湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

百姓暮らしの基盤が整う・・・

2015年12月31日 |  1.百姓暮らし

今日の午後、妻の買い物に郡山に同行・・・。

ホームセンター山新で、妻が、キャットフードや日用雑貨を購入している間、筆者は、農具・工具・電動工具売り場を散策・・・。

2013年4月1日に帰郷・帰農してから、湖南で、有機栽培・無農薬栽培でコメと野菜を栽培するために必要な、農機具・電動工具・資材などを買い集めてきましたが、基本的なものは、ほとんど収集済・・・。帰農して、有機栽培・無農薬栽培が軌道にのるには、やはり、3年の歳月がかかるようです。

2016年、新しい年は、筆者と妻の、田舎暮らし・山郷暮らし・百姓暮らしがさらに充実されることになる年・・・。入手したハード(農具・工具・電動工具)とソフト(農書・関連図書)を使いこなしたり読みこなしたりしながら、あとは、実践あるのみ・・・!

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昼は、お餅を焼いて・・・

2015年12月31日 |  4.田舎の食生活

今日の昼は、お餅を焼いてたべました。

妻がつくって成形した白餅も豆餅を、筆者が切りましたが、どれも均一に切ることができました。どちらかいいますと、西日本風・・・。豆餅も、湖南でつくられている豆餅とは違って、あきらかに西日本の岡山・徳島でつくられている豆餅・・・。

妻の実家のおかあさんがつくる<ここらのもん>の白餅は、中心が厚くなった円形状に伸ばしたもちを四角に切りますので、どちらかいいますと、しっちゃかめっちゃか・・・。普通の切り餅の長方形は少なく、台形になったり、三角形になったり、三日月状になったり、不揃いの切り餅になります。

今年は、妻の実家のおかあさんが後生大事に、<おらが買ったもち米だ!おめえらには食わせねえ!>といって寝室に抱え込んでいる5年前のもち米ではなく、この前スーパーで買ってきたもち米・・・。妻は、<このもち米は私たちが買ってきたものだから、私たちが好きなように使います!>といって、筆者と妻で、白餅と豆餅をつくることにしましたので、見た目もきれい・・・。焼きあがった餅も、お餅らしいねばりがあって、とても美味しいお餅になりました。

妻の実家のおかあさん、<ここらのもんでねえ、ろくでなしが作った餅でも美味えんだなあ・・・>と独り言をいいながら、黙々と食べていました。妻の実家のおかあさん、2013年4月1日に帰郷して以来、いつも、<ここらのもんでねえから、ろくでなしの根性悪のうそつきだ!>と筆者と妻を罵倒するのみ・・・。それでも、そんなこんなで、3年の歳月が過ぎようとしています。痴呆になると、3年間も、こわれた蓄音機みたいに同じセリフをしゃべり続けることになるようです。

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酒粕、食パン一斤分いただく・・・

2015年12月31日 |  4.田舎の食生活

今日、湖南史談会の元会長のEbina先生が、食パン1斤分の大きさの酒粕を持ってきてくださいました。Ebina先生、<吉田くんなら、酒粕を使った料理知ってるべえ!>と話しておられましたが、この酒粕・・・、Ebina先生が営業用の食材として仕入れたものではないかと思いましたが、筆者の妻、筆者に、<すぐ、酒粕の保存方法と料理のレシピを調べて!>といいます。

それで、筆者、妻の寝室の書棚に並べている本のINDEXを手掛かりに必要な資料を探したのですが、ほとんどなし・・・。山口にいるとき、旧徳山海軍病院で調理師をしていた妻ですら、持っていない酒粕に関する資料・・・。妻は、<すぐ、インターネットで調べて!>といいますので、筆者、すぐ検索してプリントアウト・・・

プリントアウトしたものを閉じて、見出しをつけて、冊子をつくりました。レシピは、筆者の独断と偏見で、筆者が食べてみたいと思うレシピから選択しました。その冊子の内容は、

1.酒粕の種類と保存方法
2.焼き酒粕
3.酒粕のペーストの作り方
4.酒粕入りミルクの作り方
5.甘酒の作り方
6.酒粕入り卵焼き
7.汁物の作り方
8.酒粕を使った野菜料理
9.酒粕を使ったうどん・ラーメン・スパゲッティ
10.魚料理
11.酒粕入りパンの作り方
12.酒粕をつかったケーキの作り方
13.酒粕まんじゅうの作り方

いただいた酒粕は、8当分して、保蔵用パックに入れて冷蔵庫で保存・・・。Ebina先生の経営されている食堂、この酒粕を使って何の料理を出されるのでしょう。新年のお客に甘酒を振る舞うため・・・? それとも、甘酒を使った石狩ラーメンをメニューに加えるため・・・? 年が明けたら、ラーメンを食べに行ってみなければ・・・。

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湖南の年末年始は雪・・・

2015年12月30日 |  1.湖南の天気

妻のふるさと・湖南の年末・年始は、雪マークが点灯しています。気温が低下していることから、雨より雪の日が多そうです。

夜、シンシンと冷える日々が続いています。今朝の、筆者の寝室の温度は、3.0度C・・・。この冬一番の冷えでした。

今朝は、少しく積雪していましたが、村の鎮守の諏訪神社の除雪作業にでかけましたので、今日は、妻の実家の庭の除雪作業はしませんでした。しかし、日中、晴れていましたので、積雪した雪はかなり溶けたようです。

雪は、不思議な存在です。

大地の汚れも穢れも一様に覆い尽くしてまっしろな世界に変えてしまいます。今日、諏訪神社の本殿の屋根の上の木の枝に、スズメよりはるかに小さな小鳥が群れをなして飛んできました。十数羽・・・。総合的にみますと、その小鳥はヒガラ・・・。一緒に除雪作業をしていたひとは、エナガだといいますが、エナガよりもっとちいさな小鳥だったので、筆者はヒガラと判断しました。

筆者、ヒガラの群れをまじかでみるのははじめて・・・。とてもちいさくて、なんともいえないかわいらしさがありました。

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湖南の年の暮れと年の始め・・・

2015年12月30日 |  2.猪苗代湖南

今日の午後、湖南の民俗に関する古書をひもといていました。

妻の実家のおかあさんのいう<ここらのもん>の年の暮れと年の始めの過ごした方についての情報を得るためです。しかし、情報を集めれば集めるほど、湖南の正月のイメージは段々重苦しくなってきます。

妻の実家のおかあさんに、<ここらでは、こんなことをしてたんだべえ?>と尋ねますと、100%同じ言葉が返ってきます。<ここらではそんなことはしねえ!> 筆者、<ここらのもんが書いた本に、書かれていることだぞ?>というのですが、おかあさん、<ここらのことではねえ!ここらのもんはそんなことはしねえ!>と認めようとしません。

もちろん、筆者、痴呆のすすむばあさんを<説得>しようとは思っていませんが、湖南の年の暮れと年の始めの行事・・・、今の<ここらのもん>であるじいさん・ばあさんの頭の中からはすっかり欠落してしまっているようです。<ここらのもん>であるじいさん・ばあさんの語る言葉は、昔の、40~50年前の<ここらのもん>の生き方をほとんど反映していないようです。

それはそれでいいのですが、筆者が、湖南の正月のイメージが段々重苦しくなるというのは、楽しいはずのお正月、<雪が降ってこれといった仕事もなく、里をでた人たちが皆帰省して、のんびりと集えた>反面、<弥陀の里>では、その名前に背くように、親類<縁者>、知人・友人が集まると、<会わなくてもいい人>に会わなければならないし、<嫌い>なひともやってくる。<訴え、叫び、批判、揚げ足取り>、みんな自分の<利害損得>を優先させるあまり、<喧々囂々とどまることを知らない>誹謗中傷の非難合戦が展開される・・・。いやがらせにねたみそねみ・・・。<弥陀の里は今その常道と化している>。そして、そのことで、<とてもにぎやかである>。

<弥陀の里>に生まれたひとがこのように語っています。<この風光明媚な湖南の地でありながら、磐梯山も猪苗代湖も見えない山峡の湿地に、福良から中学校を移した人は誰なんだろう?> <永遠に去っていった>昔のふるさとの姿を重い浮かべながら、<心象に映じた森羅万象を、正夢として呼び戻すことはできない。白雲捉え難しの情をもって>、ふるさとをあとに<私は歩きだした>・・・。

この冬、<弥陀の里>、福良に住んでいた1組の老夫婦が離れて行った。<弥陀の里>のひとびとに、<石をもて追わるるごとく・・・>。

さびしかないか、湖南よ!そんなことで、ほんとうにいいのか?<弥陀の里>の名が泣いているのではないのか?高齢化・過疎化がすすむ<弥陀の里・極楽>を、さらに<地獄>と化してなんとする?

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湖南の農家の長期天気予報・・・

2015年12月30日 |  2.猪苗代湖南

<ここらのもんにはここらのやりかたがある!>

妻の実家のおかあさんの口癖です。天気予報についても同じで、最近は、テレビの天気予報を信じている農家が多いようですが、昔の湖南の農家は、ひとにたよらず、自分で予報していたようです。

節分のとき、まかれた豆を12個集め、<囲炉裏の火床の縁に12個並べ>、一家の長が<年占い>をしたようです。10分ほどすると黒い煙が立ち始め、じっと焦げてゆくもの、火のつくもの、吹き出すものといろいろあるが、黒くなったものを雨、白くなったものを晴れ、吹き出したものを風といった具合に、その月々の天候を分析して、この歳がどんな天気かを占うのだ>。一家の長は、<この年占いの結果を大黒柱の左側にあった障子の上に紙を貼って、丹念に筆で記入・・・。その紙には24節季と年中行事がも書き込まれていて、その紙に書かれた通り農事は進んでいった>そうです。

<当たるも八卦、当たらぬも八卦>ということわざがありますが、<占い>だけでなく<天気予報>もその類だったのでしょう。

佐瀬与次右衛門著『会津歌農書』には、冬の天気と春・夏・秋の米・野菜の収穫に関して次のような歌が収められています。

冬雪の積もるほどよし翌年の夏田も更に水多くして
冬雪のふらぬを嫌ふ地作りハよく年畑の虫多きとて
元よりも冬雪ふらぬよく年の諸作の出来ハ中といひけり

この冬、積雪量が少ないという現実から、来年の米つくり・野菜つくりは、1.水が少ない、2.野菜に害虫が発生、3.収穫量は例年なみ・・・ということになります。『会津農書』は、近世幕藩体制下の<科学の書>なので、合理的な説明をほどこすことに徹して、<占い>に逃げる姿勢はなさそうです。                 

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気象庁のデータを読み込む・・・

2015年12月30日 |  2.微気象



昨日、深夜まで、気象庁の測量データにアクセスして、妻のふるさと・湖南で米つくり・野菜つくりをするときに必要な気象データをダウンロードして、それを表計算ソフトのエクセルに読み込む作業をしていました。

1899~2010年までの30年間の平年の気象データと、2011年・2012年・2013年・2014年・2015年の5年間の気象データ・・・。筆者と妻が、湖南に帰郷したのは、2013年4月1日ですから、筆者と妻、すでに湖南町赤津村で3年間に渡って、米つくり・野菜つくりをしたことになります。

2015年は、エルニーニョ現象にともなう冷害が発生・・・。その異常さは、上記の雨量データからもうかがうことができます。稲の花の咲き始めから1ヶ月間、雨の降る日が多かったのですが、その雨の量、上記のグラフでも一目瞭然です。

筆者と妻の、標高550mの湖南高原の棚田での有機栽培・無農薬栽培によるコシヒカリとはえぬきの栽培・・・、1年目の2014年も、2年目の2015年も天候の異常で、2014年は栄養成長が阻害され、2015年は生殖成長が阻害されるという冷害に見舞われたようです。平年なみの収穫量になれば、妻の実家の棚田のコシヒカリとはえぬきも収量が増えることでしょう。

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教育勅語の精神・・・

2015年12月30日 |  3.赤津村の共同作業

今日、赤津村の鎮守・諏訪神社の神主さんからもらった福島県神社庁『平成28年神社歴』に、教育勅語が掲載されていました。

説明文に、<教育勅語とは、明治天皇がお示しになられた12の道徳が簡潔な中にも美しい文体で表されたものです。心の教育が問われる今こそ、日本人の教育理念として大切にしなければなりません。>とありました。

添付された教育勅語の現代語訳を読んでみて、筆者、ほとんど違和感を感じない自分に気づかされました。しかし、その現代語訳、教育勅語の原文とはかなり意味合いが異なっているようです。原文は戦前の、その現代語訳は戦後の精神を反映しているようです。原文は絶対天皇制、現代語訳は象徴天皇制が前提・・・。

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諏訪神社の除雪作業をするときの服装と装備・・・

2015年12月30日 |  3.赤津村の共同作業

今日、赤津村の鎮守・諏訪神社の境内・石段の除雪作業に行ったときの筆者の服装と装備・・・。

上は登山用のヤッケ、背中はオレンジ色の登山用のリュックサック(中には着替えとタオル)、下は雨合羽、手袋は軍手に使い捨て用のゴム手袋をはめ、足はソックスに防寒用のグッズと長靴・・・。リュックサックには枝を落とすためののこぎり、小型ハンディラッセルと竹ぼうき・・・。

靴下の上にはく防寒用のグッズは、真冬に道路工事現場で交通整理をしているガードマンの方がはいているというグッズ・・・。これをつけていますと、除雪作業をしていても、足の裏が冷えるということはありません。

家の庭に積もった雪を除雪するときは、こんな服装はしませんが、これからは同じ服装で除雪作業をすることにしましょう。寒さ・冷たさを感じないで作業をすることができます。

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赤津村の鎮守・諏訪神社の除雪作業・・・

2015年12月30日 |  2.赤津村の風景

今日は、赤津村の鎮守・諏訪神社の境内・石段の除雪作業の日・・・。

参加したのは、神主さんと神社総代の4名の計5名・・・。他の神社総代や村の方々は、<日が悪い>とか、<体調が悪い>とか、いろいろな理由で不参加・・・。今年はとても、さびしい除雪作業になったようです。

集落の規則で、筆者が神社総代をするのは、2年間だけ・・・。筆者が、神社総代をすると、集落のひとは誰も出て来ないとかで、筆者、神社総代は外れることになりました。今度、神社総代がめぐってくるのは、20年後・・・。

湖南町赤津村・・・、高齢化と過疎化が進み、農村的地域社会の維持管理のための共同作業も年々参加するひとが少なくなっているようです。農家は、65歳になると、みなさん、隠退しておられるようですから、これまで村を支えてきた団塊世代は、一斉に隠退して、社会活動から退くようです。

作業を終えたあと、神主さんから、豪華なおべんとうとペットボトルのお茶、福島神社庁が出した『平成28年神社暦』をいただいて帰ってきました。その暦によりますと、昭和23年生まれの筆者、来年は、<数え年69歳>・・・!

筆者、その暦を見て一瞬思ったのは、<来年は、数え歳70歳・・・?そんな歳で、標高550mの湖南高原の棚田で有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリとはえぬきを栽培してるの?そんなことあり得ない!> しかし、あり得ないと思われるようなことを、筆者、妻のふるさと・湖南でしているようです。

神社総代のWatanabeさん、<今年は青米が多かったべえ?>と話しかけて来られます。筆者、<冷害の影響を受けたみたいですね。コシヒカリは反あたり6俵、はえぬきは反あたり7.5俵でした。でも、すごいですね。小枝町の農家のひとは、反あたり12俵とれたそうですから・・・>と答えますと、<12俵? そんなには採れてねえ!よくとれて8俵だ!>と話しておられました。高齢化すると農家も、反あたり何俵とれたのかの計算も正確にできなくなるようです。筆者、湖南町赤津村の農家の方々の話は、額面通りに受けとめますので、いろいろ齟齬が生じるようです。

<反あたり12俵とれた>というのは、湖南町赤津村の農家の方々の<願望>であって、収穫実績ではないのかもしれません。

筆者と妻、収穫した米は、ボウガケで自然乾燥しますので、湖南町赤津村の農家の方々がみてすぐ収穫状況が分かります。専業農家の方々に実際の収穫量と異なる数字を並べてもすぐ見抜かれてしまうでしょうから、筆者と妻の収穫量は、実数を表示しています。

来年は、<数え歳69歳>で、米つくり3年目です。再来年は、筆者、なんと、数え歳で<古稀>ですって!

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最低温度計・・・?

2015年12月29日 |  6.買い出し

今日、郡山へ行ったとき、コメリで、最高最低温度計を2個購入しました。

妻のふるさと・湖南で冬暮らしをするのは、室内の温度管理が大切・・・。場合によっては、防寒対策をしなければなりません。そのためには、最高最低温度計を使って、一番部屋が冷えるときの温度を把握する必要があります。現在まで、最高最低温度計を設置しているのは、玄関・風呂の脱衣場・2階の廊下・・・。

普通の温度計は、妻の寝室・台所・居間・・・。ポケット気象計があるのは、筆者の寝室・・・。

防寒対策をする上で一番役立つのは、やはり、最高最低温度計・・・。

ところが、家に戻って、最高最低温度計のパッケージを開けてみますと、中から出てきたのは、背面が汚れて、温度を示す文字板もよごれが目立つ、しかもこわれた中古の品・・・。コメリの店員さんが新品と中古を詰めかえることはしないので、たぶん、客がすり替えたのでしょう。これも、万引きの一種なのでしょうが・・・。

筆者、すぐ、コメリに電話・・・。<領収書と商品を持ってきてください。新しいものと交換します。>と言われますので、奥羽山脈の三森峠を再度越えて、コメリに持って行きました。同じ商品の在庫がないということで、2個分の返金をしてもらいました。

その帰り、近くのホームセンター・カインズホームへ寄ったのですが、コメリに返品したのと同じメーカーの同じ型番の最高最低温度計が2個ありましたので、購入しました。価格は、コメリより、ペットボトルのジュース1本分安かったので、ペットボトルのジュース1本を買って、飲みながら、三森峠を越えました。

しかし、世の中、変なひとがいるものですね。新品を、こわれた中古に差し替えるひとがいるとは・・・。それとも、Made in China の最高最低温度計であったため、最初から、こわれた中古の製品がパッケージされていた可能性も否定できません。ほんとうに<最低温度計>でした。

ともかく、カインズホームで、まともな最高最低温度計を2個購入できたのはさいわいなことでした。

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新しいメガネは快適・・・!

2015年12月29日 |  2.老化と老化対策

この前、メガネの三城に注文していた、筆者の近視のメガネをとりに郡山にでかけました。

これまでは、遠近両用のプラスチックレンズを使っていましたが、筆者、高齢化によって老眼鏡をかける必要がなくなったようです。それで、今夏は遠近両用のレンズではなく、近視専用のガラスメガネにしました。

高齢化により、近視の度数も2段階下げることになりましたので、新しいメガネをかけても、違和感はほとんどありません。むしろ、逆に、すごくよく見えるようになりました。

山口の梶原眼科の先生が話していた通り、筆者、歳をとればとるほど、メガネをかける必要がなくなりそうです。とりあえずは、老眼鏡をかける必要はなくなりました。近視のメガネも、そのうちかける必要がなくなるでしょう。67歳にして、まだ視力が与えられていることは、主なる神さまのめぐみ以外の何ものでもありません。筆者の実の父の晩年は、ほとんど弱視の方々の視力と同じ状態でしたから・・・。1級の視角障害者であった、筆者の父とは、まったく異なる人生の晩年を過ごしてる筆者、ただただ、主なる神さまに感謝するのみ・・・。

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お隣の農家に農業用ビニールハウスが建つ・・・

2015年12月29日 |  1.田舎暮らし

今朝、除雪作業をしていたとき、簡易温室の屋根の雪お降ろしをしていたとき、冷たい突風がふきはじめました。

風上に背を向けていないと、呼吸すらできなくなります。しかも、風はとてもつめたく、顔をつきさすような厳しさがあります。それで、除雪作業は中止することになりました。

簡易温室の北側にある、お隣の畑に、農業用ビニールハウスが建てられていました。その農家のご主人、湖南に雪が降り始めてから、農業用ビニールハウスの設置をはじめられたのですが、どうやら、完成されたようです。筆者なら、まず、無理・・・。その畑を吹き抜ける吹雪の厳しいこと・・・。ただ耐えるだけでも大変なのに、その中で、農業用ビニールハウスをつくるなんて、とてもまねはできません。

しかも、とてもていねいな作業、敬服させられます。

 

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JA郡山、合併20周年記念の時計をいただく・・・

2015年12月29日 |  2.百姓の営み

昨日、筆者の妻、JA湖南にでかけたとき、その職員の方が、JA郡山の大槻支店に頼まれたとかで、<JA郡山合併20周年記念品>をいただいて帰ってきました。

そのに入っていたのは、記念誌の『郡山市農業協同組合合併20周年記念誌~地域と共に歩んだ20年の足跡~』と記念品のデジタル時計・・・。JA郡山の正組合員の方々にこの記念誌と記念品が贈呈されたようです。

筆者の妻、JA湖南では正組合員・準組合員になることはできず、JA郡山の正組合員にしていただきました。JA湖南と比べてJA郡山は正組合員になる条件がゆるやかで、所有している農地の条件は3.0反・・・。妻の自家の田4反・畑0.6反は、その3.0反を超えていますし、筆者と妻、専業百姓として、米と野菜を栽培しているので、農園主の妻が、JA郡山の正組合員になることを許可していただきました。

といっても、JA郡山の大槻支店は、奥羽山脈の三森峠を越えたところにありますので、それほどしょっちゅうJA郡山の大槻支店に出入りすることができるわけではありません。JA郡山の情報もほとんど入手することはできませんが、インターネットのサイトには度々アクセスしていますので問題はありません。

このデジタル時計・・・、月・日・時・分・秒・温度・湿度が常時表示されます。

妻の実家のおかあさん:ええ時計だなあ!
妻:わたしがもらった時計だから、わたしの部屋に置くことにするわ!
おかあさん:おらにくれたんでねえのけ?ここらのもんでねえおめららにくれるわけねえべえ?
筆者:これみてみろ、ばあさんの名前ではなく、A子さんの名前だべえ?
おかあさん:んだなあ?農協は変わってんな?おらにくれねえで、ろくでなしのおめえらにくれんだ!
筆者:ばあさんも昔もらったべえ?ばあさんがいつもみてる時計は、JA郡山の合併記念の時計だ!
おかあさん:それはうそだ!あの時計は、おらが買った時計だ!
筆者:あの時計見てみろ!JA郡山合併記念と書かれてるべえ?
おかあさん:だども、おらあ、お金はらってあの時計買ったんだ!間違いねえ!おらあ、まだぼけてねえ!おめえ、おらがぼけてると思って、かってなこと言ってんでねえのけ?
筆者:どうてもええけど、あの新しい時計は、ばあさんにくれたものでねえ!
おかあさん:ああ、そうけ!

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町内会長が水門の管理・・・

2015年12月29日 |  1.田舎暮らし

今日、除雪作業をしているとき、町内会長が、農業用水路の分岐点(第5水門)のチェックにこられました。

<誰かが、とりのぞいんたんだべなあ?昨日の朝、おらあ、用水路の中に土のうを2個設置したんだ!>といいながら、畑の雪が膨らんだあたりを探していました。<あった、あった、これだ!>といいながら、大きな土のうを取り出して、用水路の分岐点に設置して、用水路の川上かが流れてくる水が分岐点できちんと分岐するように設定していました。

吹雪の中、大量の水が流れてくる用水路に入って、この土のうを持ち上げて、畑の上に投げ捨てる怪力・・・、女性ではなく男性・・・。なぜ、そんなことをするのか・・・?

妻は、<そのひと、きっと、用水路の中に土のうをつみあげたのはあなただと思い込んで、あなたにいやがらせするつもりで、土のうをほうりあげたのよ。きっと。よほどのエネルギーががないと、できないわ!>と話していましたが、町内会長さんに、<JA湖南の職員の方から、わたしが雪を捨てていい範囲は、門柱から数メートルの範囲と言われているので、その範囲を超えて捨てることはありません。ここから上は、その方が業者に頼んで有料で除雪してもらっているとかで、わたしが捨てると激怒されますので、町内会長さんが設置した土のうがほおりあげられていた場所は、その方の除雪範囲なので、わたしは一切関与していません・・・>とお答えしました。

JA湖南、随分排他的な集団ですね・・・。しかし、JA湖南と公明党と、どこでどのように結びついているのでしょう?利用してるのやら、されているのら・・・?

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