湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

妻の幼馴染の方の退院祝い・・・

2015年02月27日 |  2.猪苗代湖南

今朝、出張にでかける娘を新幹線郡山駅まで送って行って湖南に戻ると、今度は、妻を乗せて郡山市内へ・・・。

妻の幼馴染の方と退院祝いの食事を一緒にするとかで、筆者も同行することにしました。今朝は、久しぶりに吹雪いていましたので・・・。案の定、奥羽山脈の三森峠は、ホワイトアウトで、視界が悪く、時々、どこを走っているのかわからなくなります。

病院で、妻の幼馴染の方と合流したあと、アンジェラというイタリア料理の店で一緒に食事をすることにしました。開店まえだというのに、すでにたくさんの方々が開店時間を待っていました。受付順は8番目・・・。ほとんどが中高年の女性の方々ばかり・・・。妻の幼馴染の方、筆者の妻はこどものころ、男の子のように活発だったとか・・・。ひとりで山に入って、木の実を採って楽しんだり、野原で花を採ってきたり、小川で生き物と遊んだり・・・。筆者、二人の話に耳を傾けていただけですが、幼馴染の会話は、とめどなく続けられます。

食事を終えたあと、幼馴染の方を、ご自宅まで送って行きました。店を出るとき、妻と幼馴染の方が、<私に支払わさせて!>と言い合っているので、筆者が出すことにしました。こういうときは、年上の筆者が支払うのが正解・・・。その方の庭の枝垂桜が満開になったときに訪ねて行く約束をして帰ってきました。

郡山市内は、晴れていたのに、三森峠を越えると、そこは猛吹雪・・・。奥羽山脈の分水嶺を超えると、これほどまでに気候が違うのかと驚くほど・・・。降ってる雪は、どちらかいいますと、春の名残雪です。妻の幼馴染の方も、健康を与えられて長生きできるといいですね。神さまに、とりなしの祈りをすることにしましょう。

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あなた、さびしくないの・・・?

2015年02月26日 |  3.日本基督教団の隠退牧師

筆者の妻、<あなた、さびしくないの・・・?>と尋ねてきます。

まもなく娘が結婚して、湖南を出て郡山に住むようになるからです。妻は、<娘が結婚して家を離れるのは、とてもさびしい・・・>と感じているようです。筆者は、<結婚すると言ったって、湖南を離れて山口に住むというのではなく、同じ市内の郡山に住むのだから、会いたくなったらいつでも会える!それに、農繁期には、夫婦で手伝いにくると言ってるのだから、さびしいという気はしない・・・>と答えたのですが、妻にとっては、はじめて娘を嫁に出すので、さびしさが人一倍なのでしょう。

筆者、父親代わりに、妹を嫁に出すとき、とてもさびしい思いをしました。<父親が娘を嫁に出すときは、こんな寂しさを感じるものなのだろうか>と思ったことがありますが、そういう意味では、娘が結婚して家を離れることについては、ほとんど寂しさを感じません。むしろ、<良かった!良かった!>

娘夫婦は、職業柄、終生、福島県から出ていくことはないので、万々歳! 娘と結婚することになっている方は、筆者と妻がつくったコシヒカリとはえぬき、南高梅の梅漬けと鹿児島産のらっきょ漬けをとてもおいしいと気に入っているとか・・・。田舎暮らし・山里暮らし・百姓暮らしがとても充実したものであることを共に分かつことができるひとが増えて、筆者も妻もしあわせを感じています。

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宗教法人解散の最終手続き完了・・・

2015年02月26日 |  2.日本基督教団

宗教法人日本基督教団下松愛隣教会の解散手続き、法的にはすべて完了されているのですが、今日、日本基督教団の宗教法人担当者の方から、清算した土地の代金は必要経費を差し引いて、すべて、日本基督教団の<東日本大震災救援募金会計>に組み込まれたとの連絡がありました。

<これですべて完了となりました>。

筆者、これでほっと一安心・・・。宗教法人日本基督教団下松愛隣教会の解散は、主任担任教師である筆者が提案したものではなく、下松愛隣人教会役員会の方々の総意です。

教会総会で解散決議をした2012年4月1日から、西中国教区からの謝儀援助停止・・・。教会からも謝儀は無支給・・・。経費は牧師負担・・・。退職金はなし・・・。解散手続きに必要な費用はすべて牧師の個人負担・・・。教会の負債はすべて牧師が清算する・・・。教会の財産処分にともなって牧師は一銭も受け取ってはならない・・・。教会役員会から出されたそれらの条件をすべて受け入れて、解散手続きをすることになりました。信徒に痛みはなく、牧師のみに痛みがともなうような解散手続きでした。

しかし、筆者が信じている神さまは、隠退牧師になった筆者を支えるべく、いろいろな配慮をしてくださっていたようです。なぜ、そのような状況の中で、2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷して、自給自足をめざして、米・野菜の有機栽培・無農薬栽培の田舎暮らし・山里暮らし・百姓暮らしが可能になったのか・・・、もう少し時間が経ってから、お話しすることにしましょう。

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曽祖父・吉田向学とは・・・?

2015年02月26日 |  2.真言密教と修験道

信州においては、明治8年に廃仏毀釈が徹底して行われたといわれます。

信州栗田村で真言宗の観聖寺の僧侶の家系である、筆者の曽祖父・吉田向学は、明治8年以降、長野県庁に勤めていたようです。筆者の父の書類箪笥の中にその辞令が保存されていました。

国の宗教政策で、寺社に大きな変革が行われた際、神主・僧侶は、その生活の糧を失ってしまいます。そのとき、国も地方行政も、彼らが露頭に迷うことがないように、彼らに公務員としての門戸を開きます。筆者が30年間棲息していた山口においても、そのような事例は何度となく見聞きしました。おそらく、筆者の曽祖父・吉田向学が長野県庁に勤めるようになったのは、廃仏毀釈により真言宗・観聖寺の経済的基盤が破壊されることになったための配慮が働いたためと思われます。

修験道の、神仏混交の寺社が、片や神社、片や寺院に振り分けられた基準は、その寺社で何が祭られていたかということと大きく関連しているようです。明治政府の神秖官は<権現号有之分ハ神と相定>としていたようです。それから察するに、観聖寺は、太子堂として聖徳太子を祭っていたので、神道ではなく仏教に振り分けられたのでしょう。

明治初年におきた<天皇暗殺未遂事件>のひとつに、<御岳業者皇居侵入事件>というのがあります。明治5年2月18日のことです。その7~8年前に御岳行の行者となった熊沢利兵衛は、外の9名の帰依者と共に、山伏の白装束で皇居に侵入、4名がその場で銃殺、1名が重傷、その外は逮捕され裁判にかけられることになります。<日本伝統の保持者>であると自負している彼らにとって、明治政府が出した<肉食勝手令>は、<精進潔斎をその前提とする山岳信仰者たちの意識に衝撃を加えた>そうで、熊沢利兵衛のような、肉食で大和の大地がけがされてしまったとして、<当今夷人渡来以降、日本人専肉食ヲ致ス故、地位相穢、神ノ居所無之>と主張する修験道の行者が出てきたようです。

その年、明治5年4月に<僧侶の肉食妻帯蓄髪勝手>、6月には<神社祭典への僧尼参詣許容>・<神社参詣に際しての死穢の緩和>のお触れが出され、9月には<修験宗>が廃止されます。

<肉食>をめぐっては、明治政府によって排除・疎外された人々の中で、<穢多>と言われた人々は屠殺・食肉に深くかかわることで、それとまったく逆に、<修験宗>は屠殺・食肉を忌避することで、両極端を形成していたと思われます。明治政府は、<唯一神教>の欧米諸国に対抗するため、近代日本を<唯一神教>化するために、日本古来の伝統的な<多神教>の世界を総合的に排除・払拭していったようです。

明治政府によって、切り捨てられた人々は、決して少なくありません。筆者の曽祖父・吉田向学、祖父・吉田永学も、明治の国家の政策によって、切り捨てられていった部類に入ります。しかし、筆者が高校生のときに見た、曽祖父・吉田向学、祖父・吉田永学が書いた文章や書簡を読んだ限りでは、彼らは、明治天皇制の枠組みの中にすっかり身を置いていた人物です。その愛国主義的なものの見方、考え方は、筆者にも受け継がれています。天皇に対する敬慕の念も・・・。曽祖父・吉田向学も祖父・吉田永学も、非政治的人間であり、<非常・民>ではなく<常・民>としての生涯をまっとうしていったようです。

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簡易温室の温度・・・

2015年02月26日 |  5.野菜つくり

今日は、昨日までと違って、とても寒い日です。昨日、野菜の種をまいた無加温の簡易温室の出入り口の外側の柱に設置している最高最低水銀温度計では、最高温度は1.0度C、最低温度はマイなる6.0度Cでした。

簡易温室の中の温度計では、気温は13.4度C・・・。昨日種をまいたポットの土の表面温度は14.0度C・・・。簡易温室の中で、さらにビニールトンネルを設置しましたが、やはり気温上昇につながるようです。

簡易温室の周囲の田畑は100cmほど積雪しているのですが、もう、春が近づいてきているようです。今年の最低気温は、マイナス14.9度Cでした。昨年はマイナス18.0度Cでしたから、今年は昨年と比べて少しくあたたかいようです。春がはやくやってくるかもしれません。

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水道の栓を交換しようとして失敗・・・

2015年02月26日 |  1.農家の健康管理

最近、筆者の右手の握力が減少傾向にあります。

その影響が出ているのが、水道の蛇口を右手で閉めるとき・・・。蛇口の栓を締め切ることができないので、ぽたぽたと水漏れしてしまいます。毎回、確認すればいいのでしょうが、なかなかそうもいかず、よく妻から、<また、水道の水が出ている!>と叱られます。

それで、今朝、蛇口をひねる形式から水平方向の動かす形式へ、蛇口の栓を交換しようとしたのですが、筆者の右手では力が入らず、左手で締めてしまいました。すると、ねじをねじ切ってしまい、蛇口全体を交換するはめになりました。筆者、農作業をするときは、いつも左手が主で右手が副になります。いつのまにか、左手の力が強くなってしまったのでしょう。ただ、問題なのは、左手での作業では、細かい作業ができないこと。ねじを締めるのに、ねじをねじ切ってしまうこともしばしば・・・。

筆者、蛇口の栓を購入するとき、日本製を購入したのですが、いとも簡単にねじがねじ切れるなんて意外です。筆者の妻、<中国製ではないの?>と言ってその袋を確認していましたが、明らかに、Made in Japanと記されていました。

水道の蛇口を買いに、郡山に出かけなければ・・・。

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村里生活と修験道・・・

2015年02月25日 |  2.真言密教と修験道

結城哀草果著『村里生活記』には、村里生活と修験道のかかわりについての文章がいくつか含まれています。

この本の初版は、昭和10年2月10日・・・。今から80年前に出版されたものですが、時期は戦前・・・。その時代にあって、なお修験道は盛んで、村里生活をする農民にとっては無視することができない存在であったようです。

著者の結城哀草果氏は、<登山精神>という文章の中で、修験道の歴史の概略をつづっています。山岳信仰は日本に古来から存在するものだったようですが、弘法大師は、唐から持ち帰った仏教とこの山岳信仰を結びつて、<日本的真言宗>を創設したそうです。日本の古来の山岳信仰と弘法大師の真言密教が結びついて修験道が完成・・・。明治政府は、修験道を仏教として排除する姿勢を持っていたとか・・・。

<玉瀧行>には、木曽福島の御嶽山で修行する<御嶽行者>が押し寄せるさまが描かれていました。登山する行者だけでなく、<自動車は下山の行者で満員だった>。<白衣に後鉢巻をして、金剛杖を持って>乗る、東京からやってきた<をとめ>たちもいたようです。

<冬至>という文章には、村里の住人から嫌われる修験者(偽修験者)と、村里の住人から慕われる修験者がいたようです。

明治5年、明治政府の宗教弾圧によって<修験道禁止令>が布告されますが、日本の民衆の間にすっかい定着していた修験道を根絶やしにすることはできなかったようです。<大和民族は山々を開拓することによって先住民族を征服し、峰々に神仏を祭っては、山岳を崇敬するの精神を植え付けたのである>とありましたが、戦前に修験道が盛んになったのは、この大和民族の鼓舞となんらかの関係があったためでしょうか?

無学歴・無資格、無学・無能の筆者、知らないことが多すぎます。

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野菜の苗つくり・・・

2015年02月25日 |  5.野菜つくり

今日は、妻と2人で、野菜の種まきをしました。

ソラマメ33本・ナス176本・キャベツ150本・ブロッコリ25本・カリフラワー25本・レタス25本分の苗を育てることになりますが、ナスは、温床をつくってその上に連結ポットを並べて種をまきました。そのほかは、平畝にして・・・。それぞれ、ビニールシートでトンネルをつくりました。

今日の簡易温室の中の室温は、21.5度Cでした。簡易温室の外は6.0度C・・・。種まき作業をしている途中、一時、雪がちらついていましたが、今日は、風が吹かない穏やかな一日でした。

野菜の種をまく前に、簡易温室の中を片付けましたが、簡易温室の中には、栽培中のハクサイが4個、キャベツが6個収穫時期を迎えていますので、ハクサイ3個は収穫して、残りはそのまま保存することにしました。このキャベツ、冬の間に成長しましたので、簡易温室は、筆者と妻が30年棲息していた山口の小さな教会の裏庭のミニ菜園と同じ・・・。冬の福島で、冬の山口の野菜を栽培できる・・・、まったく簡易温室のおかげです。

その二重の簡易温室の中でさらにトンネルをつくっているのですから、野菜の種も順調に芽を出してくれることでしょう。<園芸店で購入した苗より、自分で種をまいて育てた苗のほうが収穫量が多い>とは妻の話しです。

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有機栽培のハウツウ本を読む・・・

2015年02月25日 |  5.野菜つくり

昨夜、有機栽培・無農薬栽培の野菜つくりのハウツウ本7~8冊に目を通しました。

<趣味の園芸>の主流は、有機栽培・無農薬栽培のようで、図入り・写真入りのわかりやすいハウツウ本がたくさん出ています。栽培する品種が少ないうちは、それらのハウツウ本を参考にして栽培してもできるのですが、60種類の野菜を同時につくるとなりますと、きめのこまかい管理ができなくなります。それで、趣味の園芸を超えて、素人百姓として有機栽培・無農薬栽培で野菜を栽培するには、有機栽培・無農薬栽培の基本をしっかりと身に着ける必要があります。

基本を身に着けると応用ができるようになります。

妻のふるさと湖南に帰郷して3回目の春・・・、今年はじめて、そら豆を栽培します。山口にいるときは毎年そら豆を栽培していたのですが、種をまくのは秋、冬の間にも成長を続けて晩春に収穫できるようになりますが、湖南は、1~2mの豪雪地帯、4か月に及ぶ積雪期間にそら豆の苗は絶滅してしまいそうなので、いろいろ栽培方法を検討していましたが、北海道でそら豆を栽培する方法が本の中に書かれてありましたので、北海道方式でそら豆を栽培することにしました。

この2~3日中に種をまくのは、このそら豆のほかに、エンドウ・きぬさや(春まき)・トウガラシ(タカノツメ・ゲキカラ)・キャベツ(金系201号・みさき・赤キャベツ)・ナス(水ナス・美男)・カリフラワ(白穂)・ブロッコリ(緑積)・ホウレンソウ(寒味)・レタス(メルボルンMT)・しそ(かおり大葉)・・・。11種類15品種・・・。2013年4月1日に湖南に帰郷、その年につくった無加温の温室の効果、抜群です。

簡易温室で苗を栽培しても、雪が解けたあと直播しても収穫時期に違いはほとんどないようですが、ただ、作業を分散することができますので、とても便利です。湖南での路地栽培のための野菜のたねまきは、2月~8月までの7か月間・・・。

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またまた誤診・・・

2015年02月24日 |  1.農家の健康管理

今日、郡山の動物病院へ、妻が飼っている<文太>という猫の薬をもらいにでかけたとき、筆者、駐車場でワンセグを見ていました。

そのニュースでは、今日、東北地方にも黄砂が飛んできたとか・・・。中国大陸からやってくる黄砂は、中国の核実験による放射性物質、残留農薬、Pm2.5などの公害廃棄物を大量に含んでいますので、それを吸い込みますと、筆者、すぐにアレルギー症状が出ます。

数日前から、風邪を引いたようで熱っぽかったのですが、体温を測ると36.0度C・・・。プレコールの総合感冒薬を飲んでいたのですが、あまり効き目がよくありません。ワンセグでテレビのニュースを見ていて、筆者の風邪の症状は、鼻炎(アレルギー症状・花粉症)だと思って、薬局で、プレコールの鼻炎用の薬を購入しました。それを飲むと、少しく楽になりました。

現在の中国・・・、大気汚染の真っ最中・・・。中国共産党は、ジョークで、中国はアメリカの軍事衛星から中国の軍事基地の秘密を守るために大気汚染を引き起こして防衛していると言ったとか言わなかったとか・・・。中国大陸からやってくる汚染物質を含んだ黄砂・・・、東北地方にやってきたのは、今日ではなく、もっと前から・・・。筆者が体調が悪くなりだしたころからではないかと思うのですが、山口にいるときは、2~3月、よく風邪をひいて熱を出しダウンしました。風邪と花粉症の合併症で・・・。しかし、2013年4月に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農してからは、筆者、2~3月に風邪をひくことはありませんでした。

筆者の誤診は、これで2回目・・・。鼻炎を風邪と誤診・・・。

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作物は人を見て育つ・・・

2015年02月24日 |  3.有機栽培・無農薬栽培

ある有機栽培に関する入門書に、このような言葉がありました。

<作物は人を見て育つ>

その著者の方の発想では、筆者と妻の、湖南の地における米つくり・野菜つくり・・・、筆者と妻が育てる米や野菜は、筆者と妻を見ながら、対話しながら、育って行ってくれたのかもしれません。妻は、神さまがつくられた生きとし生けるものと<同棲同類>するのがモットー・・・。筆者も、妻の考えに賛成して、田畑の生き物と共存する方向で米つくり野菜つくりをしてきました。

一度でも農薬・除草剤を使いますと、棚田や段々畑の土には虫の姿が消えてしまいます。どんなに化学肥料を使わないで有機肥料で米や野菜を栽培していると言い張っても、それは、従来型の農業の延長線上で出てくる生産費用を少なく抑えるための効率主義的な主張にすぎません。有機栽培は、田畑の生き物と共存しながら米・野菜を栽培する方法なので、農薬・除草剤を使って害虫を駆除した瞬間、害虫だけでなく益虫やただの虫まで皆殺しにしていまいますので有機栽培の名に値しません。

<作物は人を見て育つ>・・・、筆者と妻が栽培する米や野菜、筆者と妻の、農をするこころとからだを見て、実を結んでくれているのかもしれません。

帰農3年目・・・、今年も、棚田や段々畑の風、水、土、日光、生き物、米や野菜と対話しながら米と野菜をつくっていくことになります。

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有機栽培・無農薬栽培の情報源・・・

2015年02月24日 |  3.有機栽培・無農薬栽培

妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農してこの春で3年目を迎えます。

2013年・2014年の2年間、筆者と妻は、有機栽培・無農薬栽培で米つくり野菜つくりをしてきましたが、福島の純然たる農村的地域社会である湖南では、従来型の農業、化学肥料・農薬・除草剤を多用する米つくり・野菜つくりが盛んで、有機栽培・無農薬栽培されている農家の方に出会うことはほとんどありません。

<おらも有機栽培してる!>といわれる農家の方のほとんどは、化学肥料に変えて有機肥料(牛糞堆肥・鶏糞堆肥など)を使用している<堆肥栽培>がほとんどで、その場合にも、農薬・除草剤は多用されます。筆者と妻、湖南に棲息するようになってはじめて、湖南で使用されている<有機栽培>には2通りの<有機栽培>があることを知りました。

全国型の<有機栽培>は、有機栽培・無農薬栽培のこと・・・。
湖南型の<有機栽培>は、有機肥料+農薬+除草剤で栽培する堆肥栽培のこと・・・。

そのため、湖南の専業農家やプロの農家の方々の米や野菜の栽培方法は、筆者と妻の有機栽培・無農薬栽培の参考にはほとんどなりません。そのため、筆者と妻、有機栽培・無農薬栽培の関連資料・関連書籍を収集して、妻の実家の棚田や段々畑の状態を見ながら、それにふさわしい栽培法を模索することになります。

しかし、今の時代、その気になれば、有機栽培・無農薬栽培で米つくり・野菜つくりをするための知識・情報を入手することはそれほど難しくはありません。筆者と妻が身に着けた、有機栽培・無農薬栽培に関する知識・技術は、湖南の専業農家やプロの農家の方々と共有する可能性はほとんどありません。<おめえ馬鹿か!ここらではできねえ!>と嘲笑されて切って捨てられるのが普通ですから・・・。

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好きなようにしたらええ・・・!

2015年02月24日 |  5.野菜つくり

今朝、妻の実家のおかあさんに、今年の野菜栽培計画について説明しました。

筆者が、<今年も、ここらの農家に笑われるかな?「ここらでは、素人にはコメも野菜もできねえ!」って・・・>といいますと、おかあさん、1年目・2年目と違って、<農薬や除草剤使わなくても、ここらのもんより美味えコメや野菜が採れたべえ!おらあ、なにも言わねえ!好きなようにしたらええ! なんだ? 今年は60種類も野菜つくんのけ?そんなにたくさんつくる畑、どこさあんだ?>と話していました。

筆者、<コメは、2反4畝でええべえ? あとの2反2畝が、温水田と畑だ。温水田が5畝だから、野菜をつくる畑は1反7畝だ。おかあさんがこれまでつくってきた畑の3倍の広さになる!自給自足用に60種類くらいできる!>と説明しますと、妻の実家のおかあさん、<ここらのもんでねえから、ここらのもんより上手にコメや野菜を作れんだから、好きなようにやったらええ!>

妻の実家のおかあさん、毎日、有機栽培・無農薬栽培の美味しいコシヒカリを食べることができるようになって、いつも<胃袋>が満足しているようです。有機栽培・無農薬栽培のコメや野菜は、年寄りの胃にやさしいですから、それを食べる年寄りもやさしくなるようです。

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キュウリとアスパラの生産のための実験・・・

2015年02月24日 |  5.野菜つくり

妻の実家のおとうさんは、キュウリとインゲンの栽培農家であったようです。

そのときの栽培記録が残っていますが、栽培方法は、化学肥料・農薬を使用した従来型の栽培方法なので、その記録はほとんど役にたちません。しかし、栽培するキュウリの品種、栽培時期、栽培方法には学ぶところが少なくありませんので、参考にすべきところは参考にして、1反1品種あるいは数品種の栽培が可能な環境つくりをします。

キュウリとインゲンの栽培に加えて、アスパラの栽培も・・・。妻の実家のおかあさんもアスパラを生産して出荷したことがあるようですが、アスパラを大量に生産することにはあまり気乗りがしないようです。アスパラは、一度植えると8~12年収穫できるようですが、その途中、①連作障害、②ネズミによる被害が発生するようです。そうしますと、ほとんど全滅状態になり、アスパラ生産による野菜栽培農家の営農が大きく頓挫してしまいます。今年は、妻の実家の段々畑で実験場をつくって、その対策方法を学習して、いつか、本格的なアスパラの生産に入ります。

湖南の専業農家の方々、<アスパラは難しい!プロですら失敗するのに、しろうとのあんたができるはずがない!>といわれるのですが、プロの農法でできなくても、アマの農法でできる場合もありますから・・・。プロの農家の方々が栽培不可能と言われていた標高550mの湖南高原の、妻の実家の棚田で、素人百姓である筆者と妻に、有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリとはえぬきが収穫できた前例もありますから・・・。

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有機・無農薬野菜の栽培計画・・・

2015年02月24日 |  5.野菜つくり

昨日、妻が入手した野菜の種の整理をしました。

現在、妻の実家の畑で栽培中(雪の下で成長している・・・)の野菜を含めて、葉菜・根菜・果菜含めて60種類の種があります。昨年の『農家日記』から栽培計画表を切り取って、今年の『農家日記』に貼り付け、60種類の野菜の栽培計画を立てることができるようにしました。

帰農後、1年目と2年目は、温室・農業用ビニールハウス・温水田・田畑転換、生まれてはじめての米つくりなどに時間を取られた筆者、妻の野菜つくりにはあまり協力することができませんでしたが、帰農後3年目の今年は、筆者のほうに少しく時間的ゆとりができると思われますので、有機栽培・無農薬栽培でのコメつくり・野菜つくりを、妻とふたりで共同作業をすることができそうです。

1種類あるいは数種類の野菜を大量に栽培して農協に出荷するという専業農家の営農形態ではなく、100種類の栽培が可能な百姓の自給自足を目的とした小規模営農に徹することになります。

妻の実家のおかあさんが、<おらの田はやせ田でばか田だ!いまだ美味えコメが取れたためしねえ!>という、妻の実家の棚田で有機栽培・無農薬栽培したコシヒカリとはえぬきの美味しいこと・・・。有機栽培・無農薬栽培の米つくりで得た知識・経験を、今年は、野菜つくりに生かしていく予定です。専業農家の方々の化学肥料・農薬・除草剤を多用する野菜つくりは、筆者と妻の野菜つくりには99%役に立ちません。

野菜つくりも、見かけは専業農家の方々の野菜つくりと同じ・・・、しかし、実際は、有機栽培・無農薬栽培というスタイルで野菜をつくることになります。

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