湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

朝、右手の指が動かない・・・!

2014年09月30日 |  1.農家の健康管理

今朝、筆者の右手の中指と薬指が硬直して動きません。それで、筆者、右手の指のマッサージをしていたのですが、いつものようによくなりません。

<昨日、何かしたかなあ・・・?>と妻に語りかけますと、妻は、<あなた、昨日、棚田の、田畑転換する田の明渠を掘ったでしょう。きっと、そのせいよ、右手に負担がかかったのは・・・>といいます。筆者、<わずか12m掘っただけなのに・・・?>と思いましたが、その他、こころあたりのある原因がみつかりませんので、多分、そうなのでしょう。

それで、筆者、妻の実家のおかあさんを磐梯熱海の病院に連れていく妻に同行して、筆者もその整形外科で診察を受けることにしました。といっても、前回昨年12月に診察を受けたときと同じ症状なので、炎症をとめる塗り薬を処方してもらいに行ったのですが・・・。

待っている間に、待合室の<自由にお持ち帰りください>というコーナーに、スポーツ医療に関するチラシがありました。スポーツの種類毎のストレッチの仕方が図示されているチラシですが、筆者、それを1枚ずつもらうことにしました。

筆者が、妻の実家の田・畑で農作業をするときに生じる痛み・・・、どうやら、ゴルフとスキーをされる方々が経験することになる痛みと同じであるようです。ゴルフとスキー・・・、いずれも筆者とは無縁のスポーツですが、もしかしたら、筆者にとって、妻の実家のある湖南町赤津村での農作業、コメつくり・野菜つくり・・・、それは、定年退職後、一年中、ゴルフ三昧・スキー三昧の日々を過ごしておられる方々と同じ生き方をしていることになるのかもしれません。

  
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湖南高原における、素人百姓のコシヒカリの栽培・・・

2014年09月30日 |  4.米つくり

201409301筆者、66歳にして、生まれてはじめてコシヒカリを栽培しています。しかも、標高550mの、奥羽山脈のふところに抱かれた湖南高原で・・・。しかも、しかも、有機栽培・無農薬栽培で・・・。

今日の夕方、妻と2人で、妻の実家の田・畑を巡回したとき、棚田畔際のコシヒカリを2粒ほどとって、指でモミを取り除いてみました。それが、左の写真の左側の2粒・・・。中と右側の各2粒は、これまで、妻の実家のおとうさん・おかあさんがコメを栽培してもらっていた専業農家の方が作られたあきたこまちの玄米と精米です。

あきたこまちよりコシヒカリの方が少し大きめ・・・。まだ、見たことはありませんが、モミの大きさから、はえぬきはコシヒカリよりも少し大きめ・・・。

コシヒカリもはえぬきも、湖南町赤津村の自然・気候にあっていない品種として、その農家の方々から忌避されていますが、コシヒカリやはえぬきの粒が、あきたこまちより大きいということは、素人百姓のなせるわざなのかどうか・・・?

ともかく、あと数週間すれば、妻の実家の棚田の、有機栽培・無農薬栽培で誠心誠意、こころを込めてつくったコシヒカリとはえぬき、収穫のときを迎えることでしょう。2.4反で、8俵のコメを収穫できたら、コメつくり1年生の筆者の課題はこなしたことになります。

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ここらの農家はほんとうこと、教えねえ・・・!

2014年09月29日 |  1.田舎暮らし

2014092905今朝、妻の実家の棚田の温水田に給水ポンプで水を汲み上げる作業をしたあと、湖南町赤津村と福良村の一部の田を見てまわっていたとき、バインダーで稲刈りを始めたご夫婦を発見・・・!

それで、筆者、いつもは通ることのない農道に軽トラをとめて、そのご夫婦の側に近寄って行きました。<バインダーで稲刈りをするところ、見せてもらっていいですか?>と尋ねたところ、<見せてあげたいところだが、ぼっこれちまって!>と言われます。その農家の方が指差す方をみますと、バインダーによって刈り取られた稲が束ねられることなく横たわっています。どうやら、刈ったあと稲を束ねる紐が正常に作動していないようです。
2014092906
その農家の方の奥さん、<あんた、どこに住んでんだ?>と言われます。筆者、妻の実家のある湖南町赤津村に帰郷して、昨年の4月1日から住んでいること、そして、今年はじめて米つくりをはじめたこと、有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリを栽培しているが、妻の実家の田が4反しかないので、稲刈りはバインダーですること・・・などをお話ししました。

すると、その農家のご主人、<ここらは、稲刈りはほとんどコンバインでする!バインダーで稲を刈っているのは、うちと隣の田の持ち主だけだ!>といわれますので、筆者、<○○さんの2014092907
田ですか?>と尋ねますと、その方、<そうだ!うちは、△△だ!>と教えてくださいました。

その農家のご主人、<本を見て、コメをつくってんのか!ここらで、きちんとコメをつくろうと思ったら、本を読んでつくるのが一番ええ!ここらの農家に、コメの作り方、聞いたらなんねえぞ!ほんとうのことを教えてくれる農家は一人もいねえから!>と話されていました。筆者、<ここらの農家の方、教えてくださる前に、「おめえはバカか?ここらでコシヒカリはとれねえ!」といわれる方がほとんど・・・。コメつくりを教えてくださる方はいません・・・>と応えましたが、その方、<ここらでも、コシヒカリ、できる! うちの隣の田でもコシヒカリつくってる!>と指差して、その田を教えてくださいました。

上の写真3枚は、プロの農家の方の栽培しているあきたこまちの田・・・。あきたこまちは、短稈で倒伏しにくい品種だといわれていますが、そのあきたこまちをこんなに芸術的に倒伏させる技術、教えていただいても、素人百姓の筆者、真似をすることはできません。

今日、妻と一緒に郡山へ買い物にでかけましたが、その帰り、昨日、コシヒカリの収穫時期と刈り取った稲をぼうがけする方法を教えてくださった田のある郡山市三穂田の田を通って帰りました。収穫間際のコシヒカリ、実りすぎたためでしょうか、倒伏しているように見える田がいくつもありました。稲が実ってしなっている姿で、稲の茎が挫折している姿ではありません。

昨日、夜、突風が吹いていました。筆者、心配して、朝5時に起きて田の様子を見に行きましたが、北風が吹くと南にしなり、南風が吹くと北にしなり、東風がふくと西にしなり、西風が吹くと東にしなる、妻の実家の棚田のコシヒカリ・・・、今日は、直立していました!
  

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妻の実家の棚田のコシヒカリとはえぬき・・・

2014年09月29日 |  4.米つくり

2014092903妻の実家のおかあさん、最近よく、<ここらのもんの田は、黄金色になって稲刈りすんのに、なんで、オラの田は青々してんだ? おめえは、ここらのもんでねえから、ろくでなしだ!コメひとつつくれねえ!>と小言をいいます。

筆者、最近、この<ろくでなし!>というおかあさんの言葉に<不感症>になり、<そうだ!おらあ、ろくでなしだ!ろくでなしが、どういうコメつくるのか見てろ!美味しいコメができたら、食わしてやっから!>

2014092902おかあさん、<ここらのもんでねえおめえに、なして、コメがつくれんだ?できねえ!できねえ!コシヒカリがとれるなんて、ウソつくでねえ!>

そんな筆者とおかあさんの戯言に関係なく、妻の実家の棚田のコシヒカリとはえぬき、日毎に完熟を目指して歩みを続けているようです。

上の写真が、今日のコシヒカリ、下の写真が、今日のはえぬきの姿です。
  

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雑草、よくここまで手で取ったなあ・・・!

2014年09月29日 |  4.米つくり

2014092901今朝、妻の実家の棚田で、給水ポンプで、農業用水路から水を汲み上げる作業をしていたとき、妻の実家の家を建ててくれた大工のおじいさんが軽トラで通りかかりました。

大工さん:<なして、今頃水を汲み上げてんだ?>
筆者:<コシヒカリの田植えは2~4週間遅れたでしょ。それにコシヒカリは、まだ間断灌水する必要があるんです。コシヒカリ、中干ししなかったので、毎日倒伏していないかどうか確認しているんです・・・>。
大工さん:<どれ・・・>と言って、土手を上って、コシヒカリの田を見回しました。まだ倒伏して2014092908いない田を確認しながら、
大工さん:<雑草、よくここまで手で取ったなあ・・・!毎日、田さ入って草を取っていたからなあ・・・>

そう言って、去って行かれました。はえぬきの田にはほとんど稗が生えていないのですが、コシヒカリの田には、あちらこちら点々と稗が生えています。しかし、除草剤が効かなかった田のように、ごっそり、稗が生えるということはありません。手作業で除草しますと、条間だけでなく株間も
除草できますから・・・。

2014092909この前、これまで米をつくってもらっていた専業農家の方が通りかかり、<この田は、いつも稗だけでなく別な雑草がいっぱい生える!ウン? 今年は生えてねえみたいだなあ!>と話されていましたが、<クロガイのことでしょ? クロガイは、徹底的に除去しましたから、あまりみかけなくなりました>と答えますと、その専業農家の方、<あれは、クロガイという名前なのか・・・?>と話されていました。

湖南町赤津村の農家の方々、田の草をとるのは、除草剤を使うのが一般的・・・。何十年も除草剤を使っていますと、田の中にどのような草が生えているのかわからなくなってしまうのでしょう。農家の方の中には、<なんだ、おめえの田は!オラが見たこともねえような草がいっぱい生えているでねえか? この田の中で泳いでいる虫はなんだ?オラあ、見たことねえぞ!オラの田には、虫もいねえし、草も生えていねえ!>といわれる方も少なくありません。

筆者、出穂がはじまって以降は、田の中に入っていません。あえて、田の中に生えている稗を取り除こうとしますと、<角を矯めて牛を殺す>のたとえ通り、コシヒカリの栄養分を横取りする稗を取り除こうとして、コシヒカリの根を踏み切って、コシヒカリの倒伏の原因を作りかねません。筆者、どちらを選択するかで、少々稗をはやしたままにしてても、コシヒカリの倒伏の原因を作らないようにすることを選択しました。

写真(上):妻の実家の棚田のコシヒカリの田に生えている稗。遠くにチョビヒゲのように見えます。妻の実家のおかあさんは、その日によっては、<稗を生やして!  ここらのもんでねえおめえはろくでなしだ!>と怒り出します。
写真(中):今年、除草剤をまいたけれど除草できなかった、プロの農家の方のあきたこまちの田。
写真(下):専業農家の方の田。十数町の田でコメを減農薬栽培しておられますが、この数反のササニシキの田だけは有機栽培・無農薬栽培。稗にすっかり覆われてます。中と下の写真を見て、おかあさん、<おめえが稗を生やすのはおめえがろくでなしだからだ。ここらの農家がこんなに稗を生やすなんて、なにか事情があったんだえべなあ・・・?>と極めて同情的・・・。妻の実家のおかあさん、<ここらの農家>の方々については絶対批判はしません。妻の実家のおかあさんが、<ろくでなし!>と罵倒するのは、<ここらのもんでねえ!>筆者に対してだけ・・・。
  

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農道を横切る黒い大きな影・・・

2014年09月29日 |  1.山里暮らし

昨日夜7時過ぎに、妻の実家の棚田にある農業用ビニールハウスの窓を閉めに行きました。

その帰り道、常夏川沿いの農道を、川側から山側の方へ動く黒い影が目に入りました。軽トラのライトをアップライトにしても、それほど遠くまで照らすことができるわけではありません。農家の方が、<クマが出て、稲を食べられた!>といわれる田の傍の山際の農道を走っていったと思われる背丈1mほどの黒い影・・・、何だったのでしょう?

黒い影のすばやい動き・・・。

筆者、<目の錯覚では・・・?>と思ったのですが、これまで、何度となく、夜の闇夜にこの道を軽トラで通っていますが、そんな影は一度も見たことがありません。

今朝、妻にその話をしますと、妻は、<それは、間違いなくクマさんよ!川からはいあがってきたのでしょ? 川の中を歩くとクマさんの足跡が残らないから・・・。クマさんて、走るの、速いのよ!>と話していました。

妻の実家の棚田の農業用ビニールハウスの窓を閉めに行ったときは、大きな懐中電灯に、カナダ製のBearBellを2個つけてもっていきますので、筆者がクマに遭遇することはありません。ハウスの農業用水路を隔てた山側には野生の栗の実がたくさんできているので、やがて、クマが食べにくるでしょうが・・・。

筆者が見た黒い影・・・、それがもしクマなら、筆者、クマに追いかけられると逃げるすべはないでしょう。筆者、小学・中学・高校を通じて、走るのがクラスで一番遅いでしたから・・・。
  

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木曽の上松、わが郷土の文化と歴史・・・

2014年09月28日 |  1.山里暮らし

今日、5年前に入手していた、『木曽の上松 わが郷土の文化と歴史』(1984年出版)に目を通しました。

昔の御嶽山の噴火と上松の被災状況・・・を確認するためでしたが、つい、最初から最後まで目を通すことになりました。編集後記に、このような言葉がありました。

「地方の時代」といわれて久しい訳ですが、上松にも家業を継ぐため、あるいは親の面倒をみるためなどの理由でUターンする者が増えてきています。一度木曽以外の世界を見てきた若い人たちは、今後、おそらく一生この地で暮らしていかなければならない宿命のようなものがありますが、しかしほんとうに希望をもち、夢をもちながら生活しているのでしょうか。帰ってきた理由はどうであれ、一生後悔の気持ちを抱きながら不本意な念情を持ちながら生活していくならば、過疎に悩む上松の人口が増加したとしても本人にとってはこれ以上不幸なことはないでしょうし、上松、木曽にとっても大きいマイナスではないでしょうか。

Uターン者を含め、上松に生活する全ての人が、この地で生きてよかったと思えるようなそんな人生を送ってもらえるように、町全体で考えていかなければならないと思います。そのためには、学校や職場などで学び修得した自分の力で、上松を相対化できる目でもう一度見つめ直し、思う存分発揮してもらうことが必要であり、これが上松という町の活性化につながり、あらゆる方面において魅力的な町になっていく原動力であると考えます>。

昨日、インターネットの上松町の公式サイトで目にとまった、『上松町誌』第1~3巻の3冊、今朝、上松町役場総務課にEメールで発注しました。この『上松町誌』第1~3巻(1995~2006年出版)、『木曽の上松 わが郷土の文化と歴史』を質量共に凌駕した上松町の定番町誌であるようです。

筆者の書斎に、徐々に増えている、高佐(西日本・山口県)・上松(中日本・長野県)・赤津(東日本・福島県)の3カ所の日本の<山里>の歴史・伝承・地誌・文化に関する史資料・・・、細部にわたって比較検証できる日も遠くはなさそうです。そのいずれも、筆者のこころのふるさとです。
  

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木曽の上松と湖南の赤津・・・

2014年09月28日 |  1.山里暮らし

木曽の御嶽山が噴火・・・。

筆者、中学生・高校生のとき、長野県西筑摩郡上松町の女の子と5年間に渡って文通していましたが、それは、筆者の祖父・吉田永學、曾祖父・吉田向學が長野県長野市出身であると父親から聞かされて以来、祖父・曾祖父のふるさとに関心を抱き始めたため・・・。文通相手に、長野県の中学生を希望しました。

その上松町・・・、筆者、一度も旅をしたことはありませんが、その上松町から見える山、東方10km先にあるのは木曽駒ヶ岳、北西20km先に見えるのは御嶽山・・・。上松町から20km先の御嶽山がどのように見えるかは、想像に難くありません。妻の実家のある湖南町赤津村から見える活火山・会津磐梯山は北方20kmのところにあります。会津磐梯山の全貌が見える福良の農道からみますと、その会津磐梯山が噴火したところを想像すると、それだけで驚愕の思いを持ちます。

木曽の上松は、筆者にとっては、忘れてなるまじき、こころの、もうひとつの<ふるさと>・・・。

  
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三穂田の農家の方にぼうがけの仕方を教えてもらう・・・

2014年09月28日 |  4.米つくり

郡山へ行った帰り、日ごろはあまり行くことがない、郡山市喜久田と反対の方向にある郡山市三穂田へ向かいました。

奥羽山脈の三森峠をおりたところにある、郡山市街近郊の田のコメの収穫状況を観察するためです。妻の実家のある郡山市湖南町で栽培されている大半のコメはあきたこまちです。今収穫時期を迎えていますが、湖南の田は黄金色・・・。しかし、三穂田の田は、黄金色というよりオレンジ色・・・。稲穂の垂れ方は、妻の実家の棚田のコシヒカリと同じ・・・。

農道をゆっくり走りながら、刈り取ったコシヒカリをぼうがけしている田を探しました。そして見つけたのが、家族3人でぼうがけをしていると思われる田・・・。筆者、軽トラをゆっくりとめて、その農家のご主人に語りかけました。<ぼうがけしているところ、見せてもらっていいですか?> すると、農家のご主人、<見世物ではねえぞ!>と言われます。それで、筆者、昨年、妻の実家のある湖南町赤津村に戻って、村で一番小さい農家を引き継いで、今年はじめてコメを栽培していること、湖南ではコシヒカリを刈り取ってぼうがけして天日干しをする農家は一軒もないので・・・と事情を説明しますと、その農家の方、懇切丁寧に、コシヒカリのぼうがけの方法を教えてくださいました。

<湖南でも、コシヒカリは栽培できる! 標高が高いから、収穫までに少し時間がかかるだけだ!>と、筆者が、湖南町赤津村でコシヒカリを栽培していることに否定的な発言はされませんでした。筆者、ついでに、刈入れをしてぼうがけしているコシヒカリの穂の状態を手にとって見せていただきました。コシヒカリの籾殻も透き通って黄金に輝いているように見えました。<妻の実家の棚田のコシヒカリも、この農家の方のコシヒカリと同じようになったときに収穫しよう>と決心しました。

妻の実家の棚田は風が強いので、ぼうがけしたコシヒカリが倒壊しないように、手立てを講じる必要があります。その解決策が、<吉田式ぼうがけ>・・・。

今日は、郡山市三穂田の農家の方に、いろいろ教えていただきました。今日、適当に軽トラを走らせましたので、同じ田にもう一度たどりつくことができるかどうか分かりませんが、今日から3週間乾燥されるそうで、乾燥が終わる間際のコシヒカリを見せていだくことにしましょう。今日は、筆者にとっては、三穂田の農家の方と良き出会いの日になりました。

  
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稲のぼうがけの材料を買いに郡山へ・・・

2014年09月28日 |  4.米つくり

今日は、妻の実家のおかあさんはデイケアへ・・・。妻は、道の駅・湖南四季の里へ・・・。筆者と娘は、郡山へ・・・。

妻の実家の棚田のコシヒカリとはえぬき・・・、刈入れしたあと、天日干しで乾燥することにしていますが、乾燥方法は、昔ながらの<ぼうがけ>・・・。ただ、<ぼうがけ>用の材木を入手することが難しいのと、たとへ入手しても、湿田の田にその材木を手作業で打ち付けることができるかどうか・・・。下手をすると、腰を痛めて作業は中断・・・、の可能性もあるようなので、筆者、ここ数日、米つくりに関する書籍・資料、数十冊を読みながら、<吉田式ぼうがけ>の器具を考えてきましたが、今日は、その<試作品>をつくるための材料の調達と、その価格調査のために郡山にでかけました。

2俵分のコメを乾燥させるのに7000円ほどの資材費がかかるようです。

ただ、この<吉田式ぼうがけ>の器具は、数十年は使用可能なので、これからコメを作り続ける限り、同じものを使用し続けることができます。必要なのは初期投資だけ・・・。

郡山市喜久田の援農ショップ・グラントマトで、玄米を入れる袋30kg用かける100枚、籾殻袋かける20枚、玄米を袋につめるときに使用するジョウゴとジョウゴ用スタンド1組、刈払機用の混合燃料2缶購入しました。

娘曰く、<おとうさん、とてもうれしそう!お米の袋買って、そんなにうれしいの?>

筆者、<生まれてはじめてつくったコメがとれそうだから・・・。それに、有機栽培・無農薬栽培で、高原地帯で、収穫できそうなのだから・・・>と答えましたが、妻の実家の棚田の3枚の田(4反×0.6=2.4反)でつくる米は、基本的には、自給自足用です。

まずは、妻の実家の1年分のコメの消費量は4人家族で4俵・・・。来年、冷害でコメがとれなかった場合の備蓄米4俵の計8俵あれば十分です。

  
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黄金色に輝く棚田のあきたこまち・・・

2014年09月27日 |  4.米つくり

四季の里からの帰り道・・・、コンバインによる稲刈りが始まったようなので、妻の実家のおかあさんの生家のある<本家>の前を通って、馬入新田まで続く棚田のあきたこまちを見てまわることにしました。

棚田のあきたこまちは、すべて黄金色に輝いて、あとは収穫を待つばかり・・・。

コンバインを走らせている田の前で軽トラをとめて、その様子を眺めていましたが、田1枚刈り取るのに、数十分とかかりません。あっというまに、田1枚の稲刈りがすんでしまいます。湖南町赤津村・福良村で、コンバインで収穫しないで、バインダーで収穫しているのは、数人程度とか・・・。いずれも、コシヒカリを栽培している方々・・・。

妻の実家のコシヒカリ1.9反とはえぬき0.5反を、KUBOTAの一番安価なバインダーで刈り取りするのに要する時間は、素人である筆者の場合、約5時間・・・(上手に刈入れすることができれば約3時間・・・)。

しかし、筆者と妻、刈り取ったあと、<吉田式ぼうがけ>を組み立て、刈り取った稲をセットしながら作業をすすめますので、稲刈りに要する日数は3~4日を見込んでいます。

66歳にして、生まれてはじめての米作り、しかも、栽培不可能といわれる、湖南町赤津村の棚田での有機栽培・無農薬栽培によるコシヒカリつくり・・・、<おめえはバカか!ここらではコシヒカリはとれねえ!>と専業農家・プロの農家の方々に罵倒されつつ、いろいろな試練を、コシヒカリとはえぬきと共に乗り越えてきた筆者と妻、その収穫の段取りの話をすることができるようになっただけでもしあわせ・・・。

天と地を創造し、生きとし生けるものを支えてくださる、主なる神さまに感謝すること限りなし!日本基督教団の隠退牧師の、年老いてからの帰農、米と野菜つくり・・・、日本基督教団の隠退牧師の名を汚さないですみそうです。

  
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米作るの増やすなら、田、貸してやるぞ・・・!

2014年09月27日 |  1.田舎暮らし

今朝、湖南四季の里に野菜を出荷しに行ったとき、今日の店当番をしていた、妻の実家のおかあさんの側の親類の方、<米作るの増やすなら、田、貸してやるぞ!>と言われます。

湖南町赤津村の妻の実家の棚田のコシヒカリ、有機栽培・無農薬栽培で、赤津村のほかの農家の方々が栽培しているあきたこまちと同じように収穫できそうなので、筆者、<米も作れるひと>であると認定されつつあるようです。

そのおばあさんの息子さんは、JA郡山の湖南総合支店の店長さん・・・。

筆者、妻の実家のおとうさんから、生前、<湖南に戻ってきて米と野菜をつくるようになっても、ほかのひとの田・畑に手を出してはなんねえぞ。歳をとってから農業するのだから、ほかのひとの田・畑に手を出すと、すぐからだがまいってしまう。歳をとると、同じ広さの田・畑でもだんだん広くなってくるから。オラの田と畑だけでつくれ!田・畑を増やすより、有機栽培・無農薬栽培で付加価値の高い米と野菜をつくれ!>といわれているので、それを守っていると話をしました。

すると、そのおばあさん、<そうだ!それが一番ええ!なくなったおとうさん、きちんと教えていったんだなあ!>と話していました。

今日は、筆者が朝7時に起きたので、道の駅・湖南四季の里に出荷したのは、予定時刻の2時間遅れ・・・。でも、湖南四季の里の販売台に置く空きペースがあって、全部並べることができました。

  
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朝、右手首と指が動かない・・・!

2014年09月27日 |  1.山里暮らし

今朝、5時前に起床・・・。

しかし、筆者の右手首と指が硬直して動きません。あえて動かそうとしますと激痛が走ります。昨日、妻の実家の棚田の田畑転換する田にスコップと鍬で明渠を掘ったのが原因しているようです。

それで、筆者、右手首と指のマッサージ・・・。やっとスムースに動き出したのが7時前・・・。

朝食をとったあと、妻と2人で、野菜の収穫に行きました。今日、道の駅・湖南四季の里に出荷する野菜です。収穫したのは、トマト・ナス・ピーマン・キュウリ・トウモロコシ・インゲン・オクラ・大根菜・べんり菜・カボチャの10種類・・・。

袋詰めは、勤務先が休みの娘が駆り出されて、作業・・・。妻の実家のおかあさんは、その作業をちらちら横目でみながら、<おらあ、いそがしい・・・>とブツブツいいながら、新聞を読んでいました。<読む>というより、まだ読み方を覚えている活字を探している・・・、というのが適切です。<なに書かれてあったんだ?>と質問しようものなら、<分かんねえ! おめえ、おらが字を読めねえと思ってバカにしてんなあ!>と怒り出しますから、おかあさんが新聞を読んでいるときは誰も話しかけなくなりました。

湖南は、高原地帯・・・。高冷地の気候で、よるとひるの寒暖の差が激しく、美味しい高原野菜が収穫できます。そのうえ、筆者と妻が栽培しているのは、有機栽培・無農薬栽培のコメと野菜・・・。今朝、棚田に行って、びっくり・・・。棚田のはえぬきとコシヒカリ・・・、また一段と色づきはじめました。間断灌水を繰り返す都度、稲穂が色づいていくようです。

妻の実家の棚田のコシヒカリとはえぬきの田・・・、湖南町赤津村のあきたこまちの田の中に溶け込んで、素人目に区別できなくなる日も遠くないでしょう。台風17号は、東に大きくそれていくようで、その被害はほとんどなさそうです。無名ブランドの<有機肥料で栽培、一切無農を使用していない湖南高原産・コシヒカリ>・・・、希少価値はあるようです。

昨夜、遅くまで、数十冊の、米つくりに関する資料・書籍をひもといて、コシヒカリの<刈入適期>の判断の仕方を独学していました。湖南町赤津村のあきたこまちの<刈入適期>とは、大きく異なるようですから・・・。

  
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今日は一日田畑で農作業・・・

2014年09月26日 |  1.山里暮らし

今日は、一日、妻の実家の田畑で農作業・・・。

午前中は、給水ポンプで農業用水路の水を温水田に組み上げる作業をしたあと、棚田畑で、妻と2人で、刈払機で、妻の実家の畑と畑の間にある耕作放棄地の畑3枚と農道の草刈りをしました。妻もすっかり、刈払機の操作になれたようで、田の畔の草を刈るチップソーを装着した刈払機で耕作放棄地の畑の草を刈っていました。筆者は、山林の下草刈り用のチップソーを装着した刈払機で伸びすぎた別の耕作放棄地の田の草を刈りました。

午後は、筆者ひとりで、棚田の中段の田畑転換する5畝の田の明渠つくりをしていましたが、今日は、幅60cm・深さ25cm・長さ14mの明渠を掘りましたが、なかなか大変・・・。まだ30mほど掘らねばなりませんが、そのうち掘り上げることができるでしょう。

はえぬきの田に水が入ったのを確認して、給水ポンプをとめて、温水田にたまった水をコシヒカリの田に落とす作業をして、はえぬきとコシヒカリの田の畔をひとまわり・・・。倒伏しかかった畔際の稲を竹の棒でささえて、常夏川沿いの畑へ・・・。

常夏川沿いの畑、温帯低気圧になった台風の影響で降った雨で、雑草が一挙に芽を出しましたので、今日、四角ホーで芽掻きをしました。レタス・キャベツを植えているところはマルチをしているので草は生えていないのですが、育苗中のタマネギの苗を植える場所はマルチをはっていませんので、すぐ草が生えてきます。タマネギの苗は12~13cmになったところ・・・。

今日は、午後5時で農作業、終わり・・・。

  
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コンバイン、準備してんのか・・・?

2014年09月26日 |  4.痴呆・介護

湖南四季の里に、インゲン・エダマメ・大根菜・トウモロコシ・カボチャを出荷して帰ったとき、妻の実家のおかあさん、ぶつぶつぶつぶつ・・・。

妻の実家のまわりの田は、黄色に色づいて、収穫適時の9月25日を迎えています。週末の明日・明後日、27日・28日が稲刈りの最盛期になるのでしょう。おかあさん、あきたこまちの収穫間際の田をながめながら、<オラの田のコメも刈入れしなきゃなんねえなあ!おめえ、コンバインの準備してんのか?>といいます。

筆者、<うちには、コンバインなんぞねえ!>といいますと、おかあさん、<あったべえ!どこさやったんだ?>といいます。おかあさん、<ここらのもんと同じように稲刈りしなければなんねえ!>といいますので、筆者、<おらあ、ろくでなしだろ!ここらのもんと同じようにはできねえ!>といいますと、おかあさん、<そうだなあ、ろくでなしにはできねえ!> 筆者、<ろくでなしのおらあ、ろくでなしのやり方で刈入すんだ! そんときは、おかあさんに手伝ってもらうべえ!>といいますと、おかあさん、<おらあ、稲刈りしたことねえ!できねえ!稲刈りは男がするもんだ。おめえひとりでしたらええべえ!> 筆者、<おらあ、A子とふたりで稲刈りするから、文句ねえべえ!>といいますと、おかあさん、<おめえは、ろくでなしのなまけもんだ。オラがいわねえと、なにもしねえべえ!だから言ってんだ!>

妻の実家のおかあさん、筆者と妻が、湖南に帰郷・帰農したときは、湖南のほかの農家と同じように、6条植えの田植え機で田植えし、4条刈りのコンバインで刈入れ、2階の屋根までとどく乾燥機で乾燥してコメをつくるのを期待していたようです。おかあさんが期待していたのと比べますと、筆者と妻は、素人百姓の、湖南の昔のコメつくり・・・。ほとんどが手作業・・・。おかあさんの失望は、とても大きく深いものだったようです。その期待外れの思いが、<ろくでなし!>という言葉に集約されているようです。

妻の実家のおかあさん、筆者に、<オラのとっつまもろくでなしだった。おめえもろくでなしだ!>と、不満足な人生をいきざるを得なかったようです。ろくでなしのおとうさんと、ろくでなしの娘婿をもったのが、おかあさんの運のつき、不幸せの元凶だったようです。
  
  

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