を経て、ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領に就任した彼は、いよいよ入念な準備のもとに“影の大統領”としての力を振るい始める。そして、2001年9月11日に起こった同時多発テロの際、ブッシュ(サム・ロックウェル)を差し置いて危機対応にあたり、あの悪名高きイラク戦争へと国を導いていく。法をねじ曲げることも、国民への情報操作も、すべてを意のままにして。こうして、ディック・チェイニーは、幽霊のように自らの存在を消したまま、その後のアメリカと世界の歴史を根こそぎ塗りかえてしまった……。                       

 チェイニー役のクリスチャン・ベールが熱演を見せる。かつての青春スターが、ふてぶてしく不気味、腹黒さを秘めた雰囲気を醸し出しているのが見どころ。彼は、約20キロにも及ぶ体重の増量、一度あたり5時間近くを要する特殊メイクを施して、約半世紀にわたるチェイニーの軌跡を体現したという。リチャード・ニクソン、ジェラルド・フォード、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ、その息子で無邪気な青二才のジョージ・W・ブッシュ…歴代大統領のもとで力を培ったチェイニー。それが、9:11を機会にイラク、オサマ・ビンラディン、ISとの戦いを開始する策略を講じる。チェイニーを支えた妻のリンは、文学博士号を持つ著述家であり、その他でも華やかなキャリアを誇っている。ところが、次女メアリーが思春期に同性愛者であったことが判明し、チェイニーは大統領への道を断念し、一時巨大石油会社のCEOになる。野望家で陰謀家の光と影がみごとに交錯していく。                       

 演出は歯切れよく、時代を交互に並行させて進行していく。とりわけ、作品の底から湧き上がるブラック・ユーモアで、怪人政治家を笑いのめすくだりがユニークです。アダム・マッケイ監督は、コメディー集団“アップライト・シチズン・ブリゲイト”の創設メンバーであり、「サタデー・ナイト・ライブ」の脚本を手がけた。そして、映画界にも進出。クリスチャン・ベールとは、「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(15)に次いでのタッグとなる。また、TV「マイケル・ムーアの恐るべき真実 アホでマヌケなアメリカ白人」(99)などの企画に携わっている。要は、政治の暗黒面を笑いのめす才にたけているわけだ。彼は語る―「リサーチをして、本当に驚かされた。最も驚愕したのは、チェイニーがいかに細かいところまで注意を払う人なのかということ。別のオフィスを持っていたり、メールが自動的に保存されないようにしていたり。彼は独特の天才で、官僚の天才だ」と。また「のちにブッシュのパパ(ジョージ・H・W・ブッシュ)も、“チェイニーがホワイトハウスに影の帝国を築くとわかっていたら、息子に彼を勧めたりはしなかった”と言ったんだ」と述懐する。                     

 チェイニーを通じて、こうした歴代の政権の流れを見てみると、マッケイ監督は明らかに、いまのドナルド・トランプの素性まで見据えているような気がします。その証拠に、同監督はこんなコメントを発している。「トランプに本当のパワーはない。彼が人の注意をほしがっている弱い奴だというのは、いつも明らかだ。そんな男が当選したのは、民主主義なんかクソくらえ、常識なんかクソくらえ、という人たちが投票したから。彼になったらメチャクチャになるのはわかっていたし、実際その通りになっている。だから僕は、彼に時間をかける価値はないように感じる。トランプには、イデオロギーというものが何もない。彼がやっているのは、民主主義に中指を立てることだ」と。まさに、無為無策のアホ・トランプの本質を言い当てている。この作品は、3月に公開されたロブ・ライナー監督の「記者たち-衝撃と畏怖の真実」と対をなしているといっていいと思います。ジョージ・W・ブッシュ政権が、大量破壊兵器を隠していると称してイラク戦争に踏み切る。それに疑義を呈した弱小新聞社の記者たちの苦闘。ひるがえって考えると、こうした政権の悪を見通して異議を申し立てるアメリカ映画があるということは素晴らしいことだと思います。(★★★★+★半分)


ブッシュとイラク戦争の真実「記者たち-衝撃と畏怖の真実」

2019-03-29 14:36:08 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 アメリカ史上最悪の大統領ドナルド・トランプが、都合の悪いメディアの報道を“フェイクニュース”などとこきおろすシーンは見るに耐えない。ところがアメリカでは、過激な言動で物議を醸すこのトランプ大統領の誕生より10年以上も前に、政府が自国民と世界中を欺く巨大な嘘をついていた。「イラクのサダム・フセインは、大量破壊兵器を保有している」―これが2003年におけるイラク戦争開戦理由のひとつだったが、のちに大量破壊兵器は見つからず、情報の捏造だと明らかになった。当時、大手メディアは、軒並みジョージ・W・ブッシュ政権下の嘘に迎合して、権力の暴走を押しとどめる機能を果たせなかった。たったひとつの新聞社を除いては……。こうした真実に光を与え、骨太な社会派ドラマに仕上げたのが、ハリウッドのヒットメーカー、ロブ・ライナー監督(「スタンド・バイ・ミー」「最高の人生の見つけ方」)の「記者たち-衝撃と畏怖の真実」(3月29日公開)です。                       

 2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は“大量破壊兵器保持”を理由に、イラク侵攻に踏み切ろうとしていた。新聞社ナイト・リッダーのワシントン支局長ジョン・ウォルコット(監督ロブ・ライナーが演じる)は、部下のジョナサン・ランデー(ウディ・ハレルソン)、ウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)、そして元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)に取材を指示。しかし、破壊兵器の証拠は見つからず、やがて政府の捏造、情報操作であることを突き止めた。4人は、真実を伝えるために、批判記事を世に送り出していく。だが、NYタイムズ、ワシントン・ポストなどの大手新聞社は、政府の方針を追認。ナイト・リッダーは、かつてないほど愛国心が高まった世間の潮流のなかで孤立していく。それでも、記者たちは大義なき戦争を止めようと、米兵、イラク市民、家族や恋人の命を危険にさらす政府の嘘を暴こうと奮闘する…。                       

 政府による虚偽の根は深い。2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生した。ブッシュはすぐさまテロとの戦いを宣言。イスラム系テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンが首謀者との疑いが浮上する。そして政権が、ビンラディンを匿っているアフガニスタンのタリバンだけではなく、イラクとの戦争を視野にいれるという情報が飛び込んだのだ。ナイト・リッダーの記者たちは、中東問題や安全保障の専門家、政府職員や外交官らへの地道な取材を実施。ビンラディンとサダム・フセインがつながっている証拠は見当たらないというのに、アメリカがイラク戦争に傾斜していることが明らかになる。すべては、同時多発テロへの怨念に端を発しているのだ。同時に映画の冒頭、アフガニスタン戦争を見て軍に志願し負傷した黒人の元陸軍上等兵の公聴会が切迫感を与える。“ナイト・リッダー”は、31紙の地方新聞を傘下に持つ媒体だった(2006年、大手新聞チェーン「マクラッチー」に買収されている)。だから、なかにはウォルコットらの主張に疑問を抱く傘下の新聞社も出てくる。だが、ウォルコットは言う―「他のメディアが政府の広報に成り下がるなら、やらせておけばいい。我々は、我が子を戦争にやる者たちの味方なのだ」と。                      

 映画の原題「SHOCK  AND AWE」は、イラク侵攻の軍事作戦名“衝撃と畏怖”から採られている。また本作には、イラク戦争を推進したブッシュ政権の政治家らの映像や、当時のニュース番組などのフッテージがふんだんに盛り込まれ、現実味を加えている。更に、登場するジャーナリストたちは、いまもワシントンD.C.で現役記者として活躍しており、本作への協力を惜しまなかったという。彼らは、脚本の段階から撮影までの製作段階で、常に協力した。ほとんどの間、撮影セットに立ち会い、ロブ・ライナー監督や俳優たちが意見を求めようとするときには、いつでもアドバイスできるように準備していたそうだ。出演者のなかでは、ジョン・ウォルコットを演じるロブ・ライナーが貫禄十分だ。彼は、イラク侵攻が始まった2003年の時から、この戦争とアメリカの関与についての映画を撮りたいと考えていたという。その思いを実現するために、長年にわたってイラク戦争に関連する複数の企画を映画化しようと試みた。その念願が今回、ついにかなったというわけだ。                      

 ロブ・ライナー監督は手練れの演出を見せる。饒舌にはならず、端的に事実を展開。かつ記者たちの取材をスリリングに描く。彼は語る―「もし、私たち国民が真実を知ることを許されなければ、民主主義は存続しない。私にとって、この映画はそのようなメッセージを伝えるための作品だ。また、真実を知るという自由や、政府や権力の影響を受けない報道を、どのように手に入れていくかというメッセージもこめている。そういう自由がなければ、民主主義に希望は持てないのだから」と。第35代大統領ジョン・F・ケネディ(1961~1963就任)以降、ブッシュ父子をはじめ、アメリカでは卓越した大統領は登場していないように思われる。それが、以降の世界情勢を混乱させた理由だ。そして、現在のアホ・トランプに至るや、がぜんアメリカの民主主義は衰退していく。移民の排斥、ロシア疑惑、メディア攻撃…彼のでたらめぶりは、つきることがない。そして、こんな男に追従する各国の首脳も出てくる。ところで本作では、イラクの大量破壊兵器保持の情報を、ディック・チェイニー副大統領首席補佐官が意図的にリークしたというくだりが登場する。彼に焦点を当てた秀作映画が4月に公開されます。それについては、またのちほどご紹介しましょう。(★★★★)

 

 

 

 


ノルウェーを襲った連続テロ事件「ウトヤ島、7月22日」

2019-03-10 17:57:15 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 2011年7月22日、治安が安定し、北欧の福祉国家として知られるノルウェー王国が、悪夢のような惨劇に見舞われた。午後3時17分、首都オスロの政府庁舎前で、駐車中の不審なワゴン車に積み込まれていた爆弾が爆発。凄まじい威力で周囲のビルのオフィスや店舗を破壊、8人が死亡した。更に午後5時過ぎ、オスロから40キロ離れたウトヤ島で銃乱射事件が発生。この第二のテロでは、ノルウェー労働党青年部のサマーキャンプに参加していた十代の若者など69人が殺害された。この後者のウトヤ島事件を題材にした作品が、エリック・ポッペ監督の「ウトヤ島、7月22日」(3月8日公開)です。事件発生から終息に要した同じ尺、つまりリアルタイムの72分間をワンカットで撮るという試みに挑み、プラス導入部&事件後の始末を加えたリアルな作品に仕上げた。ポッペ監督は、ヒリヒリするようなサスペンス・タッチで、犯人の姿を見せずに逃げ惑う若者たちの姿を追っていきます。
                    ※
 2011年7月22日、午後5時過ぎのウトヤ島。ここでは、恒例行事であるノルウェー労働党青年部のサマーキャンプが催されていた。参加した大勢の若者たちは、キャンプを楽しんでいた。だが、オスロ中心部の爆破事件の知らせが届き、かすかな動揺が広がる。そんななかで、誰かが「バーベキューはまだかな」とつぶやいた直後、遠くから何かが爆発したような音が聞こえてくる。すると、爆発があった方角から、数人の若者が猛然と走って来る。「逃げろ!」―少女カヤ(アンドレア・バーンツェン)は、慌てて仲間たちと建物に避難するが、誰ひとりとして事態を把握できていない。絶え間なく鳴り響く音は銃声のようであり、少しずつカヤたちがいる建物のほうに迫りつつある。「こっちに来る!」―その場に居合わせた全員が外に飛び出し、カヤは数人の仲間と森に逃げ込み、木陰に身を隠す。やがて、仲間は水辺に向かって走り出すが、カヤは妹エミリアを捜すためキャンプに戻る。だが、妹の姿はない。最初の銃声から30分近く経っているのに、警察が助けにやって来る気配はない。銃声と悲鳴が飛び交う悪夢のような極限状態のもと、カヤも水辺に追い詰められていく…。
                    ※
 ノルウェーでは政党ごとに青年部があり、夏になると若者たちを集めてサマーキャンプを開催する習慣があるという。彼らを襲った犯人は、当時32歳のノルウェー人、アンネシュ・ベーリング・ブレイビク。排他的な極右思想の持ち主で、積極的に移民を受け入れていた政府の方針に強い反感を抱き、用意周到に準備を整えた上で、おぞましい連続テロ計画を実行。これはノルウェーにおける戦後最大の大惨事となったが、日本での報道は限定的なものになった。キャンプでは政治に関心ある若者が集い、政治を学び、国の将来について語り合うそうだ。ブレイビクは、これに狙いを定め、オスロで爆破を実行したのちに車で移動し、警官に成りすましてボートで島に上陸。罪のない少年少女を、ライフルと小銃で手当たり次第に撃ちまくった。現地からの度重なる救助要請の通報にもかかわらず、警察の初動ミスに通信トラブルが重なったために、ブレイビクの冷酷な犯行は、実に72分間にも及んだ。映画では犯人はほとんど画面に映らず、「ドーン! ドーン!」という銃声だけが聞こえる。
                    ※
 絶え間ない銃声の轟き、若者たちの叫びと逃走…。カメラは少女カヤに寄り添って、彼女をはじめ若者たちが、極限の恐怖のなかでいかに行動していったかをワンテイクで、実際の生存者の証言に基づいて描き出す。若者たちは、絶望的な状況のなか携帯で警察や親に連絡を取り、互いに助け合って懸命に生きようとする。センチメンタルなドラマや音楽などの装飾を排除して、登場人物の心の葛藤と身体的な反応を生々しく伝えるのだ。エリック・ポッペ監督は言う―「若者たちは、突然襲ってきた圧倒的なほどの恐怖に、どう立ち向かったのか。絶望的な状況から、どうやって逃げ出そうとしたのか。これらを、目撃者の証言をもとに描いている。それは、われわれの理解を超えた底知れない暗闇のなかで、ひと筋の光を探すようなものだ。そんな状況下でも、若者たちは助け合い、ひとりひとりが持つ最大限の思いやりや、前向きな姿勢で乗り切ろうとする。これが、私が描きたかった大切な要素だ」と。
                    ※
 エリック・ポッペ監督はオスロ出身。ノルウェーの新聞社や通信社のカメラマンとしてキャリアをスタート。スウェーデン・ストックホルムの映画・ラジオ・TV・演劇大学で撮影を学んだ。そして、映画界に進出。代表作に「ヒトラーに屈しなかった国王」(16)がある。本作について、同監督は語る―「ヨーロッパではいま、外国人への嫌悪や他者に対する懐疑心、テロリズムへの恐怖が膨れ上がっている。われわれ、ひとりひとりが、この状況にどのように対処していくのかを考えることが大切なのだ。そして、それには一本芯の通った広い心を持つこと、仲間を信頼すること、そして共通の未来へ希望を抱くことが必要なのではないだろうか」と。そうしたテーマを、ワンカットのカメラで、ひとりの少女を追い続けながら映像に定着させた手法がユニークだ。いま北欧では、移民や亡命者への差別、他国の内乱がもたらす影響などを主題にした映画や小説などが目立つ。そんな現実に起こりつつある葛藤や矛盾を取り上げた作品が出てくること自体が素晴らしいと思います。(★★★★)


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